JUNSKY blog 2015

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広島・長崎の代表がNYで核兵器廃絶を訴え

2014-04-30 23:23:26 | 戦争と平和
2014年4月30日(水)

 今日は、NHK-News-Web記事より、広島・長崎代表の行動を紹介します。

 ひとつは、【広島 長崎市長が米で演説「核廃絶を」】 と云う記事

 もうひとつは、【広島と長崎の若者がNYで核廃絶訴え】 と云う記事

 市長も若者も核廃絶に向けて行動していると云う、頼もしい記事です。

 それでは、以下に引用します。

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広島 長崎市長が米で演説「核廃絶を」
 (NHK-Web-News) - 2014年4月30日(水)12時09分
 

  核軍縮などについて話し合うため、NPT=核拡散防止条約の参加国が集まってニューヨークで開かれている会議で、被爆地、広島と長崎の市長が演説し、核兵器は、非人道的な兵器の極みだとしたうえで、国境も世代も超えた核兵器廃絶への願いの結集に取り組みたいと訴えました。

 この会議は、ニューヨークの国連本部で開かれている、NPT=核拡散防止条約の再検討会議に向けた準備委員会に合わせて開かれ、29日の会議では、広島市の松井市長と長崎市の田上市長が被爆地の代表として演説しました。

 このうち、広島市の松井市長は、69年前、一発の原子爆弾によって、広島の街は一瞬にして破壊され、多くの命が奪われたとしたうえで、「核兵器は非人道的な兵器の極みであり、『絶対悪』だ。国境も世代も超えた核兵器廃絶への願いの結集に全力で取り組みたい」と訴えました。
また、長崎市の田上市長は、核保有国は核兵器廃絶に向けた道筋を示す議論に加わるべきだと指摘したうえで、「各国の代表は、被爆地を訪れ、被爆の現実に触れ、高齢化する被爆者の声に耳を傾けて欲しい」と訴えました。

 会場では、11歳のとき、広島で被爆した山田玲子さん(80)が被爆体験を語り、「被爆者が生きているうちに核兵器が廃絶されることが、すべての被爆者の心からの願いだ」と訴えました。
 会場には、アメリカやロシアなど、核保有国の政府関係者も傍聴に訪れ、被爆地の声に耳を傾けていました。
会合のあと、広島市の松井市長は、「被爆した方々の体験とともに被爆地の思いを世界に伝えることができ、会合を実りあるものにしていく要素になった」と話していました。 



広島と長崎の若者がNYで核廃絶訴え
 (NHK-Web-News) - 2014年4月30日(水)9時57分
 

  被爆地、広島と長崎の若者らが「核兵器のない世界」の実現に向けた思いを披露するフォーラムがニューヨークで開かれ、参加した高校生は被爆者の高齢化が進むなか、若い世代が被爆者の思いを受け継いで世界に発信したいと訴えました。

 このフォーラムは、28日からニューヨークの国連本部で始まったNPT=核拡散防止条約の再検討会議に向けた準備委員会に併せて、広島市や長崎市などで作る「平和首長会議」が開きました。
 29日、国連本部で開かれたフォーラムには、核兵器廃絶に向けた活動を続けている被爆地、広島と長崎の大学生や高校生らが、自分たちがふだんから取り組んでいる活動を英語で紹介しました。

 このなかで広島市の広島女学院高校の生徒は、広島を訪れる若者を平和公園に案内したり、高齢化が進む被爆者の証言を集めたりする活動を行っていることなどを紹介したうえで「将来、被爆者がいなくなっても同じような悲劇が繰り返されないよう、自分たちが、広島のメッセージを世界中に発信し続けたい」と力強く訴えました。
 発表を聞いたアメリカの大学生は「核兵器廃絶に向けて、できることはまだまだあると教えてもらった。とても励まされました」と話していました。

 発表を行った広島女学院高校の今井穂花さんは「発表はとても手応えがあった。広島に帰ってからも今回の体験を生かして引き続き活動を続けていきたい」と話していました。 



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きのう読売新聞 が 『特攻』 について 歴史検証記事 私は今日 【大刀洗平和記念館】 へ

2014-02-16 20:53:33 | 戦争と平和
2014年2月16日(日)

 きのうの 『読売新聞』 の長期連載 【歴史検証シリーズ】 は、『特攻』 でした。

読売新聞と雖も、特攻を『美化』したりしている訳ではありません。

 新聞一面に収めるシリーズのため、各回厳選された(そこに作為が働くかも)
内容に絞っているので、限られたものにはなりますが、比較的客観的に書かれている
ように見えます。







 さて、きょうは束の間の上天気で、気温も昨日より10℃ほど上がって快適な気候。

 私の方といえば、今日は 福岡県大刀洗町にある 【大刀洗平和記念館】 に
友人と3人連れで行ってきました。
 以前は、篤志家の手で維持管理されていましたが、数年前に筑前町に運営が移管。
現在は、福岡県・筑前町立 【大刀洗平和記念館】 となっています。



 内部は、『ゼロ戦の復元機』 (実物です!)以外の撮影は禁止。



 館内には、特攻隊員の遺品や、航空機の計器、航空隊員の制服などが展示してあるほか、
特攻隊員が、特攻攻撃への出撃を前にして書いた、遺書や家族への手紙や寄せ書き
などの実物と、それを読み易いように活字にしたパネルが展示されていました。



 多くが、大正末期から昭和初期に生まれた人たちで、15歳~25歳以下までの方が
大半です。 若くして生命を掛けさせられた国家の誤った政策に憤りを覚えます。

 まだ、日本が大東亜戦争に突入していない頃の航空兵は『狭き門』で競争率は70倍
以上だったそうで、まさにエリート中のエリートしか航空兵にはなれず、それゆえ
多くの少年のあこがれの的だったようです。
 また、訓練も長く厳しいもので、それに耐えた者だけが『ゼロ戦乗り』になった
ようです。 従って米軍も恐れるファイターとして名を馳せたとのこと。

 しかし、敗戦続きで劣勢になった昭和19年頃には、『促成栽培』で、『志願』すれば
いわば誰でも航空兵に『養成』される状況に。
 その『志願』も、そのまま『特攻志願』であり、本心とは別の処で『志願』の装いを
施した強制的なものであったようです。
 そして、『養成』の方も、戦闘機として「空中戦」を戦えるような能力は不要で、
離陸さえできれば、後は、敵に向かって突入するだけの訓練になったようです。
終盤では、『赤とんぼ』の名で親しまれた『練習用複葉機』まで、特攻に使われました。

 そういう中で、徴兵猶予されていた理系の大学生など、日本の将来を担うべき
数千名の優秀な人材が、『特攻』と云う無残な作戦で失われて行ったのです。

 館内では、30分ごとに所要時間16分間ほどの映画と、一日2回の朗読の時間があり、
11時前に到着したので、その両方を連続で視聴することができました。

 映画は、靖国神社『遊就館』で上映されている映画とは、全く違って、
昭和20年3月27日に米軍によって決行された『大刀洗大空襲』がテーマです。

 朗読の方は、毎回別の話が朗読されるようですが、この日・この時間には、
特攻に出撃する父親に子ども達や家族が『鶴』を折り、その一つ一つに激励やお別れの
言葉を書いた千羽鶴を戦闘機に乗せて出撃・突入すると言う話ですが、多少ながら
特攻を美化したように思われる処もありました。

 館内の天井には、米軍B29爆撃機の実物大の枠組みがパイプで構成されていました。
これも撮影できないようでした。
 ゼロ戦の復元機と比べれば確かに大きいですが、それでもYS11ほども無いのでは?
と思わせる程度で、思ったより小さい機体でした。

【関連記事】

【大刀洗平和記念館】 (福岡県・筑前町立) を訪れました
 【観劇レビュー&旅行記】 - 2014年2月16日(日)


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安倍政権「弾薬1万発」 南スーダン韓国PKO部隊に提供決定

2013-12-23 21:32:25 | 戦争と平和
2013年12月23日(月)

 アフリカ東部・南スーダンで、政府軍と反乱軍の戦闘が続いているそうだ。

 詳しくは全然知らなかったが、今日になって急にニュースが流されるようになった。

南スーダンPKO活動中の韓国軍から日本政府に弾薬の提供の要請があり、

政府は、【緊急の必要性・人道性が極めて高い」として武器輸出三原則の例外扱いとする】

として提供を決定したのこと。

初の銃弾提供、韓国軍に=南スーダンPKOで―政府
 (時事通信) - 2013年12月23日(月)21:19



 緊急性と特例扱いさえすれば人殺しの道具になる弾薬まで『輸出』できるように

するつもりだ。 これは安倍政権の『積極的平和主義』(⇒ 軍事的対応も可能)

および『集団的自衛権』の事実上の発動だと言える。

 昨日このブログで 【安倍政権 いよいよ軍国化の『第2段階』に進む!】

と書いたばかりだが、既にその『第3段階』(実行段階)に進むことを決定したようだ。

 南スーダンの内戦は、相当厳しい状況。

南スーダン:反乱軍、北部州都を制圧 油田の状況不明
 (毎日新聞)- 2013年12月23日(月) 22時06分
 

政府軍、ボル奪回の構え=事態さらに悪化の恐れ―南スーダン
 (時事通信) - 2013年12月23日(月)20:37


南スーダン:反乱軍「北部1州を管理下に」政府軍寝返り?
 (毎日新聞)- 2013年12月22日(日)20:04



 この状況を一層悪化させる事態が米軍の行動によって生じているらしい。

南スーダン:米軍・国連機に攻撃 死者500人超す
 (毎日新聞)- 2013年12月21日(土)23:28



 その南スーダンには、日本の陸上自衛隊も九州から派遣されていたようだ。

九州からPKO参加、陸自4次隊帰国 [福岡県]
 (西日本新聞)- 2013年12月22日 00時12分


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初の銃弾提供、韓国軍に=南スーダンPKOで―政府
 (時事通信) - 2013年12月23日(月)21:19
 

 政府は23日の持ち回り閣議で、国連南スーダン派遣団(UNMISS)に参加している韓国軍に対し、陸上自衛隊の小銃弾1万発を提供することを決めた。国連平和維持活動(PKO)協力法に基づき、国連を通じて行う。自衛隊の銃弾が海外で他国の部隊に提供されるのは初めて。「緊急の必要性・人道性が極めて高い」として武器輸出三原則の例外扱いとする。ただ、同法には弾薬を含む兵器の提供を明記した規定はなく、法解釈が曖昧だとして国会で論議を呼びそうだ。

 UNMISSと韓国軍は22日、日本政府に銃弾の提供を要請。UNMISSに参加している各国部隊で韓国軍と同じ口径5・56ミリの小銃を使用しているのは自衛隊しかないことから、無償提供に踏み切った。小野寺五典防衛相は23日夜のBSフジの番組で、三原則との関係について「緊急時に人道的見地に立てば例外はある」と強調。銃弾が韓国軍に届き次第、菅義偉官房長官が談話を発表して見解を明らかにすると説明した。

 政府は提供に際し、PKO法25条の「PKO、人道的な国際救援活動または国際的な選挙監視活動に協力するため適当と認めるときは、物資協力を行うことができる」との規定を適用した。ただ、政府は過去の国会答弁で、PKOに従事する自衛隊が他国部隊に武器や銃弾を提供することは想定していないとの見解を示している。この点について政府の国際平和協力本部は23日、「物資協力の中で明示的に武器・弾薬を除くとの規定は設けていない」と説明した。


陸自弾薬1万発、南スーダン国連部隊に提供決定
 (読売新聞) - 2013年12月23日(月)21:12
 

 政府は23日、南スーダンの政情不安を受け、国連南スーダン派遣団(UNMISS)に参加している陸上自衛隊の弾薬1万発を国連に無償で提供することを決めた。

 弾薬は国連を通じ、現地の韓国軍に提供される。自衛隊の弾薬を他国軍に提供するのは初めて。政府は、今回の措置は緊急事態に対応するものであり、武器輸出3原則の例外とする菅官房長官の談話を出す。

 南スーダンでは、政府軍と前副大統領派の戦闘が拡大している。韓国軍は首都ジュバの北東に位置するジョングレイ州で輸送や警備任務などにあたっているが、現地では戦闘が生じる危険性が高まっている模様だ。

 国連からの弾薬の提供要請は22日にあった。UNMISS参加国で、韓国軍と同じ弾薬(小銃弾)を使っているのは自衛隊だけで、自衛隊は比較的治安が安定しているジュバにとどまっている。政府は23日に国家安全保障会議(日本版NSC)4大臣会合を開いて対応を協議し、「緊急の必要性・人道性が極めて高い」と判断、持ち回り閣議で提供を決めた。
 


政府軍、ボル奪回の構え=事態さらに悪化の恐れ―南スーダン
 (時事通信) - 2013年12月23日(月)20:37
 

【ロンドン時事】
 政府軍と反乱軍の戦闘が続く南スーダンで、キール大統領は23日、反乱軍に奪われた東部ジョングレイ州の州都ボル奪回に向け大規模な攻勢を近く実施する方針を表明した。議会で「ボルへの進撃の準備ができている」と宣言。米国民の退避を待つために攻勢開始が遅れたと説明した。

 軍報道官もAFP通信に対し「(反乱軍を率いる前副大統領)マシャールはボルをなお掌握しているが、われわれは奪回する準備を進めている」と大統領の発言を確認した。

 15日に首都ジュバで始まった戦闘は、各地に飛び火し、ボルは18日に反乱軍の手に落ちた。また、南スーダン政府は22日、ツイッターを通じ油田地帯がある北部ユニティ州の州都ベンティウが、マシャール氏を支持する軍司令官の支配下にあることを確認した。

 原油生産への戦闘の影響が懸念される中、駐ハルツームの南スーダン大使は22日、南スーダンからスーダンへのパイプラインによる送油は正常だと訴えた。

 22日にボルを訪問した国連南スーダン派遣団(UNMISS)のランザー事務総長特別副代表はAFP通信に、南スーダンが「これほどまで、ばらばらになるとは1週間前には予想できなかった」と指摘、今後も急速に事態が悪化する恐れがあると警告した。
 



