眠れない夜の言葉遊び

折句、短歌、言葉遊び、アクロスティック、夢小説

遠い道のり

2009-04-04 09:38:00 | 幻視タウン
 太陽を抱きしめるほど、私の肩幅は広くはなかった。
けれども、私は仲良しの犬でさえ並ぶことのできない細い散歩道を通ってやってきたのだ。
 短い春が終わると、寒い冬が大名行列のように訪れた。
 温もりが欲しかった私は、それ以上に疲れてもいたのだ。エスプレッソを混ぜながら混ぜながら、私はエスプレッソに見とれてしまった。深く眠った私の奥で優しい声が聴こえてくる。家族の声が聴こえてきた。カフェのママが、私の代わりに本を読み始めたのだ。朗読の時間だ。
 ママの声が聴こえてくる。



   *


「ここまで来たんだから行こうじゃないか」
「わざわざ、ここまで来ることはなかったじゃない」


「でも、来てしまったものはしょうがないじゃないか」
「こんなに遠いのなら来なかったわよ」


「前は、もっと近かったような気がしたんだよ」
「どこが近いのよ。もう足がつりそうだわ」


「でもまあ、せっかく来たんだから行こうじゃないか」
「パパに賛成!」
「ここに来るまでに、色々な店があったでしょう。
 そこでも良かったんじゃないの。
 別に、ここまで来る必要なんてなかったじゃないの」


「でもまあ、今はここにいるんだから」
「それはあなたのせいでしょ」
「パパわるい!」


「まあもうそろそろいいじゃないか」
「帰りはどうするの? また歩かなくちゃならないわ」


「歩いて来れたんだから、歩いて帰れるさ」
「あなたはいいけどね、一緒に歩かされる方の身にもなってよ」
「あたしは歩く!」


「今日は、いい天気じゃないか」
「その内暮れるわよ」
「そんなことはないだろう」
「あるの」


「さあ行こうじゃないか。ここまで来たんだから」
「なんか納得がいかないわねえ」


「人生そんなもんだよ」
「あなたは何でもそれで片付けようとするわね」
「そんなことはないよ。さあ、さあ」
「全く、仕方がない人ねえ」
「まあ、そんなこと言わずに。
 ここまで来たんだから、行こうよ」


「誰のせいでここまで来たのよ?」
「誰のせいって……」
「ママしつこい!」



   *


 私はスプーンを手に持ったまま、空っぽのエスプレッソを混ぜているのだった。
 私が目を閉じていたのは、ほんの一瞬だったのだろう。ほんの一瞬の間にいくつかの声が駆けた。どこかで聴いたことのある声と、私自身の声も交じっていたような気がする。それでもエスプレッソが、蒸発してしまったのは誰のせいなのだろうか……。カフェの中の誰もが、怪しい人間たちに思われ、おかげで私はまだ人間の途中にいるのだった。
 コーヒーカップが、耳障りな音を立てる。誰のせいか、私にはわからない。


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