眠れない夜の言葉遊び

折句、短歌、言葉遊び、アクロスティック、夢小説

みんなの同窓会

2009-10-07 16:01:21 | 猫を探しています
「ロンドン支店の方が軌道にのってね、今はこれくらい稼げるよ」
青シャツは、右手を広げた。わっと場が沸いた。
羨望と、酩酊と、豆腐の白さが交じった瞳がゆらゆらと漂っていた。
「へーっ、なかなかこちらには帰ってこれないんだ」
しゃくれが、手の中のグラスに向かってつぶやいた。泡が弾けていく。
「俺は未だに走ってるよ。来年はホノルル。
でもまあ、30までにダメだったら足を洗うよ」
そう言って赤毛は、正座に座り直した。恋人の父に向き合う前のように目を伏せた。

「そうだな。期限はあるよな。やっぱり……」
メタボ予備軍が、口を動かしながら言葉を発した。語尾が消えるよりも早く、肉や魚や豆やキノコや海藻や芋などが、その大きな口の中に吸い込まれていった。続いて出た言葉は、魚に負けて単なる泡にしかならなかった。
「そうそう。でもやっぱり、セサミンは大切」
丸顔は、言いながら鞄を開けカプセルのような物を取り出した。

「で、コウジくんは?」
誰かが、話題を逸らすように僕の方を見た。
(どうして僕の名前を知っているのだろう?)
「訊いちゃまずかったかな?」
黙っている僕を察するように続けていった。
「こいつなんか。
猫ばかり探してるんだって」
誰かがどこかで耳にしたように言った。
「へーっ……」
他に言葉が見当たらないように、誰かが言った。
僕はようやく、口を開くことにした。

「誰か猫のことを知らない?」

誰も口を開かない。
生まれて初めてその言葉を聞いたようだった。
「へーっ……」
再び誰かが言葉を発した。
「その情熱を意味あるものに向ければいいのに」
「そうだよ」
「その通りだな」
「だよね」
「いいこと言うね」
「まったく」
賛同の声で皆がまとまった。
セサミン男だけは、無言で空っぽになりかけた鍋の底を探っていた。

「意味なんて感情に過ぎないでしょうに」
精一杯の抵抗を込めた言葉が、冷たい空気の中に呑み込まれてしまう前に、僕は言葉を呑み込んだ。
そうして席を立った。
どうせ見知らぬものたちの同窓会。
もう、誰も僕のことなど覚えていないだろう。


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