眠れない夜の言葉遊び

折句、短歌、言葉遊び、アクロスティック、夢小説

ビューが消えた

2021-05-13 04:03:00 | 【創作note】
 何か書きたいとメモしておいたものを、数日経って見返すと何も思い出せなかったという経験はないだろうか。

 創作には期限がある。

 半分書いておいて後で終わらせることはできるが、全く手をつけていないと書こうとしたすべてを忘れてしまう。また、気持ちが失せてしまう。(せっかく思いついたのに。書き出せば化けるかもしれないのに)

 書くことはなくならないし、どうしても現在のテーマが優先される。奇妙なもので少しでも形になっていると「まとめよう」「完成させよう」という意識が働く時がある。

 色々と書きたいイメージがある時には、書ききれなくてもいいから、色々と手をつけておくという方法も有力だと思う。




 だんだんとビューが消えて行った。

 きっとこれはいいことだろう。動物園にパンダを見に出かける人。野球場に行って好きなチームに大きな声で声援を送る人。仲間と共に夜の街に繰り出す人。ジェットコースターに乗ってスリルを味わう人。家族でバーベキューに行ってわいわいがやがや楽しむ人。祭りだ祭りだとはしゃぐ人。皆がそれぞれの居場所を見つけて、世界を広げて行った。

 SNS。
 いつでもかえれる場所。

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美味しげな匂いを拾った

2021-05-12 13:43:00 | 短い話、短い歌
この街の出前迅速競い合う歩道の上の自転車レース


道を歩いていると
どこからともなく美味しげな匂いがする

どこかのお店からだろうか
その辺の普通の家からだろうか
美味しげだから本当に美味しいとは限らない

だけど美味しげな匂いは僕を高く持ち上げて
愛すべき世界のことを思い出させてくれる

多くを望みはしない

ご飯とのり それくらいあれば幸せだ


駆け上がるエスカレーター7階へ配達員の四角いリュック

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【コラム・エッセイ】僕と折句〜不自由の中の短歌

2021-05-11 19:32:00 | 【創作note】
クジラうえリクエストした水族館
マダイが歌うスローバラード

 これが折句だと主張するといささか暗号めいている。

クジラうえ
リクエストした
水族館
マダイが歌う
スローバラード

 このように表記すればわかりやすくなったと思われる。
 これは「クリスマス」の折句である。
 折句はあるキーワードを秘めて頭文字をつなげるものということだ。一般的には、縦読みと言えば伝わりやすいのではないか。

 このクリスマスの折句は、僕が折句と出会ってごく最初の頃に作ったものだ。当時、身近にいた人に見せたところ、誉めてもらって創作意欲が上がったことを覚えている。もっともその人は作品そのものについて言ったのではなく、創作の姿勢についてだった気もする。言ってみれば「素敵な趣味ですね」と同じくらいのニュアンスだったのかもしれない。とは言え、何度かそのようなポジティブな反応をいただけたことは、創作活動を続ける原動力としては、重要だったかもしれない。


 つくるということはそれ自体が楽しい。もう1つの楽しみは、届けることだ。ただ作るだけでなく、それを自分以外のところへ届ける。そこに行くと楽しみはまた何倍にも広がるのかもしれない。毎日のように折句とつきあっていた時もあり、気づくと千を超える歌ができた。その中で、誰かに届けたと実感できたのは、指折り数えるくらいだった。


 お題としては「クリスマス」は少し厄介なものだった。まず「リ」が面倒で、最初の頃は特にカタカナに走る傾向が強かった。そして「ス」が2つもある。だが、これは考え方によっては利点にもなり、同種のフレーズを用いてリフレインさせることもできるのではないか。


 折句を作り始めた頃は、特に意味もない歌を多く作っていた。むしろ、無意味なものにこだわりがあったとも言える。ある時、歌の経験者に「意味がなきゃ駄目じゃないか」みたいなことを言われ、その影響もあってだんだんと意味のある歌も作るようになった。自分としては、あるようなないようなくらいの感じが一番好きだと思う。完全なナンセンスという短歌は、最近ではほとんで生まれない。偶然、そういうものを思いつくと「これだ!」と何かを取り戻したようにうれしくなったりする。

