枇杷

枇杷の葉でお茶を作ってます。

488 彼岸の入り18日・・・21日春の彼岸・・・24日彼岸の朝

2019-03-18 | 日記3(28・2・28から・・・1)

2019/03/18 月曜日 今日から24日迄は・・

 お墓参りの時期

暦では春の彼岸21日。タンポポの絵が描いてある。

もう庭の煉瓦の間から逞しく葉っぱが成長

黄色い花が咲くのも早いかも。桜の花も

もうすぐ咲くでしょう。我が家の花壇では。

まずは玄関に入る手前の右側に畳み一畳位の

場所に花壇を作っていた。昨年は狭い土の

中でもゴーヤの収穫ができた。

お彼岸の時期には数年前までは庭には

枇杷の木やいろんな植物が植えられていた。

のでお花を見て楽しみながら草抜きも

大変でした!。もうそのような心配はない。

でもかなり庭が狭くなったので・・。

ミニ菜園はプランタで栽培。あまり収穫は

出来なかったけれど。珍しく植えた

ピーマンだけは(肥料が効いたのと地植え

だったので)かなり収穫はできて嬉しかった。

 

このラベンダーも

かなり大きくなって楽しめた!。

さて?今年からはどのような野菜を

栽培しようかな?

昨日は”スナップえんどう豆”と

”ブロッコリー”の苗を買った。

まづは土を準備してから

野菜の苗を購入するのが順番では

あるけれどせっかちな性格ゆえ

肥料を買う時につい苗も

買ってしまうのである。

外は良い天気。

さてどこに植えようかな?。

くれぐれも”腰痛に気を付けて”と彼が

我が家の周辺に来ていて?。監視役?。

お彼岸の当日はどこも混んでいる。

高速道路を走っていてもしかり。

我が家のご主人様はお墓はいらない!

仏壇も骨もいらないなんて!!。言って

旅立ったのであるが・・。やっぱり

形がないと・・どこで拝むのか?。

位牌は無い?その代わり”過去帳”とかが

あって扇子折りになっているミニ手帳?

に”戒名”が書かれているだけ。

ご主人様の希望で”お墓無し”

(故郷の主人の実家の傍に墓地は準備していた)

そこは(高松市)遠いから使わない事に・・。

現在は西本願寺→東本願寺のお寺で

(永代供養ができるお寺が東さんだったから)

永代供養されて安らかに過ごしている。

お花を飾って私のお気に入りの可愛い

木彫りのミニ”仏壇”にお供えしよう。

手元供養の卵型のダイヤモンド入り?容器に

彼の骨粉が少しだけ入って入る。

 

(これは友人からの供養花)

こんな感じでいいかな?。

ただ仏壇にお花を入れる?

だけでは味気ないので・・

世界で一つの私流のお花を

庭の植物から頂きながら

盛り花にして飾りましょう~。

枇杷488 3月18日

彼岸の入り

3年目のお彼岸・・・

 

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333 あの日から・・・77日が過ぎて思うこと・・・

2016-05-14 | 日記3(28・2・28から・・・1)

2016/05/14 土曜日 再投稿  22時半 室温25度

  

 *いまは ひとりで生きているのではないから大丈夫です*

 

1 どうして いまは ひとりなの  朝 目覚めて、ふと、思った。

  なぜって アナタ が いまは ここにいないから・・そう思ったのです。

  あの日から ひとりで生きている。 朝がきても アナタはいない。  

  夜になっても 帰ってはこない。だからいまはひとりなのです。

  わたくしは いまは ひとりで なぜか 慌ただしく いきている。

 

2 あの日 あなたが 静かに息を止めた その時から ひとりになった。

  あの静寂な 穏やかな日から数えて 今日で77日が過ぎていった。

 

  

  10月19日の月曜日 あの日 ”すい臓がんの末期”です。と、

  言われた日。その日からもうすぐ7か月になる。

 

  二人とも 黙って・・・何にも言えなかった。だからいつものように

  何事も無かったかのように それからも 日々を穏やかに さりげなく

  過ごしていた。自然に逆らうことなく すべてを受け入れて・・・。

  あなたは、いきていった。心の中でのつぶやきは あったのだけれど・。

 

  

  

3 1月4日に入院をしてからも、いつも穏やかに 日々を過ごしていた。

  殆ど食事は食べれなくても、怒る事もなく、日々を送っていた。

  少しでも食べれそうな物がある時には、いつも美味しい!

