眠れない夜の言葉遊び

折句、短歌、言葉遊び、アクロスティック、夢小説

一本杉と少年

2023-08-30 02:21:00 | 無茶苦茶らくご
 人生には敵が多いものでござんす。それは大人でも子供でも本質は変わらないものでございます。子供には子供独自の世界があり、また時には大人が敵に回ることもあって、むしろ子供の方がより強敵を抱えてしまうという場面もございます。さて、世間には「逃げるが勝ち」という言葉がございまして、多くの場面でこれは大正解となるわけでござんす。アホな敵を向こうにいちいち戦っていたのでは、きりがございません。戦っている内に余計にアホが集まってきたりすれば、こいつは藪蛇というものでございましょう。現代社会において大切なのは、よい逃げ場所をみつけることかもわかりません。どうせなら、人っ子一人いないところがいいですな。

「逃げてきたのか?」
「どうして?」
「ここに来る者はだいたいそうじゃ」
「そっか」
「何からじゃ」
「わからない。色々かな」
「曖昧じゃな。それもよい」
「いつからここにいるの?」
「およそ千年か」
「えっ? じゃ、先輩だね」
「勿論そうじゃ」

 最も大きな逃げ場所と言えば海でございましょうか。ところが、少年の町にには海がない。そこで少年は丘に向かったわけでござんす。そこにあるのは少年の背丈の何十倍もあろうかという大きな大きな木でありました。古来人間というものは、自分よりも小さなものには愛嬌を、自分よりはるかに大きなものには、畏怖の念を抱いてきたものでございます。ただいま上に見えておりますのは樹齢千年はあろうかという、大きな木でございます。長い年月、この町の歴史を見届けてきたことから、この町の人々は、この木のことを我が祖父のように敬っているという噂が伝わっておるんでござんす。自然の大きさに触れておりますと、人間は自分の存在のちっぽけさを思い、思い詰めていたことも何だか酷く些細なことに思えてきたり、また、それよりも遙かに崇高なテーマに向き合うことを思いついたりするものでございます。そして、少年というものは、自然の声を拾うことができ、自然の言葉を理解することができる。木とおしゃべるすることくらい朝飯前。よくある話でござんす。

チャカチャンチャンチャン♪

「よほど行くところがないと見えるな」
「選んでここに来ただけだよ」
「ふん。物は言い様じゃ」
「今日は何から逃げてきた?」
「そうだな。情報かな」
「何がそんなに聞きたくない?」
「人の醜い部分とか」
「どうせ内輪話だろう」
「かもね」
「あれがどうしたとか、それがどうしたとか」
「まあ大雑把に言えばね」
「ここには届かないと思うか?」
「ここまで来ると圏外だからね」
「わしは色々知っておるぞ」
「どうせ昔のことでしょ」
「メッシが移籍するとか」
「えーっ、なんで?」
「風の便りはわしを避けて通ることはできん」
「そうなんだ」
「すべての知はわしから始まっておるのじゃ」
「知らなかった」
「現代はそういう時代じゃ。気がつけば知らなくていいことばかりを、知ることになる。知るべきことが他にあるというのに」
「先輩はよくわかってるね。メッシは移籍しないけどね」
「ふん。わしには関係のないことじゃ」

 気がつけばそこに来ていたというような場所がござんす。考えるよりも足が勝手に動いていると申しましょうか。そういうところに、自分の心が表れるもんでござんす。あれこれ難しいことを考えなくても、人の心というものは、その人の仕草に注目していれば自ずとわかるものでございましょう。現代では世界中で人々の行動履歴にフォーカスが当てられ、ビッグデータを制するものがビジネスを制するとも言われておるんでござんす。今を生きる人々の興味・関心がどの辺りにあるのか。それを知った上で話を進めると受けが違うというわけですが、どんなもんでござんしょうかね。お客さん、どーなんだい!

チャカチャンチャンチャン♪

「いいな。先輩は不死身で」
「わしを倒そうとした者もおったがの」
「えっ? 何かわるいことをしたの?」
「違う。ただ目立ったというだけじゃ。よくもわるくもな」
「どうして助かったの?」
「町内会の人たちが、わしを守ってくれたからじゃ」
「そうだったんだ」
「わしは独りではなかった。お前もそうであろう」

 少年の目は自然を見ることに長けておるんでござんす。前世の名残と申しましょうか、影形なきものを見つけたり、遠い星の言葉を話せたりするもんでございます。大人になるとそうはまいりません。そんなもの見なくてもわかる、とすぐに早合点ばかりするようになるんでござんす。ガッテン、ガッテン。見えるものと言えば目上の人の顔色、上司の顔に皺はいったい何本あるのかな……、1本、2本、3本、4本。馬鹿野郎!そんなもの見たって何にもならねーよってんだい!

チャカチャンチャンチャン♪

「先輩は退屈じゃないの? ずっとここにいて」
「あっという間じゃ。100年、200年、300年……」
「そーなんだ」
「わしはただ日々を生きただけじゃ。それでもお前はわしよりも多くのことができるかもしれん」
「誰もそれを望まないとしても?」
「お前の求める答えは何かのー。お前は人の望みによって生きるのか?」
「どうかな。何かよくわからないや」

 話しているとすぐ時間は過ぎるもんでござんす。長い台詞じゃございません。何気ないやりとりをしている間に、不思議と時間は過ぎていくものでございましょう。時の経つのも忘れると申しましょうか。そういう間が、一番しあわせと言えるかもわかりません。あー、時間が経たねえなー、とか言ってる奴は、だいたい時計を前にして時計を見ることの他は、何もしてないんでございますな。旦那、何かないんですかい。えーっ、どーなんだい!

チャカチャンチャンチャン♪

「……いるの? 雨が降るよ」
「お前を呼ぶ者が来たぞ」
「うん。そうみたい」
「100年前もあんな雲が出たものじゃ」
「覚えてるくらいすごい降ったの?」
「そうじゃ。帰れるうちに帰ることじゃな」
「仕方ないな」
「わしの傍では、お前は独りにはなれぬ」
「先輩は有名だもんね」
「そうじゃ。逃げたければ、もっと遠くへ行くことだ」
「そんなお金ないよ」
「クラウドファンディングを利用するんじゃ」
「先輩、クラウドファンディングってのはね」

ザーーーーーーーーーーーーー♪

「先輩、またねー!」


コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« スーパー・ポップ | トップ | ダイヤル・ロッカーの悲劇/苦... »

コメントを投稿