 遊びであることは長く続けていくコツかもしれない。

「上手くしなければ……、上達しなければ……」

 向上心はあるといいが、持ちすぎると余裕がなくなってしまう。


 短歌は31音という器が決まっている。自由詩と比べると遙かに不自由な詩だ。折句となるとその上に頭文字までも決まってしまう。それでは不自由が増し窮屈ではないかと思われるかもしれない。ところがそれがそうでもない。決まっているということは、逆に言えば手がかりがあるということだ。
 自由なテーマで作文を書いてくださいと言われて困ったという経験はないだろうか。

「何食べたい?」
「何でもいいよ」
「中華でいい?」
「えー、また中華?」
「寿司にする?」
「えー、寿司ー?」
 と言われて困ったという経験はないだろうか。
 何でもいいというのは、そう楽ではないのだ。


 縛りと遊びには深い関係があるようだ。
 魅力的なメルヘンには、だいたい何らかの縛りがかかっている。おやつは500円以内。オシム監督の練習では、ビブスの色によって選択するプレーが細かく決まっているらしい。そもそも人生だって、縛りだらけで限りがある。限られた中で何かをする。(何ができるか)それがすべての遊びに共通する仕組みかもしれない。

「詩というものは、テーマと志を持って作るべきだ!」
 それも1つの考え方ではあるだろう。
 だが、「遊び」から生まれた素晴らしい作品は世に多く存在する。
 自由である方がよいものができるとは限らないのだ。
 特殊な条件だからこそ生まれ得た世界があり、素の自分を超えて飛び出して行くものがある。
(幸福は条件を選ぶとは決まっていない)


 折句が最も生まれた場所は布団の中だった。好んで生まれたのではなく、多くは苦しみの中に生まれたのだった。眠れないことはとても苦しい。わかる人にはわかるが、わからない人にはまるでわからない。眠れなかった経験がない人に、眠れない時の苦しさを説明するのは、とても難しいのだ。(ロボットに死や命を説くことが難しいように)

 眠れない時間といのは、布団の中で考える時間が余っている。何も考えないことは難しく、難しいことを考えることも難しい。テーマとか、プロットとか、そんな難しいことはとても考えられない。そんな時に救世主のように現れたのが折句だった。夢と意識の境界でもがきながら、折句の頭文字をイメージしては言葉をこね回していた。1つの歌に触れた瞬間、不思議なことに少し気が安らぐ。1つの許し/救いを得たような気がするのだった。
 近頃はそれほど深刻な状態からは距離を置いている。安眠に近づくほど、歌は自分から離れていってしまう。うれしくも寂しいものである。

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帰れコール・ソング  

2021-05-10 03:14:00 | ナノノベル
緊急事態! 緊急事態!

本日は閉店なり

どなた様もお入りになれません

一般人もど偉い人も マスクを着用してください



 私たちは臨時に結成された緊急パトロール隊だ。私たちの任務は、不要不急でありながら街に出てはぶらぶらとほっつき歩いたり、いつまでも夜の街に留まってはふらふらと彷徨っているような者たちに、厳しく声をかけまわって一刻も早く家に帰すことだ。普通に言って駄目ならばもっともっと早口で言わなければならない。そうしてこそ言葉は深く刺さるだろう。



生足生意気生卵♪

赤信号青信号黄信号♪

あちこちこちこちあちちちち♪

小人数中パジャマ大横綱♪

三人衆四人以下五目飯♪



「そこの人帰りなさいなほいさっさ」



緊急事態! 緊急事態!

