ぶんやさんち

ぶんやさんの記録

福祉ということ   一般市民の立場から

1979-08-07 17:18:27 | 講演
福祉ということ   一般市民の立場から
                  四日市聖アンデレセンター
                            文 屋 善 明
はじめに
まず、今回のSCMの夏期セミナーの講演を引き受けてしまったことのまちがいをおことわりしておきたいと思う。
今年の春ごろ、まだ京都のクリスチャンアカデミーにいた頃だと思いますが、関本先生から、今年のSCMの夏期セミナーは菰野の聖十字の家でもたれることをうかがい、それはすばらしいことだという印象をもっておりました.SCMつまり学生と「聖十字の家」、つまり社会福祉というこの二つの組み合せは充分に魅力的であります。それ自体は今でもすばらしい組み合せでありますが、そのことが私という個人の問題に関わってまいりますと、少し事情が変わってまいります。少なくとも今日こうして講演をさせられるはめにおち入ってしまった私にとりましては、非常に困ったことになってしまったわけです。
私には少しおっちょこちょいな所がありまして、40歳を過ぎましてもまだ学生気分がぬけなく、学生の集会というともうそれだけで楽しくなってしまいます。ですから、学生が集まっている所に呼ばれますと、その内容について深い詮索もせずに喜んで引き受けてしまう悪いくせがあります。今回も委員の方から電話がありまして、参加してくれとのことでしたが、その時何も詳しいこともうかがわないで、気軽るに、何でもいたします、と答えてしまったのです。
勿論その時それが菰野の聖十字の家でおこなわれることはうかがいましたが、それも実は私にとりまして大きな失敗の原因でもあるのです。
この四月に四日市にまいりまして、菰野が私のパーリツシュであることを初じめて知り、もうそれだけでうれしくなってしまいました。以前から尊敬いたしておりました小松先生のお働きを近くで拝見し、もし何かお役に立つことがあれば何でも協力したいと思っておりましたので、それも今回の講演を引き受けてしまった大きな理由でもありました。
もっともはじめの頃は、講演を引き受けたという自覚はほとんどなく、菰野の聖十字の家でもたれるSCMの夏斯セミナーで何かお手伝いをする位の気持でおりましたが、色々の方が何かと話してくれたり、新聞などでこのセミナーのことが報道され、私がその講師の一人なのだということがわかってまいりまして、無責任ながら、本当に驚ろいてしまったのです。これは本当のことです。
しかし、以上のような事情で本日講演をするようになってしまったことは、やむをえないとしても、もっと本質的なあやまりは、福祉ということに実践的な背景のない者が福祉ということについて話は出来ない、ということであります。
それは単に器の大きさの問題ではなく、福祉という事柄の本質に関わる問題なのです。簡単に言ってしまうと、福祉ということは理屈ではなく、実践であるということであります。従って、福祉ということに実践的背景を持たない者の話などは福祉に関わっている方々にとって、ちょうど「絵に画いたもち」のように何の足しにもなりません。

主題
ただ、福祉について私が何か話すことがあるとするならば、全く一人市民として、同じ一般市民に向って、福祉をめぐる諸問題について、お互いに「はたし得ていない責任と義務との劣等感」をまじえながら、そのことによって福祉の心を放棄することなく、少しでもお役に立ちましょう、と呼びかけることだけです。
やっと私の主題がはっきりしてまいりました。つまり、第1に福祉をめぐる今日の状況ということ、第2に福祉をめぐる一般市民の劣等感ということ、そして第3にその劣等感の結果としての「ひらきなおり」と「ささやかなボランティア」ということであります。

