眠れない夜の言葉遊び

折句、短歌、言葉遊び、アクロスティック、夢小説

初対面が好きです

2012-11-22 01:10:17 | 夢追い
 男は指折り人数を数えた。テーブルの上でケーキにナイフを入れた。入れる途中でナイフを置いて、再び指を折った。切り終えたケーキを1つずつ皿に盛って、もう一度それが均等になっているかを確かめた。上にはフルーツが載っていて、側面に散りばめられた黒い粒は……。
「ケーキじゃないぞ! 爆弾だ! ルパン!」
 男は持っていた皿を壁に向けて投げつけた。小さな爆発が起きて、壁のカレンダーが半分焦げてしまった。酷いことをしやがる。

「早いな」
 犬が言う。散歩と思っているのだ。落ち着かない様子で同じところを行ったり来たりしている。違うんだ。そう言おうとしても止まらない。徐々にウォーミングアップが激しくなってゆく。違うんだ。こちらを向いて、言うことをきいてくれないかな。今は、散歩に来たわけじゃなく、逃げてきたんだ。

 本田と練習することになっていたことを思い出した。忘れていた靴を廊下の隅で見つけて、履いた。既に別の靴を履いていたので、靴の上から履くことにした。
「おかしいよ」
 隣で見ている奴が言った。いや、そうではない。いいかもしれない。個人の感想なんてあてにならない。デザインがいいかもしれない。赤が黒を包み込んで、内側のラインがかっこいいかもしれない。自分を信じてみる。どこかで外靴が脱げても、内靴が残っているじゃないか……。さあ、練習だ。
 雨が降ってきた。タオルを畳まなければならない。しかし、2人は先に練習を始めてしまった。約束はどうなったのだろう。僕を置いて、2人はテニスを……。テニスだって? 本田じゃないのか? 本田はどこに行ったんだ?
「やあ」
 久しぶりの顔ぶれが入ってきて安心した。その中にはTの姿もあった。懐かしさのあまり、陽気になって後に続く知らない人にまでハイタッチした。それからTだけをあえて無視した。
「誰だったかな?」
「どういうことすか?」
 一重まぶたを細くして歪めた、その顔は中でも最も懐かしかった。

 男はドアの横でドライバーを取り出した。ドアは開いているのに、ドアノブを取ろうとしているのだ。男の顔は、数時間前にも見た記憶があった。その時に感じた違和感が、今は確信に変わろうとしている。男はドアノブ泥棒に違いない。
「前に1度、5時くらいにも……」
 詳しい状況を伝えようとするが、理論立てて話そうとすると舌が回らなくなる。息が苦しい。
「恐ろしいことが……」
 と言うと姉は、わーっと言って虫が出たみたいに逃げ惑った。
 伝えたいことを伝えられないと思うと悲しくて、2度とも夢じゃないかと思うとせっかくの恐ろしさも台無しになるようで、更に悲しくなってしまった。

 ベッド上に兄と2人だった。兄の足の下に僕はいて、PCはまだついたままだった。小さな明かりも、消そうか。徐々に足が伸びてきて、僕の陣地は狭くなっていった。空港に11時と兄が言った。落ちる。僕に似合いの場所に、落ち着いた。
 母が帰ってきた。
「来なかったのね」
 兄を僕と間違えて話しているのだ。
 ベッドの脚にしがみついていた僕をはっとさせたのは、見慣れない動物3体だった。母について訪れたのだろうか。
「マイネームイズ……」
「ナイストゥーミーチュー」
「ナストゥーミーチュートゥー」
「僕は英語を勉強しています」
「私は初対面が好きです」
「Have you ever been to moon ?」
「Oh ! フェイバリット ソング」
 兎との間で不慣れな会話が交わされた。

 領収書を渡そうとして異変に気がつく。1日ずれている。15日のはずなのに今日はもう16日である。どう考えても15日のはずなのに事実は16日なのだ。カレンダーと照らし合わせる。16日だ。
「すみません。どうも最近、1日ずれているんです」
 正直にわけを言って謝った。
「無理があるだろ」
 横の男が即座に言った。
「本当なんだよ!」
 真面目な話を、冗談のように扱われて、腹が立った。
 もう1つ、去らなければならない場所が増えたようだ。

 きみは仲間に囲まれていた。邪魔をしないように密かに帰り支度を始めた。耳に入らない物語の端っこで、時々きみの大きな笑い声。主要な荷物はすべて鞄に詰めた。最後にデニムを引き上げて、少し離れた場所で、履くことにする。きみは少しも見ていなかった。僕は壁にかかった時計を見上げる。針と針の開き具合に、自分との関わりを見つけ出そうと無意味な努力をした。忘れ物は、ないだろうか。
 おばさんにもらった雑誌を、持ち帰らなければならない。鞄にそれを入れる時、きみの視線が気になった。きみは少しも見ていなかった。赤が目立つのはシャツを1枚脱ぎ忘れているからだった。1枚、脱いで、上着を着る。案外、支度に手間取っていた。何度も行ったり来たりを繰り返して効率の悪さが自分を追い込んでいるようだった。きみはトランペットを吹いている。しっかりとした音色。いつからこんなに吹けるようになったのだろうか。
「うまいものだ……」ひとりごとのように言う。
 本当に、ひとりごとだった。
 歩きながら、さよならを言う。
 感情のない声で、返ってきた。きみは少しも見ていなかった。
 外は雨だった。
「あいつ傘ないのか?」
 後ろで誰かが言っているような気がした。
 スイッチを入れる。ハードロックが流れた。
 救急車が止まっている、その横を無関心に通り過ぎた。


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