本日は消灯なり

どなた様も居残りになれません

若い方もど偉い先生も マスクを着用してください



 私たちの原動力は憎しみなどではない。紛れもなくそれは愛だった。古来邪悪な魔物というものは決まって夜に忍び寄ってくるものだ。夜の街に安全な場所など一寸たりとも存在しない。今までがよかったからこれからも安心だというのは幻想にすぎず、私たちは凝り固まった安全神話に風穴を開けて一刻も早くすべての者を帰途へと導かなければならない。並の言葉で届かなければより一層畳みかけるように、高速で舌を回さなければならない。繰り返し、繰り返し、私たちは夜の向こうに訴えかける。すべては愛あればこそ。



かんぱちぱちぱちやけっぱち♪

かえるのこのこ横入り♪

ハナコどこそこクールポコ♪

地主神主大株主♪

ぐちぐちぐち吐き内輪もめ♪

うちら街ぶら土居矢倉♪



「うまかろう地べたに弾む宴かな」



緊急事態! 緊急事態!

本日は閉店なり

もはやお祭りどころではありません

お年寄りもど偉い王様も すべての祭りを中止してください



かえれよー みなかえれよー 何もないでー おってもしゃーないでー

とっととかえれよー みなかえれよー みんなかえってるよー

かえれよー わかったらかえれよー もうかんがえかえれよー



ガイアパパイヤサイゼリヤ♪

感謝監獄カンブリア♪

マッチねづっちパパラッチ♪

小雨なぐさめコバンザメ♪

昆布たんまりゆずポン酢♪

はんこポコポコクールポコ♪

マンボウ辛抱自撮り棒♪

安心安全バンジージャンプ♪

届けそこのけ人助け♪

エッセイ姿勢多様性♪

バッハお茶の葉かめはめ波♪



「早帰れとっとと帰れほいさっさ」

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底辺の贈り物

2021-05-09 10:34:00 | ナノノベル
「お待たせしました。上げ底定食でございます」
「おー! すごいボリューム感だ!」
「あなた、食べれるの?」
「いやどうだろうか」
「まずは写真ね」
「おー、そうだ」

チャカチャンチャンチャン♪

「ごちそうさん」
「案外大丈夫だったみたいね」
「ああ、見応えもあったし」
「写真映えもしたし」
「ダイエットも継続できた!」
「それが何より大事ね」
「勿論だ。ぜびシェフに会って直接お礼を」

チャカチャンチャンチャン♪

「彼は大変忙しいので……」

「おや、この声はどこから?」
「この下からみたいよ」
 突然、器の下からネズミが姿を現した。

「私が上げ底を下から支えていました」
「ほほ、そうだったとは」
「まあ、かわいい」
「ありがとう! ぜひシェフによろしくお伝えください」

チャカチャンチャンチャン♪

「いいえ、チップは結構です」 
 ネズミはバナナチップを断って厨房へ去って行った。

「なんと清々しいスタッフだろう!」
「ええ、本当に!」

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潜入手袋

2021-05-08 10:32:00 | ナノノベル
「爪を隠してらっしゃるんで?」
「いえいえ、私はドライバーだから」
「本当ですかい」
 鴉は楊枝をくわえながら言った。
 テレビからガソリンの匂いがして私はせき込んだ。若手俳優が主演の刑事ドラマだ。

「大丈夫ですか?」
 心配するような疑うような目。鴉は水を入れてくれた。
「ああ、ちょっと寝不足で」
「本当は車なんて……」
 本当の私を知ってどうするのだ。

 そうとも。私は鴉を撃退するために招かれた刺客。
 だが、今はまだ動く時ではない。

「ありがとう」
 車のキーを見せつけながら、鴉に礼を言った。

(今の内によその町へ逃げな)

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記録の仕事(明日を指して) 

2021-05-07 05:49:00 | 将棋の時間
 対局開始の遙か前に対局室に入った。勿論、まだ誰も来ていない。私には私の仕事があった。一日を通して戦う対局に支障がないように、準備を抜かりなく整えることだ。座布団、脇息、ゴミ箱、お盆、机、タブレット、記録用紙、エアコン、将棋盤、駒台、すべてを完全に整える。

