眠れない夜の言葉遊び

折句、短歌、言葉遊び、アクロスティック、夢小説

ポテチ音

2019-03-19 22:39:12 | 好きなことばかり

 嫌いなものに取り囲まれた時は、好きなポテチのことを想像すればいい。体は雁字搦めになっていても、心まで完全に捕らわれることはない。好きなポテチをつまもう。一緒に何を飲もうかな。ソーダ水、ウォーター、おーいお茶、ほうじ茶、紅茶、コーラ、オレンジジュース、メロンソーダ、なっちゃんオレンジ、グレープフルーツジュース、飲むヨーグルト、麦茶、ウーロン茶、ジンジャーエール、アイスコーヒー、ホットミルクティー、りんごジュース……。
「もうええわ」一緒に何を聞こうかな。ピアノソナタ、雨音、猫の呼び声、鴉のお知らせ、滝、ひふみんの駒音、ジャズ、ソウル、博多とんこつラーメンを啜る音、ロック、カーテンの引き音、好きなボーカルのイエー!
「あなたの声はあなたにしか出せない」
 ポテチが砕ける音。
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きみは燃えているか

2019-03-17 21:59:21 | 好きなことばかり

 不愉快なものに囲まれて寒い時間には、焚き火のことを思えばいい。どこでもないその場所に焚き火は現れて、炎が立ち上がる。炎の形。炎の色。炎の大きさ。炎の揺らぎ。風が吹き、炎は危うく揺さぶられる。
「さあ、薪を足せ」
 薪を集めてこい。薪の形。薪の大きさ。薪の荒さ。様々な薪がある。何でもいい。急いでかき集めろ。薪の組み方。薪の積み方。薪の重ね方。全部自分で考えて、工夫して。炎を大きくするのだ。
「バキバキバキ」
 薪が食われて炎が上がる。暖かい。身が焦げるほどに暖かい。もっと足せ。もっと大きな焚き火にするのだ。薪を食い、炎は育ち、風が吹いて、アレンジが加わる。バキバキバキ! おー……。炎の中から竜が現れる。「もっとくれ」薪を足す。薪を食って竜が大きく伸び上がる。風が吹いて、竜が人間の顔になる。
「おー。手品はもうやめたのか」
 炎の中から父が残念そうな顔をみせる。
 もっと足せ。薪を集めて、遠い人の声を聞こう。
「やめたよ」でもね。(他に好きなことを始めたんだよ)
 風が吹いて、炎が萎む。薪を集めろ。
 好きを絶やさぬように。
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ふたりのランチタイム

2019-03-11 05:11:14 | 好きなことばかり
父と一緒に店を探して歩いた。ランチタイムの街はどこに行っても人でいっぱいで、少しでも気を抜いたら父を見失ってしまいそうだった。同じようなスーツを着ていても、それは父じゃない。似たような鞄を肩から下げていても、それは父じゃない。定食屋の前には額に汗を溜めた厳つい男たちが群がっていた。一瞬のぞき込んだ店の中はカウンターまでいっぱいだ。「いっぱいだな。他を探そう」父の言葉に頷いて歩き出す。歩道も交差点も、どこに行っても人でいっぱいだ。「お父さん。いい物件があります」感じ良さげな男が、オーナーになりませんかと誘ってくる。僕らはしばし足を止めて話に耳を傾けた。「資金がない」父は少し申し訳なさげに言って断った。ラーメン屋の前には書類を詰めたファイルを抱え込んだビジネスマンが群がっていた。順番を待つ間にも手帳を開きスケジュールを確かめる姿が目に付く。みんな忙しそう。店の中は見るまでもなくいっぱいだった。「いやー。いっぱいだな」僕らは次の場所を探して歩き出す。

 右か、左か、どちらが栄えているのかもわからない。迷った仕草をして足を止めると、見知らぬ男がいい話を持って近づいてくる。「お父さん。いつも歌ってるんでしょう」今度うちでも歌わないかと男は軽い調子で誘ってきた。「いえいえ」それほどのもんでもと父は頭を下げて断った。男は名刺を父の手に置いて、雑踏の中に消えた。「不思議な人がいるもんだな」カフェの前には大きなボードがあり、見たこともないない料理の横に見たこともない書体の文字が並んでいる。派手なシャツに身を包んだ若者たちが次々と中に入っていく。店の扉が開く度にクリスマスのような明かりが見えた。「いっぱいか」確かめるまでもない。何となくそのように感じられた。

(ここは僕らのくるとこじゃない!)