南スーダン:反乱軍「北部1州を管理下に」政府軍寝返り?
 (毎日新聞)- 2013年12月22日(日)20:04
 

【ヨハネスブルク服部正法】
 政府軍と反乱軍の戦闘が続くアフリカ東部・南スーダンで、反乱軍を指揮しているとみられるマシャール前副大統領が英BBCに対し、北部ユニティ州を管理下に置いたと明らかにした。事実かどうかは不明だが、同州の政府軍司令官の一人が寝返った模様で、同州で反乱軍が勢力を拡大している可能性は否定できない。

 ユニティ州は、南スーダンが財政のほとんどを依存する油田が集中する地帯。反乱軍の制圧が事実なら、混乱が長期化する可能性がある。AP通信は、反乱軍がいくつかの油田を制圧したとの国際シンクタンク「インターナショナル・クライシス・グループ」の専門家の見方を伝えた。

 15~17日にかけ、首都ジュバで起きた大規模な戦闘が発端。政府は、今年7月に罷免されたマシャール氏とその支持派によるクーデターの試みと強く批判し、クーデター未遂に関与した疑いで政治家ら10人を拘束した。その後、東部ジョングレイ州に戦闘が拡大。22日で戦闘開始から1週間となったが、犠牲者数は500人を超えているとみられる。

 キール大統領は、調停を目指すアフリカ連合(AU)に対し、反乱軍側と交渉に応じる姿勢を見せている。一方、マシャール氏はBBCに対し、政府がクーデターに関与したとして拘束した者を釈放すれば、交渉に応じる余地があるとの考えを示した。

 政府は、反乱軍が制圧したジョングレイ州の州都ボルに向け、陸・空軍兵力を投入した奪還作戦を開始したと明らかにしており、戦闘の激化は必至だ。

 ボルでは21日、自国民救出のために飛来した米軍の垂直離着陸輸送機オスプレイ3機が地上から攻撃を受け、乗員4人が負傷した。また、ジョングレイ州の国連部隊の救出に向かった国連のヘリコプター1機も攻撃を受けた。

 ウガンダ軍がボルで空爆を行ったと一部で報じられたが、BBCはウガンダ側が空爆を否定したと伝えている。 



南スーダン:米軍・国連機に攻撃 死者500人超す
 (毎日新聞)- 2013年12月21日(土)23:28
 

【ヨハネスブルク服部正法】
 政府軍と武装集団の戦闘が続くアフリカ南スーダンの東部ジョングレイ州で21日、米国民の救出支援活動のため州都ボルに向かっていた米軍機が狙撃され、AP通信によると、米兵4人が負傷し、うち1人が重体。

 米軍機はボルの飛行場に着陸する直前に地上から狙撃され、隣国ウガンダに行き先を変更し、救出作戦は失敗に終わった。負傷兵はC130輸送機でケニアのナイロビの病院に搬送された。

 AP通信によれば、ボルは19日に大統領と対立するマシャール前副大統領を支持するグループとみられる武装勢力に制圧されており、南スーダン政府は、米軍機への狙撃はマシャール派によるもの、との見方を示した。南スーダン情報放送省によれば、ボルでは21日朝から交戦が始まり、武装勢力によって市民が無差別に攻撃され、「遺体が町中に散乱している」状態という。

 南スーダンでは15日以降、戦闘が続き、19日にはジョングレイ州アコボにある国連平和維持活動(PKO)部隊施設が約2000人の武装集団に襲撃され、施設に避難中の民間人少なくとも11人が殺害された。PKO部隊のインド兵2人も殺害された。

 国連南スーダン派遣団(UNMISS)によると、19日にアコボの施設を襲った武装集団は、7月に罷免されたマシャール前副大統領支持派のヌエル人の若者とみられる。逃げ込んでいた民間人は、キール大統領と同じディンカ人という。

 PKO部隊施設が襲撃された事件に関し、ケリー米国務長官は20日、「攻撃を非難する」との声明を出した。19日にはキール大統領と電話で話し、全ての国民の保護と和解を促したという。

 AP通信によると、ジョングレイ州で国連のヘリも攻撃され、緊急着陸した。さらに、南スーダンのメディアによると、ウガンダ軍が21日、同州ボルに空爆を開始した、と報じた。

 BBC放送は、死者数は500人を超え、政府軍の幹部の一部が反乱軍に寝返ったとも報じ、戦闘が拡大している。  



南スーダン:反乱軍、北部州都を制圧 油田の状況不明
 (毎日新聞)- 2013年12月23日 22時06分
 

【ヨハネスブルク服部正法】
 アフリカ東部・南スーダンで続いている政府軍と反乱軍の戦闘で、南スーダン政府は22日、北部ユニティ州の州都ベンチウが反乱軍側に制圧されたことを認めた。ユニティ州は同国が歳入のほとんどを依存する油田が集中。油田の状況は不明だが、反乱軍を指揮するマシャール前副大統領が同州の制圧を宣言しており、反乱軍が複数の油田を押さえた可能性もある。

 同州の政府軍司令官の一人が反乱軍に寝返り、ベンチウを掌握しているという。ただ、ロイター通信は、マリアル外相が反乱軍の油田制圧を否定したと報じている。

 キール大統領は7月にマシャール氏を解任。マシャール氏率いる反乱軍と政府軍が15~17日に首都ジュバで交戦し、戦闘は東部ジョングレイ州やユニティ州に拡大、内戦突入が懸念されている。キール大統領は最大民族ディンカ人で、マシャール氏はヌエル人。戦闘は民族対立の様相も帯びつつある。 



九州からPKO参加、陸自4次隊帰国 [福岡県]
 (西日本新聞)- 2013年12月22日 00時12分
 

 南スーダンでの国連平和維持活動(PKO)に参加していた陸上自衛隊の第4次施設隊約180人が21日、福岡空港に到着し、福岡県小郡市の陸自小郡駐屯地で任務完了を報告した。
 これで施設隊の全隊員が帰国した。
 施設隊は、九州の各駐屯地の隊員が主力。首都ジュバなどで約半年間、道路整備などを担当した。隊長の梅本哲男2等陸佐(45)は会見で、過酷な衛生環境や気象条件の中、隊員の健康管理に苦労したことなどを振り返り、「南スーダンには全てにおいて支援が必要だ。日本でも関心を持ってほしい」と話した。
=2013/12/22付 西日本新聞朝刊=



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おととい 10月21日は、学徒出陣の壮行会が行われて70周年

2013-10-23 22:23:09 | 戦争と平和
2013年10月23日(水)

 おととい、10月21日は、学徒出陣の壮行会が行われて70周年でした。

 大学の学生は、それ以前は徴兵猶予されていたのですが、敗け続きの中で

兵隊の数が減ってゆくばかり。 数合わせのために大学生も兵隊に招集する

ことになり、これを一大イベントとして国民にアピールする方法として、

この『大壮行会』を開催したのです。

 
 競技場のスタンドには女子学生を動員して『華を添える』演出までして・・・

 その上、当日は雨が降りしきると云う自然の演出まで加わって・・・

 そして、そのようにして戦場に送られた学徒兵の数は、

「およそ5万人とも10万人ともいわれていますが、国に記録が残されておらず、

今も全体像は分かっていません。」
(NHK)と云う無責任ぶり。

 と云うことは、どれだけの犠牲者が出たかさえ判らないという話です。

 これでは、戦死した学徒たちが浮かばれないではありませんか!



 そして、安倍内閣は再び戦争のできる『普通の国』に日本を改造するために

『秘密保護法』『集団的自衛権』『憲法9条改悪』『日本版NSC』等など

法的枠組みも含めて着々と体制固めを謀っています。

 麻生副総理が言いました。

【(憲法改悪について)ナチスのやり方にに学んだらどうか】

 またある人が、Twitterで次のようなことを呟いていました。

【誰かが言っていた「ナチスのやり方に…」 国民の目耳をふさぎ、
 オリンピックに熱狂させてその裏で軍国化を進める… 
 やっぱり学んでいるんでしょうかね。】

 皇后陛下が、自由民権運動時代の現行憲法以上に「民主的」な

「民間憲法草案」を高く評価する形で、憲法改悪に邁進する現政権に

懸念を表明したように私は感じました。

 今まさに、多くの国民がファシズムへの道に抵抗しなければなりません。

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学徒出陣から70年 各大学で追悼式
 (NHK)- 2013年10月20日 20時41分
 

 太平洋戦争で、大学生らが学業の志半ばで戦地に赴いた学徒出陣の壮行会から21日で70年となり、東京都内の各大学で追悼式が行われました。

 学徒出陣では、昭和18年10月21日に今の国立競技場がある東京の明治神宮外苑競技場で、雨の中、壮行会が行われ、21日で70年となることから、各大学で追悼式や講演会が行われました。

 このうち東京・新宿区の早稲田大学では、少なくとも4500人が学徒出陣し、500人を超える学生が犠牲となりました。

 20日は、キャンパスにある慰霊碑に、元学徒や遺族、それに大学の関係者などおよそ70人が集まり、花を手向けたあと、雨の中、全員で校歌を歌って、学業の志半ばで犠牲となった学生たちを悼みました。
 3年生の時に学徒出陣した卒業生の寺尾哲男さんは、「学生が戦地に駆り出される異常な世の中に再びならないよう、学徒出陣の記憶を若い世代に受け継いで欲しい」と話していました。
 一方、東京・文京区の東洋大学は、学徒出陣などにより、およそ200人の学生が犠牲となりました。
 20日は、元沖縄県知事で、みずからも師範学校に在学中、沖縄戦に動員された大田昌秀さんが講演し、「出陣した多くの学徒たちが沖縄戦の特攻で亡くなった。また、住民も多く犠牲となり、沖縄戦は戦争の醜さの極致だ」と語りました。
 このあと、現役の学生など集まった、およそ100人が黙とうをささげ、花を手向けました。 



学徒出陣 慰霊碑撤去前の「最後の」追悼会
 (NHK)- 2013年10月21日 16時39分
 

 戦時中、今の東京の国立競技場で、学徒出陣の壮行会が行われてから21日で70年となり、90歳に達した元学徒らが、競技場にある慰霊碑の前で、追悼会を行いました。
慰霊碑は、7年後のオリンピックに向けた競技場の建て替えで、いったん撤去されることになり、この場所での追悼会は今回が最後かもしれないと話しています。


 太平洋戦争中の昭和18年10月21日、明治神宮外苑競技場で学徒出陣の壮行会が行われ、多くの学生が、女子学生らに見送られて、学業の志半ばで戦地に赴きました。 
 当時、壮行会が行われた東京・新宿区の国立競技場には慰霊碑が建立され、元学徒らが、毎年、追悼会を行っています。
 70年となる21日も、元学徒や遺族などおよそ100人が出席し、全員で黙とうしました。
 元学徒を代表して、大学3年の時に壮行会で行進し、フィリピンや台湾に派遣された寺尾哲男さん(90)が、「数年後、私たち元学徒はほとんど生きていないと思うが、この碑を残すことで、戦没した仲間を慰霊するわれわれの気持ちを伝えたい」とあいさつしました。
 慰霊碑は学徒出陣から50年の節目に元学徒が呼びかけて建立されましたが、さらに20年がたち、元学徒は90歳に達していて、建立に関わった15人のうち、21日参加できたのは3人でした。

 出陣した学生は、およそ5万人とも10万人ともいわれていますが、国に記録が残されておらず、今も全体像は分かっていません。

 一方で、慰霊碑は、7年後のオリンピックに向けた競技場の建て替えで、来年夏には、いったん撤去されることになっています。
 寺尾さんは、元学徒によるこの場所での追悼会は、今回が最後かもしれないとしたうえで、「2度と戦争があってはならないという意味を込めた慰霊碑なので、競技場が新しくなったあとも碑を残してもらいたい」と話していました。
 学徒出陣の慰霊碑について、東京の国立競技場を運営する独立行政法人、日本スポーツ振興センターは、「国立競技場の建て替えに伴う今の競技場の解体工事のため、来年の夏にはいったん碑を移動させなければならない。石碑そのものは残す方針だが、競技場の敷地内に戻せるかどうかは、新しい競技場の設計が決まるまで分からない。有識者を交えて議論し、対応を検討していきたい」と話しています。 





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原水爆禁止2013年世界大会長崎の決議「長崎からのよびかけ」

2013-08-11 23:51:45 | 戦争と平和
2013年8月11日(日)

 こちらは、長崎市長の【長崎平和宣言】 とは、別の

【原水爆禁止2013年世界大会長崎】 の決議

 「長崎からのよびかけ」 です。


     しんぶん赤旗 2013年8月10日(土) より 引用

  8月9日の閉会総会で採択された原水爆禁止2013年世界大会長崎の決議
  「長崎からのよびかけ」の全文は次の通りです。

 私の顔や手をよく見てください。よく見てください。世界の人々、そしてこれから生まれてくる人々、子どもたちに、私たちのようにこのような被爆者に、核兵器による死と苦しみをたとえ1人たりとも許してはならないのであります――

 (山口仙二 1982年第2回国連軍縮特別総会での演説より)

 アメリカによる長崎への原爆投下から68年がたちました。

 多くの被爆者が、自らの苦しみを通じて核兵器の残虐性を伝え、「核兵器をなくせ」と訴えつづけてきました。その声は世界に響きわたり、核兵器廃絶を求める世論と運動を築きあげてきました。

 いま各国政府の間に、核兵器の非人道性を告発し、その禁止を求める流れが急速にひろがっています。2010年核不拡散条約(NPT)再検討会議の「核兵器のない世界」への合意の実行をせまる新たな動きです。

 被爆者とともに歩んできた私たちは、被爆の実相をさらにひろげ、この流れをいっそう強めて、「核兵器のない世界」への道を切り拓(ひら)く決意です。

 被爆70年であり、NPT再検討会議が開催される2015年にむけ、核兵器禁止条約の交渉開始を求める世論と運動の巨大なうねりをつくりだしましょう。

 300万筆を超えてひろがる「核兵器全面禁止のアピール」国際署名の運動を、地域ぐるみ、職場ぐるみの取りくみでさらに発展させましょう。秋の国連総会や来春のNPT再検討会議準備委員会などを節目として、国連本部に署名の山を積み上げましょう。ソーシャルメディアも活用し、平和行進などの多様な行動を草の根からひろげましょう。国連や諸国政府、平和市長会議をはじめとする自治体との共同を強めましょう。

 「原爆展」や被爆体験を語る集いなどの取りくみを強め、被爆の実相を広範な人びとに伝えましょう。原爆被害の過小評価を許さず、原爆症認定制度の抜本的改善と国家補償を求めて、被爆者への援護・連帯を強めましょう。被爆二世・三世とともに、被爆体験を若い世代へと継承する取りくみを発展させましょう。

 核兵器の非人道性を告発し、その禁止を求める共同声明への参加を拒否した日本政府への批判をひろげ、非核三原則の厳守とアメリカの「核の傘」からの離脱、被爆国にふさわしい役割の発揮を強く求めましょう。

 ヒロシマ・ナガサキをくり返すなの決意がこめられた憲法第9条を守り生かす運動を大きく発展させましょう。沖縄はじめ米軍基地の縮小・撤去を求める運動、集団的自衛権の行使など日米軍事同盟の強化に反対するたたかいをさらに強めましょう。軍事費の削減、福祉の向上、くらしと雇用の改善、地球環境保護などを求める人びととの連帯を大きくひろげましょう。

 「核の被害者をつくらせない」の願いをひとつに、原発の再稼働と輸出に反対し、原発からの脱却と自然エネルギーへの転換を求める運動との共同をいっそう強めましょう。核兵器と原発との危険な関係や放射線被害の実態について学び、知らせましょう。

 被爆者とともに、若い世代とともに、いまこそ「核兵器のない世界」の扉をひらきましょう。

 ノーモア・ナガサキ! ノーモア・ヒロシマ! ノーモア・ヒバクシャ!