(1)
さて、今更いうまでもなく、福祉という概念は元来非常に広く、「福」という言葉も「祉」という言葉もともに「しあわせ」つまり幸福という意味であり、人間がしあわせに生きる、という意味であります。その際、「しあわせの内容の充実」という方向で福祉ということをとらえますと、福祉という概念は無限に拡大し、とらえようがなくなります。また逆に「ふしあわせをなくす」という方向でとらえますと、その中心点は無限に多様化し細分化し極少化いたしますし、さらに現代では非常に専門化しているということであります。その最も典型的実例が医療であります。
医療行為も本来は福祉活動でありますが、今日では少なくとも先進諸国においてはいわゆる福祉事業とは異なった社会制度になりつつあります。
ともあれ、「ふしあわせをなくす」という福祉を支えているものは、基本的には「不幸を見すごしに出来ない」という人間の心の社会化した力であり、まさに人間の本質に関わる営みであります。
一応、理屈ぽい言い方をいたしましたが、これらのことはいわば辞書的な整理であるにすぎません。ただ以上の点で付け加えるといたしますと、私がこの3月まで関わっておりました仕事との関係であります。そこでの仕事は「しあわせの内容の充実」という方向での福祉ということで、労働とか家庭生活、教育や芸術、技術と社会、などの諸問題を取り上げ、人間的な社会の形成を求めるということでありました。聖書に例をとりますと、その働きは100匹の羊のうちの99匹を対象にしたものであります。その意味では、1匹の羊を求めたもうた主イエス的ではない仕事で、いつも福祉事業に対しては劣等感をいだいておりました。しかしこの仕事もやっておりますと、99匹の羊も決して「迷よっていない羊」ではないということわかってまいります。「しあわせの内容の充実」と言いましても、一体「しあわせ」とは何か、という非常に哲学的な問題が出てまいりますし、福祉社会という場合でもイデオロギー的な問題が出てまいります。
さきほど「不幸な人を見すごしに出来ない人間の心」という言い方をいたしましたが、これも「しあわせ」とか「ふしあわせ」とかいうことは外側からは判断出来ない、という問題があります。それでー応、幸・不幸という主観的なレベルではなく、社会に対する適応能力という点で判断し、「社会的弱者」などという言い方のほうが妥当であろうと思います。
従来この方向での社会福祉は慈善事業と呼ばれ、「あわれみの情」によって支えられていたものであります。人間は自分より弱い人を見た時に「あわれみの情」をもつものであり、そして善意をもってその「あわれみの情」を実践し、それが受け入れられた時に非常な満足感をもつものであります。慈善事業と呼ばれていたことには、それはそのような構造を持っていたと思います。しかし、このような考え方は言うまでもなく構造的欠陥があり、福祉事業は慈善行為というととから「共に生きる」営みえと質的転換がなされたのであります。これは大変な進歩でありますが、これと平行して展開いたしました福祉事業の専門化とあいまって、一般市民、つまり素人の出る幕がいちじるしく限定されてまいりました。言い換えますと、非常に単純な人間の「あわれみの情」は宙に浮いてしまったのであります。勿論、主観の満足だけを求める「あわれみの情」は質的に転換される必要があります。しかし、その「あわれみの情」は本当の「福祉の心」つまり「共に生きる心」に転換し、主イエスの教えられたように「右の手のしていることを左の手に知らせない」(マタイ6:3)ものとせられていたとしても、なお非常に専門化された事業に対してはかえって足手まといになることが自覚され、非常に限定された領域でしか、その心は生かされません。さらに、付け加えるならば、それらのつつましやかな「あわれみの情」はその対象者に直接するというよりも、専門家のお手伝いをするという形でしか生かされない、ということがあります。
問題は一般市民の「福祉の心」はどのようにして燃焼するか、ということです。心の燃焼は観念的操作では出来ません。また、燃焼しない心はコンプレックスとなって、マイナスの方向にゆくこともあります。どのようにして一般市民の「福祉の心」を燃焼させ、福祉社会の実現の方向にむかわせるのか、これが私たちの課題であります。