 そして、駒。
 駒の形は不思議だ。丸でも四角でもなく、蜻蛉とも木の葉とも他の何とも違う。駒にはそれぞれの顔がある。駒がなければ何も始まらない。
 最後に一番大事な駒を磨く。1枚1枚魂を込めて。王将、金将、銀将。今日は美濃囲いが見られるだろうか。久しぶりに対抗形が見てみたい。飛車がいつにも増して大きく見える。激しい打ち込みがあったのだろうか、角の頭がすっかり丸くなっていた。まあ、角とはそういうものだ。これから始まる物語を思い描きながら、1枚1枚魂を込めて磨く。
 1枚の香が私の手を止めた。頭がすり減って丸くなっていた。もはやどちらが前かわからない。

「お前は駄目だ」
 角や桂馬はよくても香は許せない。
 私は筆箱から勇者の彫刻刀を取り出して香を研いだ。こういう事態も起こり得るから、時間には余裕を持って準備を始めるのが定跡だ。研ぐほどに香車はらしくなって行く。前だけなら飛車にだって負けない。

「明日を目指せ」
 香車に筋を語り、私は更に磨きをかけた。

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笑い物

2021-05-06 02:26:00 | 忘れものがかり
誰もかわってくれないと
泣いた夜もあった

誰かが僕の名を持ち上げて
誰かがその後に続いた
無責任に始まる運動を
止められるものは誰もいない

僕は歌うようにはできてなかった
踊るのならばきっと誰よりも
一番うまくできたのに

誰もかわってくれないまま
押し出されてしまった

蛙たちのコーラスの輪の中で

僕は笑い物になったんだ

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ラスト・ブック・ストア

2021-05-05 04:34:00 | ナノノベル
 自分が好んで足を運べる場所は唯一本屋だけだった。
 服屋も飯屋も時計屋も電話屋も電気屋もみんな駄目だった。決めるべき時に決めなければならない。自身では何もわからないのに、接近する者は恐ろしい。人が怖い。笑顔と親切とそのあとがずっと怖くて仕方なかったのだ。

 本屋は何も急がない。選ぶのも選ばないのも自由なのだ。誰の助けを借りることもない。本当に迷った時には、本そのものの声を拾ってくることもできる。声の主が元は人であってもいい。ワンクッション置いて、生の人でなくなっていれば、大丈夫なのだ。
 本屋の中では、急ぐことも身構えることもない。気になった本に触れてもいいし、全く触れることもなく歩き続けてもいい。自分の好きなペースで納得がいくまで、求めるものを探すことができるのだ。

 街で最後の本屋。
 僕の好きなものは、みんな消えていく。
 どうしてか、そういうことになっているみたいだ。
 新書のタイトルだけを追いかけながら、僕は迷子になっていく。

「よかったら広げてみてください」
「大丈夫です」

(親切はたくさんだ)

 もう独りで行けるから。

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運営会議

2021-05-04 10:53:00 | ナノノベル
「腕を組んで考えようじゃないか」
「腕を組むってことは腕に腕を絡ませることだ」
「肘に角度をつけるってことだろう」
「プライバシーを保つってことだろ」
「腕の中で思索を深めるってことだ」
「猫をライオンに見せるってことか」
「子猫を見張るってことか」
「そうでしょうか?」
「そうとばかりは限らないさ!」
「限りなき問いだ」

チャカチャンチャンチャン♪

「私たちにはバリエーションがある」
「豊富なカラー展開がある」
「異議あり!」

チャカチャンチャンチャン♪

「腕を組んだまま逆立ちはできない」
「それがどうした」
「脚ならできるのか」
「できっこない」
「できないくせに言うな」
「できない自慢か」
「私は寝てないんだ」
「私も寝てないぞ」
「誰かいい枕を知っている者はいるか」
「話が脱線してるぞ」
「腕が頭になっただけだろう」

チャカチャンチャンチャン♪

「テーマが小さすぎる」
「小さくて何がわるい」

チャカチャンチャンチャン♪

「背伸びしても仕方ない!」
「はじめは小さなライブハウスから」
「お茶碗1杯から始めましょう」
「米粒1つからだ」
「よく言った!」
「いただきます!」
「ごちそうさん!」