 長崎を最後の被爆地に――

 2013年8月9日

 原水爆禁止2013年世界大会・長崎 



 

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昨日 長崎原爆犠牲者追悼祈念式典 長崎平和宣言

2013-08-10 01:15:58 | 戦争と平和
2013年8月10日(土)

 昨日は、別の記事を書いていて、紹介が一日遅れましたが、

長崎平和宣言を御紹介します。 たけむらブログ より引用。

 【広島平和宣言】は、ここをクリック

【平和祈念式・長崎市長の平和宣言】 全文

「被爆国の原点にかえれ」

  68年前の今日、このまちの上空にアメリカの爆撃機が一発の原子爆弾を投下しました。熱線、爆風、放射線の威力は凄まじく、直後から起こった火災は一昼夜続きました。人々が暮らしていたまちは一瞬で廃墟となり、24万人の市民のうち15万人が傷つき、そのうち7万4千人の方々が命を奪われました。生き残った被爆者は、68年たった今もなお、放射線による白血病やがん発病への不安、そして深い心の傷を抱え続けています。
 このむごい兵器をつくったのは人間です。広島と長崎で、二度までも使ったのも人間です。核実験を繰り返し地球を汚染し続けているのも人間です。人間はこれまで数々の過ちを犯してきました。だからこそ忘れてはならない過去の誓いを、立ち返るべき原点を、折にふれ確かめなければなりません。

 日本政府に、被爆国としての原点に返ることを求めます。
 今年4月、ジュネーブで開催された核不拡散条約(NPT)再検討会議準備委員会で提出された核兵器の非人道性を訴える共同声明に、80か国が賛同しました。南アフリカなどの提案国は、わが国にも賛同の署名を求めました。
 しかし、日本政府は署名せず、世界の期待を裏切りました。人類はいかなる状況においても核兵器を使うべきではない、という文言が受け入れられないとすれば、核兵器の使用を状況によっては認めるという姿勢を日本政府は示したことになります。これは二度と、世界の誰にも被爆の経験をさせないという、被爆国としての原点に反します。
 インドとの原子力協定交渉の再開についても同じです。
 NPTに加盟せず核保有したインドへの原子力協力は、核兵器保有国をこれ以上増やさないためのルールを定めたNPTを形骸化することになります。NPTを脱退して核保有をめざす北朝鮮などの動きを正当化する口実を与え、朝鮮半島の非核化の妨げにもなります。
 日本政府には、被爆国としての原点に返ることを求めます。
  非核三原則の法制化への取り組み、北東アジア非核兵器地帯検討の呼びかけなど、被爆国としてのリーダーシップを具体的な行動に移すことを求めます。

 核兵器保有国には、NPTの中で核軍縮への誠実な努力義務が課されています。これは世界に対する約束です。
 2009年4月、アメリカのオバマ大統領はプラハで「核兵器のない世界」を目指す決意を示しました。今年6月にはベルリンで、「核兵器が存在する限り、私たちは真に安全ではない」と述べ、さらなる核軍縮に取り組むことを明らかにしました。被爆地はオバマ大統領の姿勢を支持します。
 しかし、世界には今も1万7千発以上の核弾頭が存在し、その90%以上がアメリカとロシアのものです。オバマ大統領、プーチン大統領、もっと早く、もっと大胆に核弾頭の削減に取り組んでください。「核兵器のない世界」を遠い夢とするのではなく、人間が早急に解決すべき課題として、核兵器の廃絶に取り組み、世界との約束を果たすべきです。

 核兵器のない世界の実現を、国のリーダーだけにまかせるのではなく、市民社会を構成する私たち一人ひとりにもできることがあります。
 「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起ることのないやうにする」という日本国憲法前文には、平和を希求するという日本国民の固い決意がこめられています。かつて戦争が多くの人の命を奪い、心と体を深く傷つけた事実を、戦争がもたらした数々のむごい光景を、決して忘れない、決して繰り返さない、という平和希求の原点を忘れないためには、戦争体験、被爆体験を語り継ぐことが不可欠です。
 若い世代の皆さん、被爆者の声を聞いたことがありますか。「ノーモア・ヒロシマ、ノーモア・ナガサキ、ノーモア・ウォー、ノーモア・ヒバクシャ」と叫ぶ声を。
 あなた方は被爆者の声を直接聞くことができる最後の世代です。68年前、原子雲の下で何があったのか。なぜ被爆者は未来のために身を削りながら核兵器廃絶を訴え続けるのか。被爆者の声に耳を傾けてみてください。そして、あなたが住む世界、あなたの子どもたちが生きる未来に核兵器が存在していいのか。考えてみてください。互いに話し合ってみてください。あなたたちこそが未来なのです。
 地域の市民としてできることもあります。わが国では自治体の90%近くが非核宣言をしています。非核宣言は、核兵器の犠牲者になることを拒み、平和を求める市民の決意を示すものです。宣言をした自治体でつくる日本非核宣言自治体協議会は今月、設立30周年を迎えました。皆さんが宣言を行動に移そうとするときは、協議会も、被爆地も、仲間として力をお貸しします。
 長崎では、今年11月、「第5回核兵器廃絶-地球市民集会ナガサキ」を開催します。市民の力で、核兵器廃絶を被爆地から世界へ発信します。

 東京電力福島第一原子力発電所の事故は、未だ収束せず、放射能の被害は拡大しています。多くの方々が平穏な日々を突然奪われたうえ、将来の見通しが立たない暮らしを強いられています。長崎は、福島の一日も早い復興を願い、応援していきます。
 先月、核兵器廃絶を訴え、被爆者援護の充実に力を尽くしてきた山口仙二さんが亡くなられました。被爆者はいよいよ少なくなり、平均年齢は78歳を超えました。高齢化する被爆者の援護の充実をあらためて求めます。
 原子爆弾により亡くなられた方々に心から哀悼の意を捧げ、広島市と協力して核兵器のない世界の実現に努力し続けることをここに宣言します。

2013年(平成25年)8月9日
長崎市長 田上 富久



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第68回 「原爆死没者慰霊式・平和祈念式」 海外からも列席

2013-08-06 19:11:12 | 戦争と平和
2013年8月6日(火)

 今朝8時から、広島平和公園において、第68回目になる

【原爆死没者慰霊式・平和祈念式】 が例年通り営まれ、

映画監督のオリバーストーンさんを初め、多くの海外代表も

参加して、原爆犠牲者を追悼し献花された。

 広島市長による平和宣言では、核兵器を「絶対悪」と位置づけ、

核抑止論の幻想を打破するよう、世界に訴えられた。

 私は、通勤途上のカーラジオで聴いていたが、世界の為政者に

鋭く呼びかけた以下の部分に感銘を覚えた。 

 世界の為政者の皆さん、いつまで、疑心暗鬼に陥っているのですか。威嚇によって国の安全を守り続けることができると思っているのですか。広島を訪れ、被爆者の思いに接し、過去にとらわれず人類の未来を見据えて、信頼と対話に基づく安全保障体制への転換を決断すべきではないですか。ヒロシマは、日本国憲法が掲げる崇高な平和主義を体現する地であると同時に、人類の進むべき道を示す地でもあります。

 今、核兵器の非人道性を踏まえ、その廃絶を訴える国が着実に増加してきています。また、米国のオバマ大統領は核兵器の追加削減交渉をロシアに呼び掛け、核軍縮の決意を表明しました。そうした中、日本政府が進めているインドとの原子力協定交渉は、良好な経済関係の構築に役立つとしても、核兵器を廃絶する上では障害となりかねません。ヒロシマは、日本政府が核兵器廃絶をめざす国々との連携を強化することを求めます。 



 安倍総理も挨拶をしたが、言っていることと実際にやっていることの

ギャップをこれほど大きく感じられることは無く、白けた!

【関連記事】

「絶対悪」核兵器廃絶訴え=被爆者高齢化、支援充実求める―68回目原爆の日・広島
 (時事通信) - 2013年8月6日(火)09:32


広島68回目の原爆忌…平和宣言で「絶対悪」
 (読売新聞) - 2013年8月6日(火)14:19


核保有国代表も追悼=広島平和式典
 (時事通信) - 2013年8月6日(火)10:19


原爆の日:「核兵器は絶対悪」 広島市長が平和宣言
 (毎日新聞) - 2013年8月6日(火)10:11



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【平和祈念式・広島市長の平和宣言】 全文

  「あの日」から68年目の朝が巡ってきました。1945年8月6日午前8時15分、一発の原子爆弾によりその全てを消し去られた家族がいます。「無事、男の子を出産して、家族みんなで祝っているちょうどその時、原爆が炸裂(さくれつ)。無情にも喜びと希望が、新しい『生命(いのち)』とともに一瞬にして消え去ってしまいました」 幼くして家族を奪われ、辛うじて生き延びた原爆孤児がいます。苦難と孤独、病に耐えながら生き、生涯を通じ家族を持てず、孤老となった被爆者。「生きていてよかったと思うことは一度もなかった」と長年にわたる塗炭の苦しみを振り返り、深い傷跡は今も消えることはありません。

 生後8か月で被爆し、差別や偏見に苦しめられた女性もいます。その女性は結婚はしたものの1か月後、被爆者健康手帳を持っていることを知った途端、優しかった義母に「『あんたー、被爆しとるんねー、被爆した嫁はいらん、すぐ出て行けー』と離婚させられました」。放射線の恐怖は、時に、人間の醜さや残忍さを引き出し、謂(いわ)れのない風評によって、結婚や就職、出産という人生の節目節目で、多くの被爆者を苦しめてきました。

 無差別に罪もない多くの市民の命を奪い、人々の人生をも一変させ、また、終生にわたり心身を苛(さいな)み続ける原爆は、非人道兵器の極みであり「絶対悪」です。原爆の地獄を知る被爆者は、その「絶対悪」に挑んできています。

 辛(つら)く厳しい境遇の中で、被爆者は、怒りや憎しみ、悲しみなど様々な感情と葛藤し続けてきました。後障害に苦しみ、「健康が欲しい。人並みの健康を下さい」と何度も涙する中で、自らが悲惨な体験をしたからこそ、ほかの誰も「私のような残酷な目にあわせてはならない」と考えるようになってきました。被爆当時14歳の男性は訴えます。「地球を愛し、人々を愛する気持ちを世界の人々が共有するならば戦争を避けることは決して夢ではない」 被爆者は平均年齢が78歳を超えた今も、平和への思いを訴え続け、世界の人々が、その思いを共有し、進むべき道を正しく選択するよう願っています。私たちは苦しみや悲しみを乗り越えてきた多くの被爆者の願いに応え、核兵器廃絶に取り組むための原動力とならねばなりません。

 そのために、広島市は、平和市長会議を構成する5700を超える加盟都市とともに、国連や志を同じくするNGOなどと連携して、2020年までの核兵器廃絶をめざし、核兵器禁止条約の早期実現に全力を尽くします。

 世界の為政者の皆さん、いつまで、疑心暗鬼に陥っているのですか。威嚇によって国の安全を守り続けることができると思っているのですか。広島を訪れ、被爆者の思いに接し、過去にとらわれず人類の未来を見据えて、信頼と対話に基づく安全保障体制への転換を決断すべきではないですか。ヒロシマは、日本国憲法が掲げる崇高な平和主義を体現する地であると同時に、人類の進むべき道を示す地でもあります。また、北東アジアの平和と安定を考えるとき、北朝鮮の非核化と北東アジアにおける非核兵器地帯の創設に向けた関係国の更なる努力が不可欠です。

 今、核兵器の非人道性を踏まえ、その廃絶を訴える国が着実に増加してきています。また、米国のオバマ大統領は核兵器の追加削減交渉をロシアに呼び掛け、核軍縮の決意を表明しました。そうした中、日本政府が進めているインドとの原子力協定交渉は、良好な経済関係の構築に役立つとしても、核兵器を廃絶する上では障害となりかねません。ヒロシマは、日本政府が核兵器廃絶をめざす国々との連携を強化することを求めます。そして、来年春に広島で開催される「軍縮・不拡散イニシアティブ」外相会合においては、NPT体制の堅持・強化を先導する役割を果たしていただきたい。また、国内外の被爆者の高齢化は着実に進んでいます。被爆者や黒い雨体験者の実態に応じた支援策の充実や「黒い雨降雨地域」の拡大を引き続き要請します。

