海猫は空を飛ぶ

日常のちょっと違うと思ったことを書き連ねていきます。

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誰が電気自動車を殺したか

2009-06-29 10:03:17 | 社会
昨日、BSで「誰が電気自動車を殺したか」というアメリカのドキュメンタリーが放送されていた。
タイトルから、およそ内容の推測はついたが、録画しながら放送を見た。
ネットで検索すると、DVDも発売になっているようだ。

1990年代、深刻な大気汚染に悩まれていたアメリカカリフォルニアで低公害車の開発が義務づけられる。そこで、GMはEV1という電気自動車を開発した。しかし、この電気自動車は、自分自身を否定する「刃」になることに、自動車メーカーと石油業界は気付く。
自らの首を絞めることに気付いた「彼ら」は、電気自動車を様々な手法を使って抹殺を計る。結果、リコールでせっかく市場に出した電気自動車を回収してしまった。

ドキュメンタリーでは、誰が電気自動車を抹殺したかとうことを消費者、自動車メーカー、石油会社、政府などをターゲットにし有罪か、無罪か検証していく。
放送の結論は、ここでは書かないがよくこんな番組がアメリカ、そして日本でも放送出来たと思う。
おそらく、地上波で放送すれば自動車業界、石油業界から大変な圧力がかかるかもしれない。

今回の金融危機で、図らずも膨大な自動車産業を抱える日本の経済構造の脆弱さを思い知ったわけだ。
従来の内燃機関の自動車産業に関わる裾野は広く、車が売れなければ、日本経済自体がどうしようもない迷宮に入っていく。

トヨタ、本田はハイブリッドカーで需要回復を狙っているが、基本的にはガソリンを使う従来型内燃機関の車だ。
番組を見ていれば、ガソリンを使わない、エンジンを使わない車を作ることが自殺行為だということはよく分かる。
エンジン本体そのものだけでなく、オイル回りなどの関連商品も全ていらなくなれば、大変な経済的な損失になる。

そうした中で、三菱自動車はよくぞ電気自動車販売に踏み切ったものだ。環境に社会がシフトしている中とはいえ、従来のエンジンを使わないということを決断したトップは本当に凄いと思う。

そういうば、ハイブリッドカーに関しても、1990年代にアメリカカリフォルニアで排ガス規制法案が出てきたとき、まともに開発したのは日本メーカーだけだった。
それに対し、アメリカ企業は行動に出ず、結果として今年の民事再生に追い込まれてしまった。



番組を見終わったあと、こうした流れはどの産業界にもあてはまると思った。従来の利権を守ろうと思えば、自然環境保護とか二の次でいいことは無視するか抹殺してしまう。
資本主義は、ずっとそうやって、利潤のためなら何でもやってきた。

だが、それを全否定することは私には出来ない。企業人というのは、得てして会社のために自己犠牲を求められるからだ。それだからこそ、最近はコンプライアンスということがうるさく言われているのだが。


話がずれてしまった。

電気自動車は、構造が簡単なため巨大自動車メーカーだけが独占出来るものではないようだ。
今後、新規参入組が多数現れてくるとも言われている。
どんなに既存の自動車メーカー、産業が利権を守ろうとしても、時代が許さなくなっているのも間違いない。
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人生50年

2009-06-22 09:16:59 | 社会
月曜日の朝の迎え方は、ただでさえ大変なのに年齢を重ねると、特に気をつけなければ大変なことになる。

ここ最近、日曜の深夜はテレビやパソコンを出来るだけ早く切り上げ、早く眠るように心がけている。
だが、昼寝をすることも多く、そうなるとなかなか寝付けないことになる。そういう時のタメにもと、先日ラジオを購入し、昨夜もラジオのお世話になった。

昔からスリープ機能(自動的に電源が落ちる)がこうしたメカにはついていたが、今回購入したCDラジオにも様々な機能がついている。
だが、若い時と違って、マニュアルを読み、操作を覚えるのが億劫になっている自分に気付く。

ラジオの選局設定も、簡単なはずなのに、何度も何度も設定しなおさなければならなかった。
その他にも、目覚まし設定も手こずった。

これでも、今までは理系ではないが、こうした電化製品の操作には自信があった。パソコンももう20年近くやっているので、普通の人よりは知識があると思っていた。

それなのにである。

昔の人は、「人生50年」と言っていた。自分がその年齢になると、なるほどと思えてきた。

とはいえ、老け込むにはまだまだ早い。
多少、無理してでも、背伸びしてでも、世の中のトレンドについていくことも大事だ。

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お金が欲しい

2009-06-15 09:36:59 | 社会
大抵の俗人は、お金が欲しいのは間違いない。
私も欲しい。お金があれば、何でも出来る。
映画で「幸福の条件」というのもあった。お金に困った夫婦が、一晩だけお金持ちに妻を抱かせる代わりに大金を得るという契約を結ぶという話だ。
人間がお金に縛られて以来、欲が世界を動かしてきた。