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【コラム・エッセイ】寿司の道

2021-05-03 02:09:00 | フェイク・コラム
 急に寿司が食べたくなった。自分で握ることは簡単ではない。寿司職人になるには十年以上もかかると聞いたことがある。ということで、僕は百均ショップに向かった。そこに行けば寿司の型があると聞いたのだ。キッチン・コーナーにはおにぎりの型はあったが、寿司のはなかったので店員さんを捕まえて聞いてみた。

「12月から一度も入荷していないようです」

 そんなことが……。
 もう4月だというのにおかしな話だ。


 寿司のことばかり考えていると背中に鰭がついたり、頭に魚がのったりと、体に様々な影響が出ることがある。食べたいものが食べられなかったり、思うように事が進まなかったりして、自分でも思ってもみなかった方向に結果が現れる。そうした時に、慌て騒がず、どれだけ落ち着いていることができるか、メンタルの強さが試される。
 顔や頭に魚が現れれば、すぐにそれを目に入れて、お前は魚だ、お前は肉だ、お前は寿司だ、お前はスシボンバーだ! などと言い出す者が出てきてしまうが、そこには落とし穴も待ち受けている。
 人を直接的に食べ物で表現することが問題視される傾向は年々強まっており、現代社会では一気に国際問題にまで発展する事例まで出てきている。そうならないためにも普段からしっかりと守備を堅め、ストライカーによる個人技の突破にも動ぜずに向き合うことが肝要ではないか。

 寿司は心のふるさとである。何でも口に入ればいいと言う人もいるが、それではネタも広がらないではないか。ご存じのように寿司を取り巻く状況には様々な要素があり、ネタ、シャリ、わさび、醤油と、どれもが重要な位置を占めているようだ。
 わさびなんかいらねえよと言う人もいるようだが、そのような多くの意見を尊重し、現在では予めわさびを抜いた寿司も、珍しいものではなくなった。そうしたスタイルが定着したあとでは、わさびが標準で入っている場合に逆に驚くばかりではないだろうか。

 わさびは、独特の香辛料であり、利きが強すぎるとツーン!ときてしまうので油断ならない。いやいやツーン!とくるくらいじゃないとわさびじゃないよ、それこそがわさびのよいところじゃないかと言う人もいるが、そういう人は決まってわさび好きである。わさびが好きな人からすれば、わさびが苦手という人を理解できず、反対にわさびが苦手な人からすれば、わさびが好きなどという人は、まるで宇宙人のようにも思えるのではないか。苦手な人にしてみれば、わさびの話を聞かされるだけでもうんざいした気分になるものである。

 わさびには多様な種類があり、本わさび、練りわさび、刻みわさび、S&Bわさび、ハウスわさび、静岡わさびなどが有名である。また、少し穿った見方ではあるが、音変化として「わびさび」をこの中に加えてみるのも味変としては魅力的だろう。わさびが活躍する場としては、寿司の他に蕎麦や素麺のつゆの中なども一般的で、またお茶漬けの中に気持ち入れていただくという楽しみ方もあるようである。わさびの風味は絶妙なアクセントとなり、主役の座を一層引き立たせることは言うまでもない。

 寿司を食べるとしてもそのシチュエーションは様々である。回る寿司、回らない寿司、自転車で運ばれてくる寿司、持ち帰る寿司。その中に自分で作る寿司という選択肢を加えてみてはいかがだろうか。寿司型と寿司酢とご飯とネタさえあれば、案外簡単に寿司はできるのである。そんなことあるか、自分でできるものか、面倒くさくてやってられねえよ、と言う人は実際に自分でやってみるとよい。

 用意するもの
・モチベーション
・炊飯器
・お米
・杓文字
・寿司型
・寿司酢
・寿司ネタ
・醤油(お好みによりわさび)

 寿司ネタは夕暮れのスーパーに行けば昼間よりも安く手に入れることができる。馬鹿野郎、スーパーなんか面倒臭くて行ってられるか、そこまでして食いたくねえんだよ、タコがという人は、無理してスーパーに行くこともない。ちょっと冷蔵庫を開けて眺めてみれば、答えはすぐそこにある。もしも、そこにカニかまを見つけたとしたら、それが答えだ。誰かに食わせる寿司じゃない。あくまで自分が楽しむための寿司なのだから、余分な先入観にとらわれることなく、様々なネタに挑戦してみてはどうだろうか。きっと自分で作る楽しみは、どんどん広がっていくはずである。