 この夏も、東日本では大震災や原発事故の影響に苦しみながら故郷の再生に向けた懸命な努力が続いています。復興の困難を知る広島市民は被災者の皆さんの思いに寄り添い、応援し続けます。そして、日本政府が国民の暮らしと安全を最優先にした責任あるエネルギー政策を早期に構築し、実行することを強く求めます。

 私たちは、改めてここに68年間の先人の努力に思いを致し、「絶対悪」である核兵器の廃絶と平和な世界の実現に向け力を尽くすことを誓い、原爆犠牲者の御霊に心から哀悼の誠を捧げます。

 平成25年8月6日
   広島市長 松井一実 



安倍総理の白々しい【あいさつ】全文 

 広島市原爆死没者慰霊式、平和祈念式に臨み、原子爆弾の犠牲となった方々の 御霊 ( みたま ) に対し、謹んで、哀悼の誠を 捧 ( ささ ) げます。

 今なお被爆の後遺症に苦しんでおられる皆様に、心から、お見舞いを申し上げます。

 68年前の朝、一発の爆弾が、十数万になんなんとする、貴い命を奪いました。7万戸の建物を壊し、一面を、業火と爆風に 浚 ( さら ) わせ、 廃墟 ( はいきょ ) と化しました。生き長らえた人々に、病と障害の、また生活上の、言い知れぬ苦難を強いました。

 犠牲と言うべくして、あまりに 夥 ( おびただ ) しい犠牲でありました。しかし、戦後の日本を築いた先人たちは、広島に 斃 ( たお ) れた人々を忘れてはならじと、心に深く刻めばこそ、我々に、平和と、繁栄の、祖国を作り、与えてくれたのです。 蝉 ( せみ ) しぐれが今もしじまを破る、緑豊かな広島の街路に、私たちは、その最も美しい達成を見いださずにはいられません。

 私たち日本人は、唯一の、戦争被爆国民であります。そのような者として、我々には、確実に核兵器のない世界を実現していく責務があります。その非道を、後の世に、また世界に、伝え続ける務めがあります。

 昨年、我が国が国連総会に提出した核軍縮決議は、米国並びに英国を含む、史上最多の99か国を共同提案国として巻き込み、圧倒的な賛成多数で採択されました。

 本年、若い世代の方々を、核廃絶の特使とする制度を始めました。来年は、我が国が一貫して主導する非核兵器国の集まり、「軍縮・不拡散イニシアチブ」の外相会合を、ここ広島で開きます。

 今なお苦痛を忍びつつ、原爆症の認定を待つ方々に、一日でも早くその認定が下りるよう、最善を尽くします。被爆された方々の声に耳を傾け、より良い援護策を進めていくため、有識者や被爆された方々の代表を含む関係者の方々に議論を、急いでいただいています。

 広島の御霊を悼む朝、私は、これら責務に、倍旧の努力を傾けていくことをお誓いします。

 結びに、いま一度、犠牲になった方々の御冥福を、心よりお祈りします。ご遺族と、ご存命の被爆者の皆様には、幸多からんことを祈念します。核兵器の惨禍が再現されることのないよう、非核三原則を堅持しつつ核兵器廃絶に、また、世界恒久平和の実現に、力を惜しまぬことをお誓いし、私のご挨拶といたします。

 

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「絶対悪」核兵器廃絶訴え=被爆者高齢化、支援充実求める―68回目原爆の日・広島
 (時事通信) - 2013年8月6日(火)09:32

 広島は6日、68回目の原爆の日を迎えた。広島市中区の平和記念公園では、市主催の「原爆死没者慰霊式・平和祈念式」(平和記念式典)が営まれ、被爆者や遺族、安倍晋三首相ら約5万人が参列。松井一実市長は平和宣言で核兵器を「絶対悪」と表現し、「広島市は2020年までの廃絶を目指す」と訴えた。

 式典には70カ国の政府代表や欧州連合(EU)代表部のほか、2年連続で福島県浪江町の馬場有町長も出席した。原爆投下時刻の午前8時15分、参列者は1分間の黙とうをささげ、犠牲者の冥福と恒久平和を祈った。

 平和宣言で松井市長は「被爆者は平均年齢が78歳を超え、高齢化は着実に進んでいる」と強調。被爆者への支援策の充実や、放射能を含んだ「黒い雨」が降ったと認定され援護対象となる地域の拡大を政府に求めた。

 また、東日本大震災と東京電力福島第1原発事故にも触れ、「この夏も苦しみながら故郷の再生に向けた懸命な努力が続いている。復興の困難を知る広島市民は、被災者の皆さんに寄り添い続ける」と誓った。

 安倍首相は「今なお被爆の後遺症に苦しんでおられる皆さまに心からお見舞いを申し上げる」とあいさつ。「原爆症の認定を待つ方々に、一日でも早く認定が下りるよう最善を尽くす」と述べた。 



広島68回目の原爆忌…平和宣言で「絶対悪」
 (読売新聞) - 2013年8月6日(火)14:19

被爆地・広島は6日、68回目の原爆忌を迎えた。

 広島市中区の平和記念公園では平和記念式典(原爆死没者慰霊式・平和祈念式)が開かれ、約5万人が犠牲者を悼み、平和への誓いを新たにした。
世界にはなお1万7000発以上の核弾頭があるとされ、被爆者の悲願である「核兵器なき世界」への道筋は見通せていない。松井一実市長は平和宣言で、「絶対悪」との表現を使い、罪のない人々の命を奪う核兵器の非人道性を訴え、早期廃絶と平和な世界の実現に力を尽くすと述べた。

 式典には各地の被爆者や遺族代表、安倍首相ら政府関係者に加え、海外70か国と欧州連合(EU)代表部の代表が出席。核拡散防止条約(NPT)加盟の核保有国では米、英、仏、露、非加盟国ではインド、パキスタン、事実上の保有国とされるイスラエルが大使らを送った。米のルース大使は3回目の参列となった。

 原爆投下時刻の午前8時15分、遺族代表らがつく「平和の鐘」の音とともに参列者全員で黙とうして、犠牲者の冥福を祈った。

 平和宣言で松井市長は、原爆による心身の傷や差別、偏見を乗り越えてきた被爆者5人の体験談を引き、無差別に命を奪い、心身を終生さいなむ原爆を「非人道兵器の極みであり『絶対悪』」と強調、各国の指導者に廃絶を求めた。日本政府には、核兵器廃絶を目指す国との連携強化や、被爆者援護の充実を要請した。

 安倍首相はあいさつで「私たち日本人は唯一の戦争被爆国民。確実に核兵器のない世界を実現していく責務がある」などと述べた。

 式典では、この1年間に死亡が確認された被爆者5859人の名前が加えられた死没者名簿が原爆死没者慰霊碑に納められた。名簿は計104冊、死没者数は28万6818人となった。

 3月末現在、被爆者は全国で20万1779人。前年同期から9051人減った。平均年齢は78・8歳で、前年より0・7歳上がった。
 


核保有国代表も追悼=広島平和式典
 (時事通信) - 2013年8月6日(火)10:19

 広島市で6日開かれた「原爆死没者慰霊式・平和祈念式」(平和記念式典)には、核兵器を保有する国の政府関係者も多数出席。平和への祈りを胸に、68年前の原爆投下で犠牲となった人々を追悼した。原爆を投下した米国からも、ルース駐日大使が参列した。

 核拡散防止条約(NPT)で核保有が認められた米英仏ロ中の5カ国のうち、中国以外の4カ国が代表を送った。

 フランスのレジェ駐日臨時代理大使は「このような惨事を繰り返さないよう、核保有国に対しても核軍縮への努力を続けなければならないというメッセージになる」と式典の意義を強調。ヒッチンズ駐日英国大使も「被爆者の言葉に耳を傾けたい」と話した。
 



原爆の日:「核兵器は絶対悪」 広島市長が平和宣言
 (毎日新聞) - 2013年8月6日(火)10:11
 

 広島は6日、米国による原爆投下から68回目の原爆の日を迎えた。広島市中区の平和記念公園で平和記念式典が開かれ、松井一実・広島市長は平和宣言で、「終生にわたり心身をさいなみ続ける原爆は、非人道兵器の極みであり『絶対悪』だ」と指摘し、政府に核兵器廃絶を目指す国々との連携を求めた。また、安倍晋三首相もあいさつで「核兵器のない世界を実現していく責務がある」と表明し、非核三原則堅持の姿勢を示した。2007年の第1次政権時のあいさつにはあった、「憲法の規定を遵守(じゅんしゅ)」との文言はなかった。

 平和記念公園には早朝から多くの人が訪れ、犠牲者を悼んだ。午前8時からの平和記念式典には、被爆者や遺族ら約5万人が参列した。海外からも過去3番目に多い70カ国の代表が参列した。そのうち核保有5大国の米英仏の代表は4年連続の参列だった。

 松井市長は平和宣言に、公募で選んだ3人の被爆体験に加え、平和宣言起草委員が直接聞き取った2人の体験を盛り込んだ。結婚差別や一生続く健康不安などと闘って生きてきた被爆者の姿を紹介。無差別に大勢の命を一瞬にして奪い、被爆者やその家族らの人生を一変させた核兵器の残酷さを強調した。その上で、「世界の為政者の皆さん、いつまで疑心暗鬼に陥っているのですか」と語りかけ、「信頼と対話に基づく安全保障体制への転換」を呼びかけた。また広島を「日本国憲法が掲げる崇高な平和主義を体現する地で、人類の進むべき道を示す地」と位置づけた。

 昨年に引き続き「脱原発」の是非には踏み込まなかったが、日本政府が進めるインド政府との原子力協定交渉については「核兵器を廃絶する上では障害となりかねない」と強い懸念を表明した。

 記念式典には2度目の出席となる安倍首相は、原爆症認定の見直しに関して「一日でも早く認定が下りるよう最善を尽くす」と表明した。非核三原則については、小泉純一郎元首相(01年)以来、歴代首相が言及してきた「堅持」姿勢を踏襲した。安倍政権が成長戦略に位置づける原子力の安全な利用については言及しなかった。

 式典では松井市長と遺族代表2人が、この1年に亡くなった被爆者ら5859人の名前を記した原爆死没者名簿を原爆慰霊碑下の奉安箱に納めた。名簿は2冊増えて104冊となり、登載者は計28万6818人になった。原爆投下時刻の午前8時15分に参列者が1分間の黙とうをささげた。

 「こども代表」の小学6年の竹内駿治(しゅんじ)君(11)と中森柚子(ゆず)さん(11)は「大切なのは、私たち一人一人の行動なのです。さあ、一緒に平和をつくりましょう」とする「平和への誓い」を読み上げた。【吉村周平】



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沖縄の声を無視し、オスプレイ追加配備 2機・普天間飛行場に着陸

2013-08-03 23:13:56 | 戦争と平和
2013年8月3日(土)

 殆どの沖縄の人々と、多くの日本国民の声を無視して、

オスプレイの普天間飛行場への追加配備が米軍によって強行されました。

 下の映像を見ていると、普天間飛行場周辺の人口密集地を

いわゆる『ヘリモード』で飛んでいます。


    (画像は 【琉球新報】 号外 より)

 これは、日米合意にも反する危険な行為です。

 オスプレイの配備は、日本のために何の役にも立ちません。

 地元、沖縄の【琉球新報】の関連記事を下記に引用します。

  
オスプレイ2機飛来 普天間に追加配備


オスプレイ追加配備 普天間飛行場 動画
 琉球新報 - 2013年8月3日
 

 米軍普天間飛行場への追加配備に向けて山口県の岩国基地に一時搬入されていた垂直離着陸輸送機MV22オスプレイ12機の沖縄への移動が3日始まり、最初の1機が午後4時34分ごろ、2機目が同40分ごろ同飛行場に着陸した。 



オスプレイ2機飛来 普天間に追加配備
 琉球新報 - 2013年8月3日
 

 米軍普天間飛行場への追加配備に向けて山口県の岩国基地に一時搬入されていた垂直離着陸輸送機MV22オスプレイ12機の沖縄への移動が3日始まり、最初の1機が午後4時34分ごろ、2機目が同40分ごろ同飛行場に着陸した。当初、午前中に到着予定だったが、出発が遅れた。同日午前、普天間飛行場の野嵩ゲート前では、オスプレイの追加配備に反対する抗議行動をしていた男性1人が、公務執行妨害の疑いで逮捕された。オスプレイ配備に関する抗議行動で逮捕者が出るのは初めて。

 オスプレイ2機は3日午後2時25分すぎ、岩国基地を離陸し、普天間飛行場に向かった。
 追加配備が完了すれば昨年10月に配備された12機と合わせて普天間のオスプレイは24機態勢となり、米海兵隊は「CH46中型輸送ヘリコプターからの更新が完了する」と説明している。
 安全性などへの懸念から県内世論が強く反対している中での再度の配備強行に反発が強まっている。
 在沖米海兵隊は3日、オスプレイの追加配備の状況を公開するため、米軍普天間飛行場に集めた報道陣に対し同日、岩国基地から配備予定のオスプレイの飛来が夕方になるとの見通しを説明。在沖米海兵隊報道部は「機体の問題はないが、来るまでにクリアしなければいけないステップが多く、まだクリアできていない」と予定より飛来が遅れている理由を説明した。詳細には触れなかった。
 米軍普天間飛行場の野嵩ゲート前には、同日早朝から追加配備に反対する市民ら数百人が駆け付け、座り込みなど抗議行動を続けている。宜野湾署は午前8時40分ごろ、抗議行動をしている50代とみられる男性1人を公務執行妨害の疑いで現行犯逮捕した。
 宜野湾署によると、男性はもみ合いの最中、警察官の制服のボタンを引きちぎったとしている。
 仲井真弘多知事は追加配備に対して「県民の不安は払拭ふっしょくされていない」と反発しており、今後、今月中旬の県軍用地転用促進・基地問題協議会(軍転協)の要請行動などを通して引き続き配備撤回を求めていく考えだ。
 追加の12機は7月30日、民間輸送船で岩国基地に搬入された。防衛省は県などに対し、試験飛行などを経て約1~2週間後に普天間に移動すると説明していたが、陸揚げから4日で沖縄に配備された。 