「どこもいっぱいだな」信号を待っていると雨が降り出した。僕らは傘を準備していなかった。予報とはずれている。今日ではなかったはず。「もう少し行ってみるか」人足は絶えて道はだんだんと細くなっていった。それは我が家へと続く道だった。

「ただいま」家の中には誰もいない。疎ましい人混みも、危険な交差点も、父をほめてそそのかす声も……。「これでいいな」ケトルが暖かく明かりをつけた。(これがいい)最初からそうすればよかった。ぐつぐつぐつぐつ。小さな旅が最高の空腹を作り上げてくれた。あと3分すれば『カップヌードル』ができあがる。


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pomeraシアター

2019-03-04 03:42:28 | 好きなことばかり
「ずっとそこにいたの?」
「そうだ。僕はずっとここにいたんだ」
 薄型テレビの裏で二つの命が出会った。
「秋になったらいなくなるんでしょ。みんな行ってしまったよ」
「秋だって?」
「あなたは夏の詩なんでしょ」

   夏の詩 夏の詩 夏の詩 夏の……

「いつの間に終わったの?」
 疑問を投げつける虫 この虫は何者だ

「もうとっくに終わっているよ」
 冷たく真実を告げる猫
「おかしいな。ようやく来たと思ったのに」

 疑問を湧かす虫 本当の真実は虫の感性か猫の言葉か……

「眠りすぎたみたいね。さあ行きなさい」
「あなたは? あなたは行かないの?」

  あんたは あなたは あなたは あなたは……

「猫には関係ない」
「どうして虫だけが季節に縛られるの?」
 もう虫の心の中に秋が住み始めていた
「さあ。ずっと眠っていたからじゃない」
「えー。なんて」
 聞こえない 猫の言葉なんて聞こえなかった

「夏になる前までずっと眠っていたからじゃない」
「あなただって眠るよね。ずっと眠るよね」
「まあね。それは生き物の特権だからね」
 眠り それは夢の中の大冒険
「僕たちが眠るのは急いで羽ばたかなくちゃならないからさ」

 眠り カブトムシにとってそれは壮大な助走だ

「全力の眠りというわけ」
「僕たちの眠りは……」
 いまあふれだす眠りに対する想い
「さあ、もう行きなさい。秋の虫たちが押し掛けているわ」
 別れを告げる猫 それはふたりの運命?
「もう行くところなんてない! 僕は乗り遅れたんだ!」
「それでも行きなさい。それがあなたの運命よ」
「だけど、もう周回遅れなんだ」
「誰が決めたの?」
 猫の中にあふれだす疑問符 ? ? ?
「出し遅れたジャブは当たらないんだ!」
「だったら試してみる?」
 猫が繰り出したパンチ それは驚くほどのストレートだった
「僕には止まって見えるよ」
 想像を絶するカブトムシの身体能力
     へし折られた猫のプライド その時猫は……
「さあ、秋が浅い間に行くのよ」
「僕のことを聞いてくれる?」
「あなたはどうしたいの?」
 カブトムシの心に猫は最後の足跡を残したかった
「僕はね。僕は亀のカブトムシなんだ」
「ふふふ。奇妙な名前ね」
 その時 猫は精一杯の声を出して笑ってみせた
「あなたは?」
「私は人の猫よ」
 人の猫 人の猫 人の猫 人の猫……


「始まりませんよ。何も」
「えー。だって今、予告編が流れたじゃないですか」
「気のせいでは?」
「そんな。猫とカブトムシが出会ってそれで秋が……」
「このガジェットはネットにはつながっていません」
「えっ? じゃあ」
「何にもつながっていません。映像なんて流れないんです」
「じゃあ、私が見ていたのは……」
「あなたは自分の頭の中を見ていたのではないですか」
「そうかな。自分の中の出来事とはとてもかけ離れていた」
「あなたは自分のすべてを知っているわけじゃない」
「まあ、それはそうだけど」
「このガジェットは、自分から打ち込まなければ始まらないのです」
「そうでしたか」
「このガジェットは、あなたにしか向いていない」
「私は何を打ち込めばいいのでしょうね」
「とても簡単なことです」
「それは」
「あなたの好きなことですよ」