昨日、NHKスペシャル「マネー資本主義第三回」を見た。
サブプライムローン破綻に発する今回の金融危機を色々な角度から分析するシリーズだ。

今回は、アメリカの巨大な年金基金、そして日本の青果組合の年金基金を通してマネーの動きを追っていた。

番組の中では、日本の青果組合の年金基金が5分の1という巨大な損失を受けたところから始まった。そしてその原因がヘッジファンドだという展開になっていく。

ヘッジファンドは、情報公開をせず、顧客に高い利回り、運用をアピールして「お金を増やす」組織だ。
そのため、リスクの高い商品をどんどん作りだし、最終的にはサブライムローンの破綻という結果につながったことは、もう誰しもしるところとなった。

アメリカの年金基金は、このヘッジファンドに膨大な資金を預けている。あるリタイア者は毎月30万円の年金をこのファンドの運用によって受けている。颯爽とオートバイを乗り回す姿が映し出されていた。

しかし、昨年の金融危機はこのアメリカの年金基金を襲い、数兆円の損失を及ぼした。理事会は、新たな運用ヘッジファンドを求めて面接を行っていた。

モノ言う株主」は、ひたすら高い利回りを求めて、経営者を追求する。
会社は労働者、社員のものではなく、株主を最優先に見ていくことになる。
それが一頃、日本でも企業買収などで大騒ぎしていた一連の動きだった。
そこでの唯一の価値は「お金を増やす」ことで、それ以外のことは二の次、三の次となる。
時には、人の命すら犠牲にしてでも利殖が「善」となる。

アメリカは、その「善」を追求してきた。結果、どうなったかは誰しも知るところだ。

それでも、人はさらなる増殖を目指す。
幸福の条件=お金と思いこんでいる限り、それや止まないゲーム。


こんなことは狂っていると、多くの人は言うが、それでも人々の「お金が欲しい」は止むことはない。

私もお金が欲しい一人だ。
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補正予算

2009-06-03 11:54:06 | 経済
補正予算が国会を通り、だんだん詳細が見え始めている。
今回の補正予算は「100年に一度の危機」対策であるのだが、果たして国民が実感できるまでになるのか不透明な気がしている。
エコポイントもよく分からないし、減税もない。
給料、ボーナスが減る一方なのに「モノ買え」と言われても無理だ。

また従来は、補正予算といえば公共事業が主だったが、今回はマスコミの批判や「成長産業じゃない場所に死に金を使うな」という批判もあり、抑制されてしまった。
業界にいる人間だから、話半分に聞いてもらってもいいが、地方では公共事業が与える経済効果はまだまだ大きい。
もちろん、新たな産業育成は必須だし、農林水産業などへの活力強化は地方再生には欠かせない。
でも、そこで生きている人間が多数いる。いきなり梯子をはずれて「新しいことをやれ」と言われても、失敗者続出というのが現状なのだ。

補正予算で一時、政権与党内部からは大盤振る舞いの声も挙がっていたが、ふたを開けてみると、前年度総額よりもまだマイナスになっている。それだけ、当初予算で公共投資に対しては厳しい予算付けがなされていたということだ。
これは、今話題になっている直轄負担金など地域の負担能力が極端に下がっていることも大きい。
どこもかしこも財政状況が厳しいなかで、中央集権型の「さあ、これやってやるから金だせ」は通用しない。
裏負担としての交付金も予算化されているが、三位一体改革で減らされた5兆円以上を取り戻すまでには至っていない。

実際問題、今大きな公共投資予算をつけても、業者も減り、調査設計も追いつかない。用意できる「タマ(工事)」も限られている。
日本全体が小さく小さくなろうとしている現在では、大プロジェクトが許容されるような空気もない。

もし、この補正がなければ、北海道や田舎はもっと経済が冷え込み、ひどいことになっていたかもしれない。
砂漠に水をまくだけだと批判する向きもあるが、完全に干上がってしまったら、本当に地方は砂漠になってしまう。

この補正予算だけでは需給ギャップはまだまだ埋まらないという。
与謝野大臣は、国だけで埋めることは出来ないと言っているが、どうせやるならもう少し、規模を大きくしたほうが良かったのではないだろうか。
減税もあり、さらなる給付金もあり、住宅ローンの低金利借り換えあり、3世代住宅への補助金でもやればいい。


適当なことを書いてしまったが、国民が「これで景気は良くなる」というような高揚感が持てるような補正予算を組んで欲しかったものだ。
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