県民反対の声届かず オスプレイ追加配備
 琉球新報 - 2013年8月3日
 

「負担倍増」も無関心/両政府、規定路線を強調

 米軍普天間飛行場に追加配備されるオスプレイ4機が3日飛来する。残り8機も5日に到着する見通しで、既存の12機と合わせて県民の負担は「倍増」することになる。運用ルールや安全確保策に違反している飛行実態を指摘しても、日本政府は米軍の説明に沿って安全性を強調。県庁内では県民挙げた配備反対の声が届かないことへのもどかしさが渦巻く。一方で、米政府は追加配備問題を淡々と見守る。日本の国内問題と捉える向きもあり、無関心さが際立ち始めている。


■「言い続けるしか」

 訪問先の米ハワイで飛来に関する連絡を受けた県の又吉進知事公室長は「県の懸念は変わっていない。政府にはこれまで通り再考を求めていきたい」と強調し、今後も配備計画の見直しに向けた対政府折衝を続けていく考えを示した。
 だが庁内では昨年10月の最初の配備の見直しも求めている中で、「既成事実」を積み重ねられることへのいら立ちも隠せない。県幹部は「本土への訓練移転などの負担軽減の実現性は見えず、意見は聞き入れられない。今後どのように反対を訴えていけばいいのか」とため息を漏らす。
 親川達男基地防災統括監は今後の対応について「悩ましいが、配備反対を訴え続けるしかない」と語る。県軍用地転用促進協議会(軍転協)などの枠組みを通して、オスプレイをめぐる政府の姿勢にくさびを打ち続ける構えだ。


■安全性を強調

 政府は沖縄の負担軽減に向けた取り組み姿勢を強調しているが、米軍に配備計画を見直しを求める考えはない。
 小野寺五典防衛相は2日、「基本的には民主党政権時代に(配備計画に関する日本側への正式通告となる)接受国通報があった。今回も淡々と行われていると思う」と追加配備は既定路線との認識を示した。
 岸田文雄外相は「依然地元に大変厳しい声があると承知しているが、安全性、安全保障上の意義をしっかりと丁寧に説明していかなければならない」とオスプレイの「安全性」を強調し、県民に理解を求めた。


■問題「決着済み」

 安全性に関する県民の懸念を横目に米国内ではオスプレイ配備問題は一段落したとする雰囲気が漂う。
 昨年10月の最初の12機配備時は海兵隊のエイモス総司令官が声明を発表し、長期間の設計、開発過程などを細かく説明したが、今回は米側からの声明などはなく、日本国内の状況を見守る姿勢に終始している。
 追加配備を正式に合意した今年4月の日米防衛相会談の際、小野寺防衛相はヘーゲル米国防長官に「安全対策の徹底を求めた」と強調したが、直後に防衛省の担当者は「今回は岩国からの移動に時間はかけない。安全性の確認作業はもうない」と説明。「問題はもう決着した」とする米側の意向を追認する考えを示していた。こうした日本政府の姿勢を背景に米軍は岩国への陸揚げからわずか4日で沖縄への配備を発表した。
 (池田哲平、問山栄恵、島袋良太) 



12機岩国到着 オスプレイ全機を撤収せよ
 琉球新報 - 2013年7月31日・社説
 

  米軍普天間飛行場に追加配備される米海兵隊垂直離着陸輸送機MV22オスプレイ12機が岩国基地に到着した。機体の搬入や整備を経て8月上旬にも普天間に飛来する予定だ。昨年10月の12機に続いての強行配備で、24機が沖縄に駐留することになる。
 県内では知事と全41市町村長が反対を表明し、県議会と全市町村議会が反対決議をしている。沖縄の民意を無視した強行配備は到底容認できない。
 オスプレイ配備後の昨年10月から今年3月末までの間で、普天間飛行場から派生する航空機騒音は宜野湾市上大謝名地区で9344回発生した。前年同期と比べて1206回、14・8%増加した。機数が倍増すれば騒音も倍増するのは明らかだろう。飛行場周辺の住民被害を日米両政府はどう考えるのか。
 昨年2月、米側から在沖海兵隊の岩国への一部移転を打診された際、政府は即座に断った。玄葉光一郎外相(当時)は岩国市長に「(移転を)お願いするつもりはないので安心してほしい」と述べた。沖縄配備を断り、なぜ沖縄県民に「安心してほしい」とは言わないのか。この国にとって沖縄は何なのか。
 普天間飛行場に駐留する第1海兵航空団は1976年に岩国から沖縄に移転した。本土から沖縄には簡単に移転し、沖縄から県外への移転は政府が拒絶する。これは差別以外の何物でもない。
 昨年8月、当時の森本敏防衛相は一時移駐した山口県知事に「大変な心配、迷惑をかけ申し訳ない」とわびた。今回の地元への伝達では沖縄県と宜野湾市を訪れたのは沖縄防衛局の企画部長で、1週間程度とどまるだけの山口県と岩国市には国会議員の防衛政務官が向かった。沖縄軽視にも程がある。
 オスプレイの飛行実態について、日米間で合意した安全確保策に照らして違反だと県が指摘した318件について、沖縄防衛局は「違反しているとの確証は得られていない」との結論を公表した。午後10時以降の飛行を確認しているが「運用上必要と考えられるものに制限される」とあることから、合意違反ではないとしている。野放図な飛行を容認するとは犯罪的だ。
 これ以上、県民は危険と共存する不条理を受け入れることはできない。沖縄から全てのオスプレイを撤収させるべきだ。 



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【オスプレイ】 配備および訓練関連 『三題噺』

2013-07-30 23:33:09 | 戦争と平和
2013年7月30日(火)

 今日は、不謹慎に聞こえるかも知れませんが、

  【オスプレイ】 配備および訓練関連 『三題噺』

【第一話】 オスプレイの運用ルールについて、沖縄県が僅か2ヶ月で318件の
      ルール違反を確認し、政府に調査を求めていたことに関して
      「日米合意に違反した飛行は確認できなかった」
      とする調査結果をまとめ、同県に回答した。


オスプレイ、違反確認できず=防衛省、沖縄県に回答
 (時事通信) - 2013年7月30日(火)20:32





【第二話】 米海兵隊の垂直離着陸輸送機MV22オスプレイ12機の追加配備
      が行われ、前回同様 岩国基地に一時陸揚げし、試験飛行を
      行う予定。


     追加配備のオスプレイ陸揚げ=岩国基地

     米軍普天間飛行場に追加配備される予定の新型輸送機
     MV22オスプレイ(写真)12機が30日、
     山口県岩国市の米軍岩国基地に陸揚げされた。
     早ければ1週間程度で普天間飛行場に移動するという。
      【時事通信社】 2013年7月30日(火)10:32

オスプレイ:12機、岩国基地に強行搬入 普天間配備へ
 毎日新聞 - 2013年7月30日(火)11:07



【第三話】 米空軍のCV22オスプレイの配備先として横田基地(東京都)と
      嘉手納基地(沖縄県)を検討していると明らかにした。


米空軍オスプレイ、横田と嘉手納に配備検討
 (読売新聞) - 2013年7月30日(火)11:23



     オスプレイ、米軍岩国基地に搬入 追加配備の12機

     輸送船から米軍岩国基地に搬入されるオスプレイ
     =30日午前8時55分、山口県岩国市で共同通信社ヘリから
      (共同通信) 2013年7月30日(火)10:57

 
 全く、国民の安全を無視したアメリカ志向の決定である!


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「オスプレイ違反確認できず」
 NHK - 2013年7月30日(火)22時34分
 

 防衛省は、沖縄県の普天間基地に配備されているアメリカ軍の新型輸送機オスプレイを巡って、日米両政府が合意した運用ルールに違反する飛行は確認できなかったという調査結果を沖縄県側に伝えました。

 オスプレイを巡って、沖縄県は普天間基地に配備された去年10月から2か月間で、日米両政府が合意した運用ルールが守られていないケースが318件確認されたとして、国に飛行実態の調査を求めていました。

 これについて、防衛省の辰己報道官は記者会見で、国側の調査結果を取りまとめ、30日、沖縄県側に伝えたことを明らかにしました。
 調査は、沖縄防衛局が撮影したおよそ3000枚の写真などをもとに判断を行ったということで、県側が指摘した318件のうち、315件の人口密集地の上空での飛行については、設定されたルートをおおむね飛行していて、運用ルールに違反するケースは確認できなかったとしています。
 また、午後10時以降の夜間飛行については、県側の指摘どおり、3件確認されたものの、運用上必要なものと考えられ、ルール違反には当たらないと結論づけています。
辰己報道官は「日米の合意が適切に実施されるよう、地元からの情報も踏まえながらアメリカ側と必要な協議を行っていく」と強調しました。



オスプレイ、違反確認できず=防衛省、沖縄県に回答
 (時事通信) - 2013年7月30日(火)20:32

 防衛省は30日、米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)に配備されている海兵隊の新型輸送機オスプレイについて、「日米合意に違反した飛行は確認できなかった」とする調査結果をまとめ、同県に回答した。

 沖縄県は昨年12月、日米合意に違反する夜間飛行3件、人口密集地上空の飛行315件(うち垂直離着陸モードでの飛行74件)がそれぞれ目撃されたとして、調査を要求。防衛省は、目撃証言の検証や米側への聞き取りなどを行った結果、(1)指摘された夜間飛行は運用上必要なものであり、合意違反ではない(2)垂直離着陸モードを含む人口密集地上空の飛行は確認できなかった―と回答した。 



オスプレイ:12機、岩国基地に強行搬入 普天間配備へ
 毎日新聞 - 2013年7月30日(火)11:07
 

 米海兵隊の垂直離着陸輸送機MV22オスプレイ12機の陸揚げ作業が30日朝、山口県岩国市の米軍岩国基地で始まった。岩国基地で試験飛行などをした後、8月初旬までに順次、沖縄県宜野湾市の普天間飛行場に配備される。オスプレイは昨年10月に12機が普天間に配備され、今回の追加で24機態勢となる。沖縄県の仲井真弘多(ひろかず)知事らが強く反対する中、再びの強行搬入となった。

 米軍によると、追加の12機を積んだ民間の自動車運搬船は同日午前7時16分、岩国基地の港湾施設に接岸。同9時ごろ、機体は船倉から順次降ろされ、駐機場に運ばれた。

 岩国市の福田良彦市長は、基地内で陸揚げを視察。基地対岸では、住民らがデモ行進で配備反対を訴えた。

 オスプレイは昨年7月、岩国基地に初陸揚げ。当時、モロッコ(同年4月)、米フロリダ州(同6月)と続いた墜落事故に関する調査結果公表を待ったため、普天間配備は10月にずれ込んだが、今回は約1週間で配備されるとみられる。

 仲井真知事は9日、菅義偉(すがよしひで)官房長官らに追加配備見直しを要請。沖縄県議会も反対の意見書と抗議決議を全会一致で可決している。【大山典男】


追加配備のオスプレイ陸揚げ=12機
 普天間に駐機―山口・米軍岩国基地

 (時事通信) - 2013年7月30日(火)11:46
 

 米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)に追加配備される予定の新型輸送機MV22オスプレイが30日、山口県岩国市の米軍岩国基地に陸揚げされた。陸揚げされた12機は機体整備や飛行確認をした後、早ければ1週間程度で普天間飛行場に移動する予定で、昨年10月に配備された12機と合わせて計24機が駐機することになる。

 米海兵隊は今年3月以降、四国上空などで低空飛行訓練を実施。岩国基地やキャンプ富士(静岡県)を拠点に本州や九州での低空飛行訓練も計画しており、今後訓練が本格化するとみられる。 
 


「オスプレイいらない」 岩国で1200人抗議集会
 (朝日新聞) - 2013年7月28日(日)17:48


米空軍オスプレイ、横田と嘉手納に配備検討
 (読売新聞) - 2013年7月30日(火)11:23

 【ワシントン=中島健太郎】
 米太平洋空軍のカーライル司令官は29日の記者会見で、新型輸送機CV22オスプレイの配備先として横田基地(東京都)と嘉手納基地(沖縄県)を検討していると明らかにした。

 CV22は海兵隊のMV22オスプレイの同型機で、空軍が日本を含むアジア太平洋地域に配備を検討している。

 司令官は「CV22が横田基地に配備される可能性はあるが、日本政府や地元自治体と協議中だ。まだ最終決定には至っていない」と述べた。地域への最初の配備は2015年になるとの見通しも示した。CV22は昨年6月に米国内で訓練中に墜落事故を起こし、沖縄県は配備に反対している。

 また、空軍がアジア太平洋地域に優先配備する最新鋭戦闘機「F35」については、三沢基地(青森県)など数か所が配備先の候補となっており、アラスカ州の基地が最も有力との認識を示した。
 



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「平和宣言で政府に異議を」 長崎「平和宣言」起草委員会で意見相次ぐ (西日本ほか)

2013-05-13 23:31:48 | 戦争と平和
2013年5月13日(月)

 先だって、日本政府が核拡散防止条約=NPT再検討会議の準備委員会で、

核兵器の人道的影響に関する共同声明に賛同しなかったことに関連して

田上委員長(市長)は、
「悔しい思いをした。核兵器の廃絶を訴え続けていかなければいけない」
「若い人への呼びかけは確実に盛り込みたいと思う」
  と述べた とのこと(西日本新聞 - 2013年5月12日)。

 当然の怒りだろうと思います。

 以下に、西日本新聞Web版を引用して紹介します。

「平和宣言で政府に異議を」
 起草委、非核不賛同を批判

 西日本新聞 - 2013年5月12日(月) 00:41


平和宣言文の起草委初会合
 長崎新聞 - 2013年5月12日(月)朝刊


★ 起草委員の方から:
 <長崎平和宣言文起草委員会報告>

 ☆原発とめよう!九電本店前ひろば第755日目報告☆2013/05/14付


  (改行、文字強調などは引用者による)