  美味しい!と、いいながら感謝をして摂取していた。

 

  最後の頃には果物を好んで食べていた。それも少しづつ・・。

  干し柿、苺、文旦、りんご、それから・・最後に口に入れたのは

  ”ステーキを数口” それから ”しじみ汁” ”お雑煮”少し

  小豆島の”ソーメン”を数口食べて満足そうであった。

 

  

 

4 意識がなくなる前の数日間は、いよいよ最後の食事かも??

  と、感じていたのかもしれない・・。いまから思うと・・。

  家族の面会や友人そして兄姉の面会をとても喜んでいた。

 

  ご迷惑を掛けることだけを気にしていた。だから・・・。

  身内にさえも遠慮をしながら生きてもいた。だから

  そんな性格だから・・・少しでも早く旅立ちたい!と、

  思っていたようでもあった。でも神様はそう簡単に

  思うようにはさせてくれなかった!その日が来るまでは・。

  待つと、いうこと。それはかなり気が遠くなるほど

  しんどかった!のかも知れない。人生は思うようには

  ゆかない。死んでゆく事は怖くはない!と、

  感じてはいたと思う。ただ、お迎えがなかなかきてくれない?

  そのことが、彼にはかなりしんどかったのかも?。

 

5 わたくし達はただ、神様にすべてをゆだねている

  ”大切な大黒柱である、夫、であり父親でもあり、

  御爺ちゃん!の命が少しでも長い方がいいと、願っていた

  だけである。最後の最期まで、自分で出来る事は

  自力で行っていた。ただ意識がなくなる前の

  1週間位は、もうベッドに寝たきりの状態だった。

 

6 人間というものは、食べれなくても飲めなくても

  そんなにも生きる事ができるのか・・?不思議であった。

  これが神様から与えられた寿命というものだと理解できた。

 

7 あなたは 貴方らしく 最後まで生きた!生ききった。

  ”最後の時”の9時間前までは確かに意識はあった!

  笑顔で手を振って何か・・ありがとう~お世話になりました・・。

  などの声にはでない 感謝の ことば を 伝えたように感じた!

 

  ”もうひとりの☆☆ちゃん”に感謝の言葉を残して・・眼をとじた。

  それから9時間後にかれは静かに永眠の”瞬間”を迎えた。

  お疲れ様・・・ありがとう・・・静かに穏やかに旅立った!

  感謝の涙が溢れてきた瞬間であった。

 

  

  枇杷  *いまは ひとりで生きているのではないから

       大丈夫です*    1~7 

 

      *人が いのちの灯を消す時には・・*

                 8~

      * ・・・・・・・・ *

  

2017/12/25日 再投稿 

一人で可児公園に行って・・。願望の薔薇に出会えて・・

嬉しかった!冬でしたから・・西側の入り口から入って・

少し歩くと数本だけでしたが”まだ美しいバラを咲かせますよ”

と私に話しかけてくれた。彼は外出はできそうになかったから・。

 

彼にどうしてもクリスマスの風景の温室での写真を写したいから

と、お願いをして自宅から

出掛けた。けれども久し振りに一人での運転??やや迷いながら。

カーナビがあってもなぜか分からないけれども迷ってしまった。

 

心配をかけるといけないので・・まずは喫茶店で休息をしてから。

コンビニに立ち寄って。仕切り直して。心を落ち着かせてから・

よっちゃんに電話をかけた。まだ公園には着いていない事を

伝えた。ゆっくりと公園の温室の中でクリスマスの飾りつけを

楽しみ。写真に。そして素敵な思い出の薔薇を・・。

 

ブログの居場所のいいところに・・。その写真は彼とはお出掛け

できなかったけれども。いつもわたくしの”心の支え”となっている

ように最近は感じるのでした。

 真冬に咲いていた可児公園の素敵なバラの花 再投稿 12/25

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306 旅立ってから・・・49日が過ぎた今・・・

2016-04-17 | 日記3(28・2・28から・・・1)

2016/04/17 日曜日 

(2016/06/24 金曜日 再投稿)

温州ミカンの白い花が咲いて夢と希望を与えてくれている・

(再投稿2019/02/16) 紫の癒しの色で・・。

雨・・悲しみの・・あめ・・・感謝の雨  遥か遠くへ旅立った?旅立つための雨

この世の別れの悲しみの・・あめ・・朝から少し風が吹いて雨も少し降っている

 明日は77日の法要が行われる日  

 いまも彼が元気でいてくれたら・・・もっといろんな場所に行こうね!。

阿蘇にも!と話していたのだけれど・・・。

 昨年から癌の末期と診断されて・・・緩和内科にて痛みを取り除きながらの

日々の生活。そして今年の1月4日に緩和病棟に自ら歩いて入院した。

 病棟に入った。・・・。そして・・・入院中は自分でできる事は最後まで

ある程度は自分で行動できていました。

息をひきとる数時間前にはいつも一緒に旅行をしていた友人が病室に

来て下さり喜んでいました。その時には少しは意識もあった!