(2)
福祉をめぐる今日の問題において、一般市民のもつこの中途半端な気持、これはときには非常に危険なエネルギーに化する場合があります。たとえば、福祉事業専従者に対する極端な献身の要求としてあらわれます。またときには、福祉を単なる「心」の問題であるとして観念的に解消してしまい、目の前の福祉に目を閉じてしまいます。いずれにせよ福祉社会の実現にとって、これらの姿勢はマイナスでこそあれ決してプラスには働きません。
先日、キリスト新聞を読んでおりますと、7月21日付の第1面の冒頭に4段ぬきで「隣人愛の覚せい促す」という見出しで、キリスト教社会福祉学会第2O回大会の報告が掲載されておりました。内容はパネル・ディスカッションにパネラーとして参加した神学者岡山孝太郎氏の発題が中心でありました。岡山氏は、「生きた神学」の中心概念である「シヤローム」(共に歩む)を現実的に支えるものが福祉であり、その福祉の原点は「弱さにこそ神のわざがあらわれる」という恩寵への信頼があって、「弱さの尊厳に服する」というところにある。「信仰から奉仕への服従の道が途絶えている。これは、われわれの信仰の誤解であった。奉仕への服従なしには決して信仰は存在しない。信仰は奉仕への服従の行為によってわれわれをいかす。」
岡山氏の発願の内容はさすがティーリケのもとで神学博士の学位を受けただけのことはあり、さらに深く学ぶ必要があると思います。しかし、私たちの問題は信仰から奉仕への服従の道を進もうとするときに出会う状況からの「ていねいなおことわり」なのです.
ところで興味があったことは、同じキリスト新聞の次号の読者投稿覧に、東京の西沢てるという75才の方がこの記事について感想を出していることです。要するに言わんとすることは、「ボランティアに講演も講習もいりません。こうして皆一緒に働いていればボランティアというものがどんなものかすぐ解ります」ということです。この人は自分自身75才なのですが、同志の人たちと共に、月に100円づつ出しあって月に1度の老人給食をしているとのことです。現在では行政もそれを評価し、老人1人当り500円の食費を出し「官民合同」の仕事となっているとのことです。
この老婦人の福祉実践をどう評価するか、などというやぼなことは議論すべきではないと思います。ただ、ここで私が指摘しておきたい点は、福祉を実践するということのデモーニッシュなエネルギーということです。
依然として、私にはこの問題について結論はありません。おそらく、ささやかな実践を、しかも逃げられないときにだけ、喜々とするしかないのかも知れません。

(3)
ところで、今週の日曜日は三位一体後第10主日であり、私たちは使徒書ではⅠコリント12:1-11、福音書ではルカの19:41-47を読みました。使徒書の方の主題は聖霊の働きということで、色々な人々に色々な形で聖霊が与えられており、それらの働きを通して「イエスは主なり」ということが現実となる、ということが述べられています。また、福音書の方には、イエスが都を見て泣き、都に正義を回復することを願い、都に入り、そこで宮潔めの行動をとられたことがしるされております。
これら2つを合わせて読み、考えてみますと、主イエスの生き方という形に定着された聖霊の働きというイメージがう浮かび上ってまいります。結論を先取りいたしますと、愛のパッションとそれを支える社会認識、これら2つの総合としての行動、これが聖霊の働きのパターンである、と言えるのではないでしょうか。ある意味でパッションとしての愛は方向性がなく、戦略がありません。それ自体はなくてはならないものではあっても、それだけではかえって迷惑する、ということもあります。そのパッションは社会認識によってコントロールされねばなりません。42節以下の主イエスの言葉は、主イエスの社会認識を端的に述べております。一口でいうと「もしおまえも、この日に、平和をもたらす道を知ってさえいたら‥‥‥」ということでありましょう。この平和、つまりシヤロームの実現ということが、先ほどから述べております「しあわせの内容の実現」ということであり、岡山氏もいうように福祉によって支えられる社会でありましょう。
オリブ山からエルサレムの市街をのぞむと、目の下に豪壮な神殿が燦然と輝き、町の反対側にはヘロデの宮殿がそびえております。エドム人であるヘロデ王は自から支配しているユダヤ人たちの歓心を得るためと、また同時に自からの支配権力を誇示するために、豪壮な神殿を建築いたしました。それは栄華をきわめたソロモンの神殿をしのぐ規模のものでありました。本来、神と人間、人間と人間のシヤロームのシンボルであるべき神殿が人間の権力のシンボルとしてそびえているのです。主イエスはこれを見て泣かれ、怒かられたのです。これがパッションです。「それは今おまえの目に隠されている」が、私の目には見えている。これが主イエスの社会認識です。
ここで重要なことは、主イエスはただ泣き、社会分析をなさっただけではなく、行動を取られた、ということです。その行動は全く無茶とも言える行動であり、しかもあまり有効とも思えない行動であります。ヘロデの権力を倒し、神殿を破壊せずして、主イエスの涙はとまるのでしょうか。神殿から商売人を追い出すことがそのために何の役に立つのでしょうか。おそらく、全く無駄なことでありましょう。しかし、主イエスはそうなさったのです。パッションは行動において燃焼し、さらに大きなパッションのもと展開するのであります。(1979.8)

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