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「平和宣言で政府に異議を」
 起草委、非核不賛同を批判

 西日本新聞 - 2013年5月12日(月) 00:41
 

 8月9日の長崎市での平和祈念式典で田上富久市長が読み上げる平和宣言文を作成する起草委員会(委員長・田上市長)の第1回会合が11日、長崎原爆資料館であった。委員からは、憲法改正の機運が高まっていることを踏まえて憲法堅持の考えや、非核共同声明に日本が不賛同だったことへの批判、若者への継承などを意識した内容とする意見が相次いだ。

 4月の核拡散防止条約(NPT)再検討会議の準備委員会で、日本政府は核兵器の人道的影響に関する共同声明に賛同しなかった。

田上委員長は冒頭、
「悔しい思いをした。核兵器の廃絶を訴え続けていかなければいけない」
   と述べた。

西岡由香委員は
「政府が署名を拒否したことに強い異議を訴えたい」
   と述べた。

 憲法改正の問題については、
下平作江委員は
「9条の改正は世界の恒久平和から遠ざかる。認めることはできない」
   と強調。

土山秀夫委員は
「(平和宣言文の中で)私たちは日本国憲法にあるように政府の行為によって戦争の惨禍が二度と起こらないように決意したはず、という意思表示ができれば」
   と述べた。

ほかの委員からは
「今年も若い人々に被爆の実相をあらためて伝えたい」という声もあった。

田上市長は委員会後、
「若い人への呼びかけは確実に盛り込みたいと思う」と述べた。

 起草委は6月8日の第2回会合で原案を示し、第3回会合のある7月中に宣言文をまとめる。

          =2013/05/12付 西日本新聞朝刊= 



平和宣言文の起草委初会合
 長崎新聞 - 2013年5月12日(月)朝刊
 

 8月9日の平和祈念式典で長崎市長が読み上げる平和宣言文の起草委員会(委員長・田上富久市長、16人)は11日、長崎市内で本年度の初会合を開いた。安倍晋三首相が憲法改正の発議要件緩和に意欲を見せる中、委員からは現行憲法の堅持を宣言文に盛り込むよう求める意見が相次いだ。

  
  平和宣言文に盛り込む内容について意見を出す
  起草委員=長崎市平野町、長崎原爆資料館


 憲法9条は戦争の放棄をうたうが、自民党が昨年4月に示した改正草案は国防軍の保持を明記。発議要件を定める96条に関する議論が9日に衆院憲法審査会で始まり、今夏の参院選でも争点になる見通し。

 会合には田上市長ら13人が出席。

元長崎大学長の土山秀夫さん(88)は
「安倍政権の狙いは9条の改変」との見方を示した上で、
「現行憲法の前文にあるように、再び戦争の惨禍がないようにすべきとの意思表示ができれば一番良い」
  とした。

長崎原爆被災者協議会の谷口稜曄(すみてる)会長(84)は
「またもや戦争のできる国にしようとしている」
  と改憲の動きに危機感をにじませた。

 昨年に続き「核兵器の非人道性」を柱に据えるべきとの考えも多くの委員が示した。

 核拡散防止条約(NPT)再検討会議第2回準備委で70カ国以上が加わった
「核兵器の人道的影響に関する共同声明」に日本政府が賛同を拒んだ問題を踏まえ、長崎大核兵器廃絶研究センターの梅林宏道センター長(75)は
「非人道性を分かっていると言いながら、核兵器は必要だというメッセージを出す日本政府の姿に怒りを覚える。強く反省を求めるべき」と述べた。
 福島第1原発事故を受けた原子力政策の転換や、被爆の実相を語り継ぐなどの若い世代の活動についても、複数の委員が盛り込むべき項目として挙げた。

 田上市長は終了後の報道陣の取材に
「共同声明に賛同しなかった日本政府へのメッセージと、若い人への呼び掛けは確実に盛り込みたい」
 とする一方、
 憲法問題については「一つの候補として検討していくことになる」
  と述べるにとどめた。

 この日の意見を踏まえ、6月8日の次回、事務局案が示される。 



★ 起草委員の方から:
 <長崎平和宣言文起草委員会報告>

 ☆原発とめよう!九電本店前ひろば第755日目報告☆2013/05/14付
 

青柳さま
こんにちは。いつも貴重な情報ありがとうございます。

 毎年、長崎市長が8月9日に読み上げる平和宣言文の起草委員会、私も委員の片隅に加えてもらっていますが、5/11に今年一回目の会議が昨日開かれ、15人の委員のうち3人が欠席で、12名参加でした。

 ほとんどの方が口にされたのは、先日の「NPT再検討会議準備委員会」で
「核兵器の非人道的影響に関する共同声明」に日本政府が署名を拒否したことへの批判。

「理解できない」、「正気に返ってほしい」、
「被爆者、被ばく者を踏みにじる
出来事が続いている」


 憲法改正への危機感を語ったのは私も含め8人でした。
「96条を改正し、敷居を低くしているが狙いは9条。また、改正案前文からは過去の戦争へのスタンスがすっぽり抜け落ちている。簡単に歴史を忘れて良いのか?」
「最近のニューヨーク・タイムズは3度にわたって“ナショナリスト安倍”と批判記事を載せている。内容は『戦争讃美』『慰安婦問題』への反省がなく、中韓激怒は当然、アメリカも快く思っていない」 
という内容
「憲法改正は長崎市の平和憲章とも反する」
「9条が変われば非核3原則もなくなるおそれがある」
 など。

被爆者の方は、マイクを握って開口一番
「日本は、昔は5年おきに戦争をやってきた。それに歯止めをかけたのが9条。 いま、憲法を変えるべきではない」「原爆の内部被爆は発表されなかった。福島も、内部被ばくは発表 されない。どういうことなのか?原爆投下から68年、今まで以上に大きな声で訴えなければ」
 と、時おり咳こまれながら話されました。一語一語から、もどかしい思いがほとばしるようでした。

 原発の再稼働反対、などについての発言ももちろんあったのですが、戦前のようなキナくさい空気への警鐘が多かった気がします。
「在留外国人への批判は、かつては表だって言えなかったが、いまは偏狭なナショナリズムがあふれている。まわりを皆、敵のように見る風潮に対して、それはやめるべきだ、と言うことも必要なのでは」
「未来の人たちに対して我々はどんな責任を取れば良いのか?」
「日本政府に文句を言っているが、そういう政府を選んでいるのも私たち自身、
内から変えていくことも大事」
「北朝鮮を糾弾するだけでは解決にならない」
 などなど。

 一昨年は原発事故、去年は核兵器の非人道性、今年は憲法やナショナリズム、原発事
故から2年しかたっていないのに、社会の動きが目まぐるしくて、洗った洗濯物が乾か
ないうちに、次の洗濯物に埋もれそうな感じです。

 3.11以降、この国では時間の速さが変わってしまったかのようです。

 今朝の長崎新聞を見たら、起草委員会後の記者会見で市長が「憲法問題については、一つの候補として検討していくことになる」と発言された、という記事が載っていました。
 委員のほとんどが憲法堅持を語ったのに「ひとつの候補」って・・。

 戦争になったらどうなるか、どこよりもわかっているはずの被爆地長崎が、戦争を容認する憲法改正に及び腰でどうする!って、悲しい思いで一杯です。



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我が物顔 【MV22 オスプレイ】 目撃情報各地で

2013-05-11 10:24:58 | 戦争と平和
2013年05月11日(土)

 最近あまり話題にならなくなったのは唯々しき限りだが、

オスプレイは、日本各地を我が物顔で飛び交って危険な訓練を

続けているようだ。

 マスメディアもあまり報道しなくなった中で、熊本日日新聞や時事通信が

オスプレイの一部の動向を報道した。

米軍オスプレイ飛行か 水上村上空で目撃情報
 くまにち.com - 2013年05月11日


オスプレイ2機が夜間飛行訓練
 =愛媛県で目撃情報―岩国基地

 (時事通信) - 2013年5月8日(水)22:37


 以下に引用して御紹介する。

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米軍オスプレイ飛行か 水上村上空で目撃情報
 くまにち.com - 2013年05月11日

【くまにち 熊本のニュース】
 水上村の上空で9日、米軍の新型輸送機MV22オスプレイとみられる機体を、複数の住民や村職員が目撃していたことが10日、分かった。

  
ビデオで動画撮影されたオスプレイとみられる機体
=5月9日午後1時7分ごろ、水上村湯山(西慎二さん提供)

 米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)に同機が配備されて以降、県内で飛行とみられる目撃情報が明らかになったのは初めて。同村上空は九州の飛行経路「イエロールート」の一部にあたるとされる。

 県は9日、九州防衛局からの連絡をもとに「オスプレイ3機が岩国飛行場(山口県岩国市)を離陸し、午後、普天間飛行場に到着する可能性がある」との情報を市町村に流していた。

 同村岩野の左官業西慎二さん(56)によると、9日午後1時7分ごろ、仕事先の同村湯山の市房山のふもと近くの上空で3機を目撃。うち1機の機影をビデオで撮影した。両翼にプロペラの付いた特徴的な機体で、北東から南西へ飛行して行ったという。西さんは「ブーンという低音の飛行音で、普通のヘリとは違った」と証言。

 同村の中嶽弘継総務課長も同じ午後1時7分ごろ、職員4人とともに目撃。「3機が1列になって飛行していた。山あいで低空飛行訓練が実施された場合、風にあおられて墜落するかもしれず心配だ」と話している。

 西さんは4月22日、30日、5月3日にも同様の機体を目撃したという。県はこれらの日付でも、オスプレイ飛行可能性の情報を流していた。

 県は同村から9日の目撃情報の報告を受けたが、「オスプレイかどうか確認していない」。九州防衛局も「目撃情報の報告は受けた」と述べるにとどめている。
    (熊本日日新聞;岩崎健示、後藤仁孝、福井一基)  



オスプレイ2機が夜間飛行訓練
 =愛媛県で目撃情報―岩国基地

 (時事通信) - 2013年5月8日(水)22:37

 米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)から岩国基地(山口県岩国市)に飛来していた、米海兵隊の新型輸送機MV22オスプレイ2機が8日午後7時半ごろ、岩国基地を相次いで離陸し、約1時間半にわたり夜間飛行訓練を実施した。

 オスプレイは午後8時半ごろに岩国基地にいったん戻った後、同基地周辺を旋回。午後8時56分、同基地に着陸した。

 愛媛県によると、午後7時45分ごろ、同県新居浜市の別子山で、同市職員と中国四国防衛局職員が、西から東へ飛行するオスプレイとみられる機体を確認した。高知県本山町でも同7時50分ごろ、オスプレイとみられるエンジン音の情報があった。

 中国四国防衛局と九州防衛局は関係自治体にオスプレイの飛行を連絡した。防衛省によると、米軍は飛行目的と経路について明らかにしていない。

 岩国基地へは普天間配備の機体番号「03」「04」「06」のオスプレイ3機が7日に飛来していた。在沖縄米海兵隊は「岩国基地への飛来は通常の飛行訓練の一環」とコメントしている。

 オスプレイは今年3月、四国―紀伊半島に設定された訓練経路「オレンジルート」を使った本土では初の低空飛行訓練を実施。同月6日に高知、愛媛両県を飛行。同7日には本土で初の夜間飛行訓練を愛媛県で実施していた。 



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安倍内閣 辺野古埋め立てを沖縄県に脅迫的に突きつけ

2013-03-23 23:24:26 | 戦争と平和
2013年3月23日(土)

 『安全運転』 に努めているとマスメディアが表現していた安倍内閣であるが、

ここにきて、TPP交渉参加 や 辺野古埋め立て を オバマ大統領に約束し、

国会でも与党の賛成を強引に取り付けて、強引に進め始めたようである。

 おとといには、辺野古埋め立てを沖縄県に突き付けた。

 まさに、ヤクザ的脅迫のやり方である!

 一方で、世論調査(この集計方法にもイカガワシイ影が常に付き纏うが)では、

就任直後は高くても漸減ないし急減してゆく傾向の内閣支持率が寧ろUPしている。

 国民は、強引な政治手法に期待しているのであろうか?!

 不況や失業者があふれる『現状』を打開して欲しいと、ヒットラーを選んだ

当時のドイツ国民に近い心情の現れであろうか?

 そうであれば、危険極まりないことである。

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仲井真沖縄知事
 8~10カ月後に判断=辺野古埋め立て可否―山本担当相と会談

 (時事通信) - 2013年3月23日(土)21:54

 山本一太沖縄担当相は23日夜、沖縄県の仲井真弘多知事と同県宜野湾市で会談した。この後、仲井真知事は記者団に、政府が米軍普天間飛行場(同市)移設先の同県名護市辺野古沿岸部の埋め立てを申請したことについて「(申請書類の)内容をチェックして判断するには8カ月から10カ月かかる。それを経て承認するか、しないかということになる」と述べた。

 会談では埋め立て申請の話題は出ず、山本氏は沖縄でIT産業の振興などに取り組む考えを伝えた。普天間飛行場移設に向けては、知事の判断が焦点となるが、県外移設を求める沖縄側の声は強く、埋め立ての承認が得られる見通しは立っていない。

 一方、知事は会談で、4月28日に政府が開催する主権回復記念式典について「胸にすとんと落ちない。県民感情に配慮してほしい」と、改めて不快感を示した。これに対し、山本氏は「沖縄は過去に大変な困難を乗り越えてきた。沖縄の方々の心に寄り添う形で式典に出たい」と応じた。

 山本氏はこれに先立ち、名護市で稲嶺進市長ら県北部の首長と懇談。稲嶺氏は埋め立て申請に関し、「手続きのやり方が県民を欺くように進められた。強権的で県民は非常に怒っている」と抗議した。山本氏は「担当の小野寺五典防衛相と首相官邸にしっかり伝える」と述べるにとどめた。 



沖縄知事「別の所を」改めて県外移設求める
 (読売新聞) - 2013年3月23日(土)21:12

 山本沖縄相は23日、沖縄県宜野湾市などを訪れ、仲井真 弘多 ( ひろかず ) 知事と会談した。

 仲井真氏は会談後、記者団に対し、米軍普天間飛行場(宜野湾市)の同県名護市辺野古への移設について、「別の所を探された方が早い」と強調し、県外移設を求める考えを改めて示した。

 埋め立て許可申請後の閣僚の沖縄入りは初めて。

 仲井真氏は、政府が22日に行った辺野古沿岸部の埋め立て許可申請について、「内容をチェックして判断するに8か月から10か月はかかる」と述べた。移設の担当は外相や防衛相だとして、山本氏との会談では移設については議題にはしなかった、という。

 これに先立ち、山本氏は名護市内で稲嶺進市長や周辺地域の首長と会談した。稲嶺氏は22日の申請について、「県民を欺くような形で(移設手続きが)強権的に進められ、県民は非常に怒っている」と不快感を示した。山本氏は「安倍内閣の閣僚の1人として、担当の防衛相と首相に(市長の声を)直接お伝えしたい」と述べるにとどめた。 



名護市長、辺野古埋め立て申請を批判 山本沖縄相と会談
 (朝日新聞) - 2013年3月23日(土)20:59

  朝日新聞知的財産管理チーム様より著作権侵害が行われているとの
  お問い合わせがgoo事務局にあったとの指摘により、引用記事削除

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安倍内閣 辺野古埋め立てを沖縄県に脅迫的に突きつけ

2013-03-23 23:24:25 | 戦争と平和
2013年3月23日(土)

 『安全運転』 に努めているとマスメディアが表現していた安倍内閣であるが、

ここにきて、TPP交渉参加 や 辺野古埋め立て を オバマ大統領に約束し、

国会でも与党の賛成を強引に取り付けて、強引に進め始めたようである。

 おとといには、辺野古埋め立てを沖縄県に突き付けた。

 まさに、ヤクザ的脅迫のやり方である!