そして・・・声はでていなかったけれども。なにか最後に感謝の言葉を喋っていた?。

聞き取れなかったけれど・・・。きっと”いままで・・・楽しくお出掛けができた

事を感謝!”していたこと。ありがとう”~という意味の言葉であった!

と、思うのです。でない声をだそうとして・・大きな口を開けて

お話をした?のでした。

 

いろんな人々に支えられながら、”後悔のない人生を彼は生きた!”と!

彼は入院中に会う方々に話していたのでした。

自分ができることは頑張ってできたことに満足をしながらの”旅立ち”でした。

がんであっても”家族や親戚や友人や医療関係のかたがたに支えて頂きながらの

”4か月半の緩和ケアの治療でした。感謝です!。やすらかに永眠できたようでした。

 もうここには彼はいない。この位牌の前で・・・遺影の前で・骨壺をみながらお経を唱えていると。。

やっぱり悲しみの涙が溢れてくる・・・。いろんな日々を思い出すと・・なみだがでてくる。

もう明日でこの小さくなった!あなたは永代供養されることになる。

時々は会いにいくからね!。と、伝える。ここには彼はもういない!?

でも・・。魂はいつもわたくし達の傍にいる?。だからいない?と思っても

ふと!やっぱりいるのかも?とも思ったりもする。

お墓はいらない!仏壇もいらない!骨もいらない!のこされた家族がなにかと心を

煩わせることを案じていた彼でした。 でも・どうにかすべて解決ができたのに・・。

いまから思うと、なぜそれほどまで彼はこの世を去った時のことを・・

悩んで心配をしていたのでしょうか?。性格なのですね。いつも心が広い・・

優しい人だったのです。先日もやはりわたくし達の事を心配してなのか?夢にまで

でてきていた?。のでした。本当にそんな人もこの世に他にもいるのでしようね。

 そのように、いつも、どんな時にも。周りの人達のことに気を遣う性格だったから

。。。生きるのも大変だったのかも・・。良かったね!もう何にも心配ないからね!

安らかにおやすみ・・・。くださいね!

が、あのときに息を静かにとめた!時の・・私の彼への無言の感謝の言葉でした。

痩せて小さくなった身体・・・。それでも息を止める迄の

2日間は楽しそうな表情で眼を閉じていた。喜怒哀楽を旅立つ前に表現して旅立った。

 

昨年は彼のお母様も同じように”喜怒哀楽”を亡くなる1週間前に表現されて旅立たれた

。。。100歳でした。

 

 100歳の誕生日に肺炎で入院してから1週間後の旅立ちでした。 

”大往生”でした。ので感謝です。

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 枇杷

 

 

 

 

 

 

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296-73 花達が日々の元気をくれる・・・

2016-04-03 | 日記3(28・2・28から・・・1)

2016/04/03 日曜日  室温:19度  7:30

早朝の4時半から起きて活動中~

  

桜はどこに行っても満開! 雨が降ると少しづつ散ってゆく桜・・・

はかないけれども人々に希望も与えてくれる桜。

人それぞれに、想い出があるお花見のさくら・・・。

我が家にも、少しの間”しだれ桜”を植えたこともあった!

でも、ほんの少しの間だけであった。木が大きくなると大変?

なので・・・やっぱり木を育てるのは大変と!いつも気にして

我が家のご主人様は・・・。だから・・・木を植えるのは私でして

その植えた木を抜くのは彼の仕事?植物にとっては有り難いけれども

やはり迷惑なことでした。ごめんね!いろんな種類の木を購入しては

数年間で嫁入り?状態?今から思うとこれで良かったのだとも思う日々。

 

お庭にいろんな木があってお花も季節ごとに咲いてくれると嬉しいのに・・・。

今年の春は少しだけの雪柳と少しだけのフリージャの花を昨日生けた。

 

それだけでも気分転換ができた気がする。気持ちの問題であるのかな?