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絵画鑑賞

2019-03-01 05:04:00 | 好きなことばかり
「もう帰ろうよ」
「来たばっかりでしょ」
「退屈なんだもん」
「そう決めつけないの」
「映画見に行きたい!」
「放映は中止になったのよ」
「なんで、なんで?」
「だからここにいましょうね」
「なんで、ねえ、なんで、なんで」
「だから、これはいい機会なのよ」
「絵なんてわからないよ!」
「そうね」
「解説がないと何もわからないよ」
「そうかもね」
「そうだよ。退屈だよ」
「よく見てごらん」
「見ても一緒だよ。ずっと一緒」
「もっともっとよく見るの」
「ずっと上も下もまるで同じ形じゃないの」
「ずっとずっと見ているとある時何か変わって見える瞬間が訪れるの」
「そうかな……」
「それが絵なの」
「そんなに待てないよ。僕は時間がないんだ」
「人生も同じよ」
「人生って退屈なんだ」
「一枚の絵をどれだけ愛せるかで人生は変わるの」
「そんな絵があるのかな」
「絵はどこにでもあるものよ」


「あっ、桂が跳んだ!」
「ほら、ね!」
「ハッハッハッハッハッハッハッ……」
「フフフ……」
「バランスが崩れた。悪手じゃないの」
「そうね。新しい手ね」
「ねえ、どうなるの、これから」
「さあね。もう行きましょう」
「えー? いま動いたとこなのに」
「また来ましょう」
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どうして書くの?

2019-02-22 02:51:46 | 好きなことばかり
「どうして書くの?」

(どうして食べるの?)
(どうして眠るの?)
(どうして働くの?)

他のことは一切きかない
あなたは不思議そうな顔をして

「どうして書くの?」

どうして?


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欲望のベッド

2019-02-20 03:56:10 | 好きなことばかり
 欲と欲の間にお湯を注ぎたくて蓋を開けた。豪華にも様々な袋が出てきて圧倒される。スープ、スープ、スープ、旨味の素、かやく、かやく、特製スパイス。これはあと、これはあと、これはあと、あとからあとからあとから。
「最後に入れてください」
「そのあとで入れてください」
「直前になって入れてください」
「最後の最後に入れてください」
 お湯を注いで蓋をする。この世で最も楽しみな5分。
「蓋の上であたためてください」
 お湯の力を借りて蓋の上にスープの小袋を載せる。蓋の縁が持ち上がらないように、多くある袋は重しにもなってくれる。あと5分。将来は不安に包まれたものだとしても、夢に近づくためには進めなければならない針もある。開封前にも既に特製スープの匂いが部屋に溶け出している。少し眠ろう。ほんの少し……。伸びてもいい。

 ……! 寝過ごしてしまうところだった。自分のいびきがまだ聞こえる。そんなはずはない。疑いながら目をこする。視界の中に現れたのは小さな猫だった。蓋の上に丸まって猫は暖を取っていた。どこでそんな知恵を身につけたのか。
「落ちるよ」
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スター食堂

2019-02-15 04:03:52 | 好きなことばかり
「落ち着いた店ですね」
 席に着くと男は店をほめた。3人は胸に星を隠し持っているようだった。店の隅々にまで注意深く目をやり、長所短所を探り出していることがわかる。
「お待たせしました。生姜焼き定食です」
「副題は?」
「生姜焼き定食。季節を問わぬ頑固さの塊でございます」
「おお。落ち着いた味ですね」
 一口食べると男は素直な感想を述べた。
「お待たせしました。ハンバーグ定食。みぞれ風デミグラスソースと哀愁のキレハシたちを添えておもてなすでございます」
「おお。これも、なかなかの味。悪くない。いいと言ってもいいくらいです」
 男は納得した様子でハンバーグをカットして口に運んだ。腹を空かせているのか、大盛りのライスを口いっぱいに頬張っている。
「どうですか。今日は星をいただけるのでしょうか?」
「私たちはたくさんの星を持っています。つけられる星の数は様々で、わかりやすく言えば、ゼロから無数までの星をつけられます」
「それで……、今日は」
「まあ、それは次の料理で決めるとしましょう」
 星のリーダーらしき男が言った。
「お待たせしました」
「はい」
「とんかつ定食。かつてない衣それは宇宙からの贈り物または出会い頭の恋心とでも思おうかしらねえお兄さんでございます」
「おお。さくさくして落ち着いた味だ」
「どれどれ。私も……」
「では、私も一口」
「うん。これは落ち着いた味」
「落ち着いた味ですな」
「私は好きだ」
 星のリーダーが断言した。
「でも、星は3つとしておきましょう」
「ありがとうございます」
 シェフは少し残念そうに頭を下げて厨房の奥に戻っていった。
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笑う犬への道