 一方で、世論調査(この集計方法にもイカガワシイ影が常に付き纏うが)では、

就任直後は高くても漸減ないし急減してゆく傾向の内閣支持率が寧ろUPしている。

 国民は、強引な政治手法に期待しているのであろうか?!

 不況や失業者があふれる『現状』を打開して欲しいと、ヒットラーを選んだ

当時のドイツ国民に近い心情の現れであろうか?

 そうであれば、危険極まりないことである。

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仲井真沖縄知事
 8~10カ月後に判断=辺野古埋め立て可否―山本担当相と会談

 (時事通信) - 2013年3月23日(土)21:54

 山本一太沖縄担当相は23日夜、沖縄県の仲井真弘多知事と同県宜野湾市で会談した。この後、仲井真知事は記者団に、政府が米軍普天間飛行場(同市)移設先の同県名護市辺野古沿岸部の埋め立てを申請したことについて「(申請書類の)内容をチェックして判断するには8カ月から10カ月かかる。それを経て承認するか、しないかということになる」と述べた。

 会談では埋め立て申請の話題は出ず、山本氏は沖縄でIT産業の振興などに取り組む考えを伝えた。普天間飛行場移設に向けては、知事の判断が焦点となるが、県外移設を求める沖縄側の声は強く、埋め立ての承認が得られる見通しは立っていない。

 一方、知事は会談で、4月28日に政府が開催する主権回復記念式典について「胸にすとんと落ちない。県民感情に配慮してほしい」と、改めて不快感を示した。これに対し、山本氏は「沖縄は過去に大変な困難を乗り越えてきた。沖縄の方々の心に寄り添う形で式典に出たい」と応じた。

 山本氏はこれに先立ち、名護市で稲嶺進市長ら県北部の首長と懇談。稲嶺氏は埋め立て申請に関し、「手続きのやり方が県民を欺くように進められた。強権的で県民は非常に怒っている」と抗議した。山本氏は「担当の小野寺五典防衛相と首相官邸にしっかり伝える」と述べるにとどめた。 



名護市長、辺野古埋め立て申請を批判 山本沖縄相と会談
 (朝日新聞) - 2013年3月23日(土)20:59

  朝日新聞知的財産管理チーム様より著作権侵害が行われているとの
  お問い合わせがgoo事務局にあったとの指摘により、引用記事削除

沖縄知事「別の所を」改めて県外移設求める
 (読売新聞) - 2013年3月23日(土)21:12

 山本沖縄相は23日、沖縄県宜野湾市などを訪れ、仲井真 弘多 ( ひろかず ) 知事と会談した。

 仲井真氏は会談後、記者団に対し、米軍普天間飛行場(宜野湾市)の同県名護市辺野古への移設について、「別の所を探された方が早い」と強調し、県外移設を求める考えを改めて示した。

 埋め立て許可申請後の閣僚の沖縄入りは初めて。

 仲井真氏は、政府が22日に行った辺野古沿岸部の埋め立て許可申請について、「内容をチェックして判断するに8か月から10か月はかかる」と述べた。移設の担当は外相や防衛相だとして、山本氏との会談では移設については議題にはしなかった、という。

 これに先立ち、山本氏は名護市内で稲嶺進市長や周辺地域の首長と会談した。稲嶺氏は22日の申請について、「県民を欺くような形で(移設手続きが)強権的に進められ、県民は非常に怒っている」と不快感を示した。山本氏は「安倍内閣の閣僚の1人として、担当の防衛相と首相に(市長の声を)直接お伝えしたい」と述べるにとどめた。 



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 【長崎原爆の日】 平和宣言 と 関連情報

2011-08-09 12:55:27 | 戦争と平和
2011年8月9日(火)

 今日は、【長崎原爆の日】 合掌!

 今年も 広島 に続いて、
平和宣言(全文) を御紹介します(参考:朝日新聞Web版)。



 式典会場では、純心女子高の生徒たちが平和を祈って「千羽鶴」を合唱した
   =9日、午前11時48分、長崎市、朝日新聞・森下東樹撮影

   ****************

 長崎平和宣言

                     2011年8月9日

  今年3月、東日本大震災に続く東京電力福島第一原子力発電所の事故に、私たちは愕然(がくぜん)としました。爆発によりむきだしになった原子炉。周辺の町に住民の姿はありません。放射線を逃れて避難した人々が、いつになったら帰ることができるのかもわかりません。

 「ノーモア・ヒバクシャ」を訴えてきた被爆国の私たちが、どうして再び放射線の恐怖に脅(おび)えることになってしまったのでしょうか。

 自然への畏(おそ)れを忘れていなかったか、人間の制御力を過信していなかったか、未来への責任から目をそらしていなかったか……、私たちはこれからどんな社会をつくろうとしているのか、根底から議論をし、選択をする時がきています。

 たとえ長期間を要するとしても、より安全なエネルギーを基盤にする社会への転換を図るために、原子力にかわる再生可能エネルギーの開発を進めることが必要です。

     ◇

 福島の原発事故が起きるまで、多くの人たちが原子力発電所の安全神話をいつのまにか信じていました。

 世界に2万発以上ある核兵器はどうでしょうか。

 核兵器の抑止力により世界は安全だと信じていないでしょうか。核兵器が使われることはないと思い込んでいないでしょうか。1か所の原発の事故による放射線が社会にこれほど大きな混乱をひきおこしている今、核兵器で人びとを攻撃することが、いかに非人道的なことか、私たちははっきりと理解できるはずです。

 世界の皆さん、考えてみてください。私たちが暮らす都市の上空でヒロシマ・ナガサキの数百倍も強大になった核兵器が炸裂(さくれつ)する恐ろしさを。

 人もモノも溶かしてしまうほどの強烈な熱線。建物をも吹き飛ばし押しつぶす凄(すさ)まじい爆風。廃墟(はいきょ)には数え切れないほどの黒焦げの死体が散乱するでしょう。生死のさかいでさまよう人々。傷を負った人々。生存者がいたとしても、強い放射能のために助けに行くこともできません。放射性物質は風に乗り、遠くへ運ばれ、地球は広く汚染されます。そして数十年にもわたり後障害に苦しむ人々を生むことになります。

 そんな苦しみを未来の人たちに経験させることは絶対にできません。核兵器はいらない。核兵器を人類が保有する理由はなにもありません。

     ◇

 一昨年4月、アメリカのオバマ大統領は、チェコのプラハにおいて「核兵器のない世界」を目指すという演説をおこない、最強の核保有国が示した明確な目標に世界の期待は高まりました。アメリカとロシアの核兵器削減の条約成立など一定の成果はありましたが、その後大きな進展は見られず、新たな模擬核実験を実施するなど逆行する動きさえ見られます。

 オバマ大統領、被爆地を、そして世界の人々を失望させることなく、「核兵器のない世界」の実現に向けたリーダーシップを発揮してください。

 アメリカ、ロシア、イギリス、フランス、中国など核保有国をはじめとする国際社会は、今こそ核兵器の全廃を目指す「核兵器禁止条約(NWC)」の締結に向けた努力を始める時です。日本政府には被爆国の政府として、こうした動きを強く推進していくことを求めます。

 日本政府に憲法の不戦と平和の理念に基づく行動をとるよう繰り返し訴えます。「非核三原則」の法制化と、日本と韓国、北朝鮮を非核化する「北東アジア非核兵器地帯」の創設に取り組んでください。また、高齢化する被爆者の実態に即した援護の充実をはかってください。

 長崎市は今年、国連や日本政府、広島市と連携して、ジュネーブの国連欧州本部に被爆の惨状を伝える資料を展示します。私たちは原子爆弾の破壊の凄まじさ、むごさを世界のたくさんの人々に知ってほしいと願っています。

 「核兵器のない世界」を求める皆さん、あなたの街でも長崎市と協力して小さな原爆展を開催してください。世界の街角で被爆の写真パネルを展示してください。被爆地とともに手を取り合い、人間が人間らしく生きるために平和の輪をつなげていきましょう。

     ◇

 1945年8月9日午前11時2分、原子爆弾により長崎の街は壊滅しました。その廃墟から、私たちは平和都市として復興を遂げました。福島の皆さん、希望を失わないでください。東日本の被災地の皆さん、世界が皆さんを応援しています。一日も早い被災地の復興と原発事故の収束を心から願っています。

 原子爆弾により犠牲になられた方々と、東日本大震災により亡くなられた方々に哀悼の意を表し、今後とも広島市と協力し、世界に向けて核兵器廃絶を訴え続けていくことをここに宣言します。

   2011年(平成23年)8月9日

      長崎市長 田上 富久  
 
 


   *****************

「原子力から転換を」 長崎市長が平和宣言
 66回目の原爆の日

  (西日本新聞)- 2011年8月9日(火) 11:25


再生エネルギー開発を…長崎原爆忌「平和宣言」
 (読売新聞) - 2011年8月9日(火)13:58


長崎市長、脱原発訴える 原爆の日・平和宣言
 (朝日新聞) - 2011年8月9日(火)11:18


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「原子力から転換を」 長崎市長が平和宣言
 66回目の原爆の日

  (西日本新聞)- 2011年8月9日(火) 11:25
 

 長崎は9日、66回目の原爆の日を迎えた。長崎市の平和公園では長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典が営まれた。田上富久市長は平和宣言で、東京電力福島第1原発事故について、被爆国の国民が再び放射線の恐怖におびえることになったと指摘。原子力に代わる、安全なエネルギーを基盤とする社会への転換を求めた。

 原爆を投下した米国代表としてジェームス・ズムワルト駐日首席公使が初めて出席したほか、英、仏、ロシアの核保有国を含め、過去最多の44カ国代表が集った。約5600人の出席者は、原爆投下時刻の午前11時2分に合わせて黙とうした。

 菅直人首相は6日にあった広島市の式典に続き「原発への依存度を引き下げ、『原発に依存しない社会』を目指していく」と表明した。

 平和宣言は福島の事故で原発の「安全神話」が崩れたとし、「長期間を要するとしても、より安全なエネルギーを基盤にする社会への転換を図るために、原子力にかわる再生可能エネルギーの開発を進めることが必要」と訴えた。原発の是非に触れなかった広島市の平和宣言より踏み込んだ。

 さらに原発1カ所の事故で社会不安を招いている現状に照らし「核兵器で人々を攻撃することが、いかに非人道的なことか」と言及。「核兵器のない世界」を表明後も臨界前核実験を繰り返すオバマ米大統領に対しても「被爆地を、世界の人々を失望させることなく、リーダーシップを発揮してほしい」と核兵器全廃の取り組みを要望した。日本政府には非核三原則の法制化などを求めた。

 式典には瀬戸孝則福島市長や福島県いわき市の中学生43人も出席。平和宣言でも被爆から復興した都市として「福島の皆さん、希望を失わないでください」と呼び掛けた。

 式典では、この1年間に死亡が確認された被爆者3288人の名簿3冊が納められ、奉安者は計15万5546人となった。長崎市内の被爆者健康手帳所持者は4万908人で、平均年齢は76・8歳(3月末現在)。

=2011/08/09 西日本新聞= 


再生エネルギー開発を…長崎原爆忌「平和宣言」
 (読売新聞) - 2011年8月9日(火)13:58
 

 長崎は9日、66回目の原爆忌を迎えた。長崎市松山町の平和公園では、市主催の「長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典」が行われ、被爆者や遺族ら約6000人が犠牲者の冥福を祈った。

 式典には原爆投下国の米国政府代表が初めて出席。田上富久市長は「長崎平和宣言」で、東京電力福島第一原子力発電所事故を受け、「原子力にかわる再生可能エネルギーの開発を進めることが必要」と原子力依存からの脱却を求めるとともに、放射線の脅威を改めて強調し、「核兵器はいらない」と訴えた。

 田上市長は宣言で、「被爆国の私たちが、どうして放射線の恐怖におびえることになったのか。人間の制御力を過信していなかったか」と問いかけ、将来的な目標として「より安全なエネルギーを基盤にする社会への転換」を呼びかけた。

 また、東日本大震災の被災者に対し、廃虚から復興を遂げた被爆地として「希望を失わないで」と激励するメッセージを送った。

 一方、菅首相はあいさつで、広島市での平和記念式典に続いて、「我が国のエネルギー政策についても、白紙からの見直しを進めている」とし、改めて「『原発に依存しない社会』を目指す」と表明した。 