クリスマスローズの花を生けてもそのうちに・・・花の首が垂れてくる・・。

 

だから今朝は”レタスの葉”のように=なまぬるいお湯を少し入れて水切りをしてみた。

さて?少しはシャキッと!なってくれるのでしょうか?お楽しみ。

 

かなりこの花はデリケートなのでしょうね。そしていつの日も花の首を下に向けて

咲いているから、かなりの恥ずかし屋さん?なのでしょう。

 

枇杷の木のしたでいつも控えめに咲き続けてくれています。こちらが日々

気を付けてお庭の花達をみてあげないと・・いつの間に咲いていたの??

と!気づかないでいることもあるのです。葉っぱが多すぎてその中に

隠れるように白い花が咲いていたりでして・・。あれ?葉っぱの中で控えめに

あなたは咲いていたの?と!いう具合です。短くても切って飾ってあげます。

 

先ほどの”クリスマスローズの花”花の茎がお湯につかって?心なしか

シャキッとなったようなきが・・・しています。写真も撮りました。

枇杷:296-73 桜の花は満開・・・。 お花を生けて気分転換・・。

 

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295-72 喪中は神社の鳥居をくぐってはいけない理由・・・

2016-04-02 | 日記3(28・2・28から・・・1)

2016/04/1/02 土曜日 

   *なんでもないこと・されど・少しは知識として・・・。*

 

   先ほどメールで息子が金沢に友人の結婚式に行っているとのメール。

鳥居があるらしい・・・。神社での結婚式?で・・・。

鳥居をよけて通るように返信をしました。お寺でも神社もある場所ではOK!

でして・・・。不思議ですが・・・。49日の喪が明ける日までは、故人の冥福を

祈りながら、徐々に日常生活に戻っていくのがよいらしい。

 

(浄土真宗の場合は亡くなった方は、すでに仏様の考え方のようです)

(ですから我が家では、そう気にしなくってもいいかも?ともメールを追伸・・)

 

その理由とは、神社の鳥居は神様が通る場所で、神様は中央を通るらしい。

のでわたくし達は(人間や動物などは・・)鳥居の柱の右か左側を通ると良い。

とのこと。身内が亡くなった時には、お寺には何度行ってもいいらしく。

お参りをするのは、故人には喜ばれるようです。

 

神社は神聖な場所。 お寺は亡くなった方を弔う場所のようです。

 

お寺には今は行ってはいませんが・・・喪が明ける四十九日までは

日々、我が家ではお経を唱えて・・心を安らかにしております。

 

*やはりまだまだ、お経を唱えている度に、涙が出たりでして・・。

昔から言われている事。月日が過ぎてゆくと悲しみも少なくなってゆく?

 

のかもですけれど・・・*。今朝はお出掛け予定を変更して・・・先日の

水曜日に頂いた”すごく豪華な??供花”のお花などの水やりなどをしました。

 

生花も庭にある枝やお花で生けました。少しのお花しか切り花にできる

のがないので・・・これからは年中咲く?お花や四季に切り花にできる植物など

を植えてゆこうと思っております。写真だけはいつも撮影しています。

 

せっかく素敵な供花などを頂いたので。。いつか枯れても”想い出に”

暫くは写真で残しておきたいものです。それから・・・(お返し?)

での意味でも・・・。いつの日か、娘の嫁ぎ先の・・・親戚の方などの・・・。

 

いろいろと・・・お付き合いも少ない方がいいようにも思いますね。

今度は、ご親戚のお義姉さまのほうで・・なにかあった時には娘が覚えていて

またお返し?。こんな風習はないほうがいいようにも思いますが・・・。

 

頂くばかりでは申し訳ないから・・・。お付き合いは少なく。そして

本音で話し合える友人が数人身近にいて下されば有り難い!と

日々、思いながらの生活です。

 

枇杷:259-72  喪中はできるだけ?神社には出かけず、慶事などは

          49日を過ぎた50日以後に・・・。

 

余談ですが ”わがやの主”、すでに故人となりましたが・・昨年は

2月4日に彼のお母様が(大往生)亡くなったり。で・・いつも元気な頃

彼は神社、仏閣をお参りしていたのですが・・・やはり神社にはいけない?

から・・・お参りする場所が少なくて散歩コースに悩んでもいたり?

こんな事でも悩むのは・・損な性格だったのかも?。

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