 寿司型の売り切れていた百均ショップを出て、僕は隣町まで歩いた。途中カフェに立ち寄って、色々なことを考えた。近頃は明るい話よりも、そうでない話の方をよく耳にする。よくないことは続くというが、実際そんな傾向もあるのだろうか。足を止めて考え込んでいると、すっかり気が滅入ることもある。夜に向かっていく街の景色は嫌いではないが、閉店に向かっていく店の気配がもの悲しく感じられることもある。変わらない信号が一段と胸の奥をブルーにする。瞬く間にすぎていく時間が夢のように楽しいのなら、人生は一瞬の物語であってもわるくないのだと思った。あの人、たった一人で車を誘導してすごい。僕は思い出した。
 スーパーの2階に続くエスカレーターは恐ろしく細い。いつかきた百均ショップに、最後の1つがあった。

 あった! あったぞー!

 僕は寿司型を手にあれこれネタを考えながらレジへ向かった。

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【新小説指導】遅延小説家

2021-05-02 23:02:00 | 新・小説指導
書く時間がないんですか?
そうですか
あんたのSNSいうの
見せてもらいましたよ

ラーメン食べに行きました
モヤさま見ました
小説がわかりません
小説がわからなくなりました
それであんたここにおるんやね
熱心やないの

プレバト見ました
コナン君見に行きました
スイーツ食べに行きました
色々時間ありますね
ん?
そういう問題ちゃうの
どういう問題や

わかりやすく言いましょうか

この町にはカレー屋さんあります
でもあんたの中ではないねんな
なんでかな

「あんたが雲の方ばかり見て歩いてるからや」

だいたいないわけないやん
こんだけ町にスペースあんねんからな
カレー屋さんはあるよね
あんたがカレー屋さんを向いてないんや
カレー屋さんいっぱいあんのに

「それがあなたの時間です」

あんたカレー屋さん嫌いか?
そうでもないでしょ
むしろ好きやねん
好きやから怖いんちゃうん?
カレー屋さん行ってみたらなんや
いっぱいかいな
居場所なしかいな
あーあー
断られるのが怖いんかな

好きです
ごめんなさい
それが怖いばっかりに
ずっと片想いいうことにしとくんや
カレー屋さんを想像の彼方に寝かせて
この町にはないことにしとるわけやな
本当はあるのに
時間もそうや

「ないのは小説の時間だけです」

向き合って上手くいかずに
駄目でしたいうのが怖いんちゃうか
それで時間を言い訳にして
先延ばしにしてんのよ
何でもよくあることやで

「そういうあんたは遅延小説家なんや」

どうでもいいことする時間はきっとあんのよ
歯医者さんやパン屋さんはいっぱいあんのよ
そういう時間は気楽で傷つけへんからね

そやけど
ほんまそれでええんか
ないないないない言うてる間に
ほんまになくなってしまうよ
もったいないと思いませんか?

「本当はカレー屋さん見つけたいんでしょ」

簡単やで
カレー屋さんの方を向いたらええねん
ええですか
小説家の課題は時間だけですよ

時間を削り時間を食われ時間を忘れ
時間に乗って時間を追って時間に追われ
小説家の中には小説家の時間が流れるんや
時間とどうつき合うのか
それだけで小説は変わっていきますよ

「小説は時間をコントロールするものです」

ええですか
時間なんてのはあってないようなもんです
こんにちは
いまお時間よろしいですか
あるんですか
ないんですか
どないなんですか
少しあるんですか
少しならいいんですか
時間は長さとちゃいまっせ

