Jun日記(さと さとみの世界)

趣味の日記&作品のブログ

思い出してみると

2016-09-14 21:23:25 | 日記

 書いていると思い出す事がまま有るものです。

かー君についていうとやはりえー君、おー君、かー君と、まだ書いていませんがきー君と同じ園でした。

 きー君はもっと前に登場してえー君おー君と私の4人でよく遊びまわった物です。その中にBちゃん(女の子)とかCちゃん(女の子)とか私の親戚くーちゃん、Dちゃん(女の子)などが混入して、修学以前に皆でご近所界隈を我が物顔に飛び回っていたものでした。この中にかー君は入りません。

 さて、暫くかー君について書きます。思い出す事だけですが。

私はどうも、かー君のお店で2人が顔を合わせた時、かー君が言った、あれ、この子、の後に續く言葉は、よく○○のお風呂で出会う子、が付いていたのではないかと思うのです。

実際、私は父と風呂に行くことが多く、幼少時代はもちろん、まだこの時期も、回数は少なくなったとはいえ時折父と銭湯に行っていました。

流石に仕舞風呂近い時間だからとか、人もいないから大丈夫とか、結構無理やり連れられて父と一緒だった気がします。

父にすれば背中を流してほしかったのでしょうね。母も妹の世話で手こずっていたのでしょう、私までは手が回らなかったのかもしれません。

 一応私としてはもう小3になったのだからと、4月初めに自分から親にそう言うと喜々として暫く母と女風呂に通っていたものです。

それがまた、何故男湯に戻ることになったのか、回数は減っても当初大変抵抗があり嫌な事でした。

思い出すと、まだ近所の誰それさんのところも3、4年だけど男湯にきているとか何とか、

父も背中を流して欲しいと言っている等母にも言われて、それならとしぶしぶ回数を減らしてもらい人のいない時間にするからと、親子妥協しての事だったと思います。

 男手と言えば家には祖父がいましたが、私は殆ど風呂で見た事が無く、祖父にしても私が一緒なのは苦手だったようです。父と私が連れになると、自然祖父は一緒に行かないといいだし、別時間か別風呂に行くようでした。。

近所にもう一人の伯父の家があり、そこに男の子の従兄弟が多かったので、祖父は背中を流してもらう男手に足りていたようです。

末っ子の父は従兄弟達に遠慮したのか、従兄弟達から嫌われていたのか、時折は子である私に背中を流してもらいたかったのかもしれませんが、ほんと、今から考えても私には迷惑な話です。

  やっぱりこれ以上、お風呂の話は書かないことにします。

 

 

 

ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 祖母の死その2 | トップ | 認識を新たに »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿

日記」カテゴリの最新記事