2019-02-04 17:16:35 | 好きなことばかり

 最後に笑ったのはいつだったか……。
 犬はまだ笑顔を取り戻せてはいない。あと何歩歩けばその場所へ到達することができるだろう。余裕がなければ、安心がなければ、笑うことなんてできない。今までの歩みを考えれば簡単ではない。ここまで来たことが不思議に思える。ずっと不信と裏切りの渦の中にいたのだ。もうずっと長い間、彼はいばらの道の他を歩いたことがなかった。
「大丈夫だよ」
 そう言っても完全に信じ切ることは難しい。トラップのない道を共に歩き続ける。ずっと正解を出し続けること。うんざりするほど積み重なった正解が信頼に変わるまで。(もう大丈夫)彼の中で、本当にそう思えた時、その一歩はどれほど力強いものになるだろう。今日もまだ笑顔は見られない。長いつきあいになりそうだ。いつかきっと……。思い込む執念が大切だ。思い詰めない緩さが必要だ。僕は今日も彼をつれだして歩く。
 このチャレンジはやめられない。その幸福な一瞬が思い描けてしまうから。

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好きな「 」を考えてすごす

2019-02-01 05:11:40 | 好きなことばかり

 ある人がノートに同じ文字ばかりを書いていた。それは人の名前だと言う。好きな人の名前を延々と書いていたのだ。好きなこと人を思い描くことは楽しいようだった。退屈な時間、ネガティブな環境を乗り越える時に、空想を働かせて、魂を解放してあげることは、自分のためになる。押しつぶされそうな心を、好きなものに向けることで、楽にしてあげるのだ。好きな人のこと、食べ物のこと、ゲームのこと、動物のこと、バンドのこと、風のこと……。物静かな人が突然多弁になって驚かされることがある。好きな大リーグのチームのことについて、同士を見つけて口は滑らかに動き続けていた。あんなにたくさん話せる人だった。物静かなんていうのは、一面的な印象だ。どうでもいいことを呼吸をするように話せる人と、話せることを話せる相手にだけ話す人がいるのだ。好きなことなら、ずっと話すことができるのだ。好きなことを話している人は、とても楽しそうだ。退屈な時間、ネガティブな環境に捕らわれて身動きができない時、好きなことについて考えを巡らせることは、自分のためになる。押しつぶされそうな心を、好きなものへ向けて、救ってあげるのだ。好きな人、好きな猫、好きな街、好きなお菓子、好きな鳥、好きな風……。
「好きな絵はずっと見ていられる」
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書くというのに

2019-01-29 23:48:52 | 好きなことばかり
届いていないでしょうか。
至急、年賀返信状をお送りください。
なお、行き違いになった場合には、失礼をお許しください。

くそ、またか!
年賀催促状がまた届いている。
「書くというのに!」(書かぬとは言わぬのに)

今、イノシシの頭をちょうど描いたところなのに……
勢いを持って進む気が削がれてしまったようだ。
今夜はここで筆はおやすみ。イノシシの本体を描き終えたら、ようやく本文に入れるはずだったが、今からしようとすることを先に言われてしまったら、それもままならぬというものだ。何も言わずにただ待っていてくれたら、明日にも送れたというのに……。
好きな時に好きなようには書けないものだ。
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なんだこの野郎

2019-01-28 00:13:01 | 好きなことばかり
「我が家のようなレストランへようこそ。さあナンでも食べてね」
「わーい。カレーください」
「さあカレーですよ。辛いですよ」
「わー美味しげなカレー」
「さあナンでも食べて元気になって」
「はーい」
「そう。食欲のない時はナンでも食べないとね」
「ほんとに辛そうだ」
「辛いから一緒にナンでも食べないとね」
「うわーほんと辛いね」
「ほら言った通りでしょ」
「水ください」
「ナンでも食べなさい」
「ライスください」
「まあそう言わずナンでも食べなさい」
「つけものくださーい」
「水くださーい」
「サラダくださーい」
「ナンを食べなさい」
「氷水くださーい」
「ナンを食べて元気になってちょうだいな」
「スープくださーい」
「水くださーい」
「わかめスープくださーい」
「ナンを食べなさい」
「くださーい。メニューくださーい」
「ナンを食べなさい」
「すみませーん」
「ナンです」
「ごはんとみそ汁くださーい」
「ナンを食べなさい。好きなだけ食べなさい!」
「わー変な店きちゃった」
コメント (2)
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ラーメンのある町