ええですか
時間は心やねん
だからどないでもなんねん
伸びたり縮んだりするんですわ
生むのも消すのも心がけなのよ
どうですか

「小説の時間は見つかりましたか?」

見つけてしまったらもう書くしかないわな
間に合いますかって?
あんた誰と張り合っとんのや
今から書くからええんやないの
それはまだどこにも書かれてないわけやから
あんたはいま生きてんねん
生きてる者がいまから小説を書く

「いまから書くのが現代小説ですよ」
そんでええねん
遅延小説家から現代小説家へ
ぱーっと転身や

遅れた分くらいなんぼでも取り戻せる
見つけた分だけ
時間もスペースもあんねんから

スペースはずっとあんねん

反省もええねんけども
昨日の自分を責めててもきりがないわけや
それよりも明日の自分に何ができるか

「小説は明日の自分へのプレゼントです」

わくわくするやろ
だからみんなやめられへんのよ
まずはよそ見ばっかりせんと
自分のために書いていったらよろしい

書いてみんことにはわからへん
わかったら書いてみなさい

スペースはあんねんから

そこに自分の想像を走らせたらええねん
あんたやったらできんねん
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詩のコート

2021-05-02 10:45:00 | 忘れものがかり
酒場はどこも廃れてしまったけれど

椅子が斜向かい
パーティションがある他は
普段通りのフードコートが

君に詩を書くことを許した

それがなければ指先は震え
魂も肉体も崩壊してしまう

今日も明日もなくてはならない

詩だけが 
君をこの世につなぎとめることができる

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俺たちのチキラ

2021-05-01 10:39:00 | ナノノベル
 季節に逆らうようにかえってくる冷たい風に、ミリタリーシャツが張りついていた。泣くほどに寒い夜には、仲間とテーブルを囲まなければ耐えられない。行くところと言えば、だいたいいつも決まっている。俺たちの街、愛するものは何も変わらない。

「いらっしゃいませ!
 ラスト・オーダーになります」

 俺たちは案内も待たずに勝手に好きな席に着く。

「チキラ」
「俺も」
「同じで」
「俺もチキラ」
「一緒で」
「俺も」
「それで」

「はい。チキンラーメン7つ!」

 店で一番の人気メニューと言えば、チキンラーメンだ。俺たちはこれを食べて大きくなったと言っても過言ではない。客のほとんどがチキンラーメンを注文する。中にはわざわざ遠方から足を運び、チキンラーメンを注文する客もいるほどだ。

「はい。お待たせ。チキンラーメン」

 俺たちのテーブルに、次々とチキンラーメンがやってくる。チキンラーメンの魅力と言えば、その独特なお菓子のような触感の麺、他では真似できないあっさりした中にも旨味のあるスープ。そして、注文してから出てくるまでの驚くべきスピードだった。あの頃から、少しも変わることのない香りに包まれながら、俺たちのテーブルは無言の中に友情を深め合っていくのだろう。

「はい。テイクアウト、チキンラーメン2」

「2丁目林さんちチキンラーメン5」

 店の中にチキンラーメンがこだまする。この店の主役は、間違いなくチキンラーメンと言えるだろう。この店に来てチキンラーメンを食わないなんて、そんな馬鹿な真似ができるか。炬燵に入っておいて、みかんを食べないようなものさ。宝箱を手に入れて蓋を開けないようなものさ。花火を用意して火をつけないようなものさ。パンを食べておいて、ご飯は食べてないと言うようなことさ。そんな注文が通るかよベイビー。

「あれ? お前は?」

「まだ」

「言った方がよくない?」

「すみませーん!」

 俺は店員を呼んで、確認した。

「はい。チキンラーメン追加で1つ!」

 俺のチキンラーメンは少し遅れてやってくる。それはほんの少しのすれ違いのようなものさ。

「俺ら先帰るわ」

「じゃあ、ゆっくり」

 食ったら帰る。それが俺たちの流儀だ。
 仲間たちが帰った後にようやく俺のチキンラーメンがやってくる。

「お待たせ。チキンラーメン」

「チキラッ♪」

 きてくれればいいんだぜ。
 待った分だけ箸がぶんぶん進むのさ。

 客は一人。俺がまんぷくになった時が閉店だ。

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