長崎市長、脱原発訴える 原爆の日・平和宣言
 (朝日新聞) - 2011年8月9日(火)11:18
 

 長崎は9日、戦後66年の原爆の日を迎えた。長崎市松山町の平和公園で市主催の平和祈念式典があり、田上富久市長は「原子力にかわる再生可能エネルギーの開発を進めることが必要」とする平和宣言を読み上げ、被爆地として脱原発へ踏み出す考えを表明した。

 原爆投下時刻の午前11時2分、黙祷(もくとう)が捧げられ、続いて田上市長が平和宣言を読み上げた。東京電力福島第一原発事故を受け、「『ノーモア・ヒバクシャ』を訴えてきた被爆国の私たちが、どうして再び放射線の恐怖に脅(おび)えることになってしまったのか」「人間の制御力を過信していなかったか」と指摘。「長期間を要するとしても、より安全なエネルギーを基盤にする社会への転換」が必要として、脱原発を目指す考えを示した。核兵器廃絶、北東アジアを非核兵器地帯とする構想の実現も訴えた。

 原発事故を受け、今年の平和宣言で「脱原発」を盛り込むかが最大の焦点だった。田上市長は、産業や市民生活への影響に対する議論がないとして「脱原発」に踏み込むことには慎重だったが、最終的には「原子力にかわる」という表現で脱原発を目指す宣言を読み上げた。宣言文を練り上げる学者や被爆者らの起草委員会での議論を経て、「二度とヒバクシャを生み出してはいけない」との市民の声に背中を押された。「原発ゼロへのプロセスは私もまだ分からない。でも、最終的にシンプルに、うそのない原点に立ち返ろうと思った」と田上市長。「ヒバクシャを絶対につくらない、その道の行き着く先は原発ゼロだ」と言う。

 式典には、原爆を投下した米国からズムワルト駐日臨時代理大使(首席公使)が政府代表として初めて出席。このほか、核兵器保有国の英、仏、ロシアを含め、過去最多の44の国や欧州連合の代表が出席した。東日本大震災で被災した福島県いわき市の中学生43人と福島市の瀬戸孝則市長も参列した。


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 【広島原爆の日】 平和宣言 と 関連番組

2011-08-06 23:44:34 | 戦争と平和
2011年8月6日(土)

 今日は、 【広島原爆の日】  合掌

 今年も 平和宣言(全文) を御紹介します(参考:毎日新聞Web版)。


     (画像は時事通信より )

     ***************

 広島平和宣言

2011年8月6日(土)

 66年前、あの時を迎えるまで、戦時中とはいえ、広島の市民はいつも通りに生活していました。かつて市内有数の繁華街であった、ここ平和記念公園の地にも、多くの家族が幸せに暮らす姿がありました。当時13歳だった男性は、打ち明けます。――「8月5日は、中学2年生の私にとっては久しぶりに一日ゆっくり休める日曜日でした。仲良しだった同級生を誘って、近くの川で時間の経(た)つのも忘れて夕方まで、砂場でたわむれ、泳いだのですが、真夏の暑いその日が彼との出会いの最後だったのです」

 ところが、翌日の8月6日午前8時15分に、一発の原子爆弾でそれまでの生活が根底から破壊されてしまいます。当時16歳だった女性の言葉です。――「体重40キロの私の体は、爆風に7メートル吹き飛ばされ意識を失った。意識が戻ったとき、辺りは真っ暗で、音の無い、静かな世界に、私一人、この世に取り残されたように思った。私は、腰のところにボロ布をまとっているだけの裸体で、左腕の皮膚が5センチ間隔で破れクルクルッと巻いていた。右腕は白っぽくなっていた。顔に手をやると、右頬はガサガサしていて、左頬はねっとりしていた」

 原爆により街と暮らしが破壊し尽くされた中で、人々は、とまどい、傷つきながらもお互いに助け合おうとしました。――「突然、『助けて!』『おかあちゃん助けて!』泣き叫ぶたくさんの声が聞こえてきた。私は近くから聞こえる声に『助けてあげる』と呼びかけ、その方へ歩み寄ろうとしたが、体が重く、何とか動いて一人の幼い子供を助けた。両手の皮膚が無い私は、もう助けることはできない。……『ごめんなさい』……」

 それは、この平和記念公園の地のみならず、広島のいたるところに見られた情景です。助けようにも助けられなかった、あるいは、身内で自分一人だけ生き残ったことへの罪の意識をいまだに持ち続けている人も少なくありません。

 被爆者は、様々(さまざま)な体験を通じて、原爆で犠牲となった方々の声や思いを胸に、核兵器のない世界を願い、毎日を懸命に生き抜いてきました。そして、被爆者をはじめとする広島市民は、国内外から心温まる多くの支援を受け、この街を蘇(よみがえ)らせました。

 その被爆者は、平均年齢77歳を超えながらも、今もって、街を蘇生させた力を振り絞り、核兵器廃絶と世界恒久平和を希求し続けています。このままで良いのでしょうか。決してそうではありません。今こそ私たちが、すべての被爆者からその体験や平和への思いをしっかり学び、次世代に、そして世界に伝えていかなければなりません。

 私は、この平和宣言により、被爆者の体験や平和への思いを、この世界に生きる一人一人に伝えたいと考えています。そして、人々が集まる世界の都市が2020年までの核兵器廃絶を目指すよう、長崎市とともに平和市長会議の輪を広げることに力を注ぎます。さらに、各国、とりわけ臨界前核実験などを繰り返す米国を含めすべての核保有国には、核兵器廃絶に向けた取り組みを強力に進めてほしいのです。そのため、世界の為政者たちが広島の地に集い核不拡散体制を議論するための国際会議の開催を目指します。

 今年3月11日に東日本大震災が発生しました。その惨状は、66年前の広島の姿を彷彿(ほうふつ)させるものであり、とても心を痛めています。震災により亡くなられた多くの方々の御冥福を心からお祈りします。そして、広島は、一日も早い復興を願い、被災地の皆さんを応援しています。

 また、東京電力福島第一原子力発電所の事故も起こり、今なお続いている放射線の脅威は、被災者をはじめ多くの人々を不安に陥れ、原子力発電に対する国民の信頼を根底から崩してしまいました。そして、「核と人類は共存できない」との思いから脱原発を主張する人々、あるいは、原子力管理の一層の厳格化とともに、再生可能エネルギーの活用を訴える人々がいます。

 日本政府は、このような現状を真摯(しんし)に受け止め、国民の理解と信頼を得られるよう早急にエネルギー政策を見直し、具体的な対応策を講じていくべきです。また、被爆者の高齢化は年々進んでいます。日本政府には、「黒い雨降雨地域」を早期に拡大するとともに、国の内外を問わず、きめ細かく温かい援護策を充実するよう強く求めます。

 私たちは、原爆犠牲者の御霊(みたま)に心から哀悼の誠を捧(ささ)げるとともに、「原爆は二度とごめんだ」、「こんな思いをほかの誰にもさせてはならない」という思いを新たにし、核兵器廃絶と世界恒久平和の実現に全力を尽くすことを、ここに誓います。

 平成23年(2011年)8月6日

 広島市長 松井一実 



     *****************


 「原爆死没者慰霊式・平和祈念式」に出席した【菅直人首相は犠牲者の冥福を祈るとともに、あいさつで原発事故にふれ、「原発への依存度を引き下げ、『原発に依存しない社会』を目指す」との持論を改めて示した。】(産経新聞) という。
66回目原爆の日、広島に異例の夏 首相、改めて「脱原発」
 (産経新聞) - 2011年8月6日(土)15:11
 

 NHKでは、原爆忌特別番組として、

【NHKスペシャル 原爆投下 活かされなかった極秘情報】 
  を今夜放映した。

 簡単に番組の趣旨を書くと、

日本軍諜報部隊は、不審なコールサインで交信するこの部隊を、「ある任務を負った特殊部隊」とみて警戒し、8月6日朝、特殊部隊が広島に迫っていることを察知。しかし、空襲警報さえ出されないまま、原爆は人々の頭上で炸裂した。
 そして9日未明、軍は再び同じコールサインを傍受、誰もが「第2の原爆」と確信した。
 情報は軍上層部にも伝えられたが、長崎への2度目の悲劇も防ぐことはできなかった。 

   というものである。

 迫り来る危機を察知しながら国民を守る手立てを取らなかったことに
当時この信号を傍受して上層部に報告した兵士(生存者)は、悔しさを
隠さず、「今も同じようなことではないでしょうか」と問うていた。

 具体的には語らなかったが、私が類推するのは、原発事故の差し迫った
国民の危機に対して、避難措置を今も取っていない政府の対応であり、
これが、重ね合わせとなって見える。

 その上、この政府は、危険を見越して“自主的に”避難した人々には
費用などの補填をしないのだという。

     *************

 話は関連するが少し変わって原発に関して・・・

有能な女優・鈴木杏さんが、ツイッターで脱原発宣言! を
公言したという話。

下記をクリック
        @Anne_Suzuki


     *************

 また、原爆詩集の朗読をライフワークとしている吉永小百合さんは、
東京電力福島第一原子力発電所の事故に触れ、
「日本から原子力発電所がなくなってほしい」と訴えた。
  とのこと。

吉永小百合さん、「原発なくなって」と訴える
 (読売新聞) - 2011年8月1日(月)14:01



  吉永小百合さん、原爆詩を朗読 「原発なくしてほしい」
          (共同通信) 2011年7月31日(日)23:01




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66回目原爆の日、広島に異例の夏 首相、改めて「脱原発」
 (産経新聞) - 2011年8月6日(土)15:11
 

 広島は6日、66回目の「原爆の日」を迎えた。爆心地近くの平和記念公園(広島市中区)では「原爆死没者慰霊式・平和祈念式」(平和記念式典)が営まれ、被爆者や遺族ら約5万人が犠牲者の冥福を祈った。東京電力福島第1原発事故による放射線被害が収束していない中での式典。菅直人首相は犠牲者の冥福を祈るとともに、あいさつで原発事故にふれ、「原発への依存度を引き下げ、『原発に依存しない社会』を目指す」との持論を改めて示した。

 犠牲者の追悼が目的の式典でエネルギー政策に触れるのは異例。原発事故を受け、首相の強い意向で盛り込んだ。

 首相はあいさつで、原発事故について「世界各国に大きな不安を与えた」と陳謝。国のエネルギー政策に関して「白紙からの見直しを進める」と強調し、「事故を人類にとっての新たな教訓と受け止め、世界の人々や将来の世代に伝えていくことが責務」と訴えた。

 式典終了後、菅首相は広島県原爆被害者団体協議会(県被団協)など被爆者7団体と意見交換。続いて行った記者会見では、被爆者団体が求めている「黒い雨」による被爆救済範囲の拡大について「できるだけ早い時期に方向性を出したい」と明言した。また、原子力規制の組織再編案については「たたき台として両論を併記した。時間をかけずに方向性を定めたい」と述べた。

 広島市の松井一実市長は平和宣言で、初めて被爆者2人の手記を引用。今も続く被爆者の苦しみを訴え、核保有国に対し、核兵器の廃絶に向けた取り組みを進めるよう求めた。東日本大震災にも言及し、「広島は一日も早い復興を願い、被災地の皆さんを応援している」と述べた。

 また原発事故が「原子力発電に対する国民の信頼を根底から崩した」と指摘し、国に「国民の理解と信頼を得られるよう早急にエネルギー政策を見直し、具体的な対応策を講じていくべきだ」と求めた。

 式典では、この1年間に死亡が判明した被爆者5785人を書き加えた計27万5230人の原爆死没者名簿を慰霊碑に奉納し、被爆者や遺族代表らが献花。原爆投下時刻の午前8時15分に「平和の鐘」が打ち鳴らされ、参列者が黙祷(もくとう)した。

 国内外の被爆者は今年3月末で21万9410人。前年より8100人余り減少し、平均年齢も77・44歳と0・71歳上がった。 



【NHKスペシャル 原爆投下 活かされなかった極秘情報】 の解説ページから

「8・6」にプロ野球=広島で53年ぶり
 (時事通信) - 2011年8月6日(土)21:03



     プロ野球・「被爆ピアノ」で演奏する
      (時事通信) 2011年8月6日(土)20:43
  広島―巨人の試合前に「被爆ピアノ」で演奏に臨む萩原麻未さん。
  広島原爆の日の8月6日に、広島市でプロ野球公式戦が開催
   されるのは53年ぶり=マツダスタジアム【時事通信社】


鈴木杏、ツイッターで脱原発宣言!
廃棄処分のCM出演に「生まれて初めて後悔というものをしています」

 2011年8月5日(金) 18:50 シネマトゥデイ 



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【NHKスペシャル 原爆投下 活かされなかった極秘情報】 の解説ページから 

 広島・長崎あわせて20万を超える人々の命を奪った原子爆弾。これまで日本は、アメリカが原爆攻撃の準備をしていることを知らないまま、“想定外”の奇襲を受けたとしてきた。しかし実際は、原爆投下に向けた米軍の動きを事前に察知していたことが、新たな証言と資料から明らかになってきた。
 日本軍諜報部隊が追跡していたのは、テニアン島を拠点に活動するあるB29部隊。その部隊こそ、後に広島と長崎に原爆を投下する『第509混成部隊』だった。日本軍は、不審なコールサインで交信するこの部隊を、「ある任務を負った特殊部隊」とみて警戒していたのだ。8月6日朝、コールサインを傍受した軍は、特殊部隊が広島に迫っていることを察知。しかし、空襲警報さえ出されないまま、原爆は人々の頭上で炸裂した。そして9日未明、軍は再び同じコールサインを傍受、誰もが「第2の原爆」と確信した。情報は軍上層部にも伝えられたが、長崎への2度目の悲劇も防ぐことはできなかった。
 番組では、広島・長崎への原爆投下を巡る日本側の動きを克明に追う。情報をつかみながら、なぜ多くの人々が無防備のまま亡くならなければならなかったのか……。原爆投下から66年が経った今、初めてその問いに迫る調査報道である。
 



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