2019-01-23 00:22:02 | 好きなことばかり

「ラーメン屋を開こう」
 思い立ってラーメン屋を開いた人がいる。思ったほどに上手くはいかず、行き詰まって店を畳む人がいる。努力を積み重ねて、繁盛店を作り上げる人がいる。思っただけでは始まらない。思わなければ何も始まらない。始めることは思うよりも骨が折れる。思うだけなら自由でいい。
「ラーメン屋をはじめよう」
 ほんの一瞬だけなら、誰でも思うことだろう。
 味、香り、麺のちぢれ具合、スープの色、丼の重み、麺を啜る音が聞こえる。空想の中で、人はラーメン屋へ行くことができる。暖簾の長さは70センチ、黒く汚れて破れかぶれの雑巾みたい。
「いらっしゃい。お客さん、ラーメンは好きかい」
「まあまあです」
 威勢のいい大将が、トッピングのリクエストを聞いてくる。
 もやし、葱、特製チャーシュー、メンマ、煮玉子、人参、キクラゲ、白菜、椎茸、ナルト、ほうれん草、しじみ、あさり、蛤、小松菜、ピーマン、青梗菜……。
「もうええわ」
 ラーメンの主役は、麺とスープ。主役を食うくらいなら、何もいらない。
「葱とメンマで」
「うちのチャーシューは分厚いんです。一切れ入れると丼を突き抜けて天井にまで届くんです」
「じゃあ、チャーシューも」
「おおきにー!」
 しゃっ! しゃっ! 大将は麺を湯切りする。その顔は切腹を前にした侍のように真剣。
「お待たせしました」
 うわー。顔に出そうなくらいまずい。自分の味覚を疑うほどだ。一口啜る度に、まずさが押し寄せてくる。残したら、どんな顔をされるだろうか。なるべく一口を小さくして、地道な運動を繰り返して量を減らしていくか。それとも苦い薬と思って一気に頬張るか。まさに雑巾のようなラーメンだ。
「よかったらこれを入れてみてください」
 大将が突き出した味変の小瓶。何かわからないが死にかけの蛇のような色をした液体がたっぷり入っている。
「どうも」
 これはもう試すしかない。

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ショート・チャレンジャー

2019-01-17 21:23:25 | 好きなことばかり
「もうやめたんじゃなかったのか?」
「これで最後だ」
「さっきも聞いたぞ」
「本当にこれで最後にするから」
「駄目だ。消すんだ。ほら。これでもなめてろ」
「ちょっと待ってくれ。本当に本当にこれで最後だから」
「それだって何回も聞いたぞ」
「信じてくれ。他に言うことがない」
「お前は自分で立てた目標を自分でぶち壊しているんだ」
「ふー……」
「そんなことなら最初から何も言わない方がましさ」
「……。ふー」
「そうして煙を吐いている間、お前は何も考えていない」
「ふー……」
「空っぽの自分に満足を覚えているんだよ」
「……。ふー」
「他にすることはないのか。くやしかったら反論してみろ」
「ふー。……」
「そんなことばかりしていると体にわるいぞ」
「……」
「もっと自分の未来のことを考えろ」
「わかってるよ。いつだって痛めつけてるんだ」
「わかっているならとっとと消すことだ」
「ふー……」
「ここがどこだかわかっているのか?」
「……。ふー」
「自分のしていることがわかっているのか?」
「俺は弱いんだ」
「そうだ。お前は弱い。弱すぎる」
「……」
「お前は弱虫の中の弱虫だ!」
「ふー……」
「お前は負け犬の中の負け犬だ!」
「ふー……。ふー……」
「くやしくないのか!」
「俺は弱い」
「そんな弱気でどうする」
「だからこそ強くなりたい」
「だったら今すぐそれを消せ」
「これが最後だから。最後まで吸わせてくれ」
「だったら仕方がないな」
「……ふー」
「俺がこうしてやる!」
「何するんだ!」
        ジュー…………。
「これでいいんだ」
「ああ」
「そして目の前の現実を見ろ」
「だけど俺の闘志までは消えやしない」
「そうだ。本当の闘いはこれからだ」
「とうとう俺に火がついたようだぜ」
「それでいいんだ。それでこそチャレンジャーだ」
「俺は必ず打ち勝ってみせる」
「よし! ゴングだ。行ってこい!」
「俺は勝つ!」
「さあ、行け! お前の好きに打ち込んでこい!」
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