じゅくせんのつぶやき

日々の生活の中で感じた事をつぶやきます。

伊坂幸太郎「重力ピエロ」

2021-03-15 17:06:14 | Weblog
★ 「春が二階から落ちてきた。」この冒頭には山椒魚やメロスもびっくりしたことだろう。最初と最後、このフレーズできれいにつながっている。「春」というのは、語り部である主人公の弟の名前だ。兄の名は「泉水(いずみ)」。英語にすればどちらも「スプリング」だ。

★ 伊坂幸太郎さんの「重力ピエロ」(新潮文庫)を読んだ。新人作家の合間にベストセラー作家を読むと、内容の濃さに驚く。コクや旨味、それに作者の個性(癖)。

★ 「重力ピエロ」は巻末の北川次郎氏の解説によると「放火と落書きと遺伝子の物語」だ。街中にあふれる落書きを消すのが「春」の仕事。そして「泉水」は遺伝子を扱う会社に勤めている。弟の出生にはある事件が絡んでいて、それがこの家族が背負っている業のようなものだ。

★ 優しく美しい母親と理解のある父親に守られて、兄弟は仲良く育っていく。最強の家族として。

★ 高校理科でこの数十年間、最も大きく変わったのは「生物」だろう。私が高校生だった1970年代、DNAやRNAという言葉はあったが、ゲノムはまだ扱われていなかった(私の不勉強ゆえかもしれないが)。DNAは二重のらせん構造で、アデニン(A)、チミン(T)、グアニン(G)、シトシン(C)の4つの塩基で構成されている。そしてそれぞれのペアが決まっていて、さらにアミノ酸配列に翻訳されるときのアミノ酸に対応する塩基配列をコドンというらしい。

★ この物語の一つの謎解きはこのゲノム配列がカギを握っている。この点は生物学の知識がなくても読めるからありがたい。まして、現代の生物学、分子生物学などに興味を持ってしまうから、副産物も大きい。

★ 短い章立てを積み重ねていく構成は最初馴染めなかったが、ある程度進むとジグソーパズルを完成していくような楽しみを覚える。それに「一風変わったキャラクター像、軽快このうえない語り口、きらめく機知、洗練されたユーモア感覚、そして的確で洒落た引用と比喩が効いている」(池上冬樹)、「シュールな物語」や「エレガントな前衛」(吉野仁)という解釈を引用した北川氏の紹介が的を射ており、感心する。

★ 合わせて、映画「重力ピエロ」(2009年)を観た。原作を要約していて前後を変更したりしているが、内容をおおよそ理解するには映画の方がわかりやすかった。でも味わいは、伊坂さんの文章には及ばない。
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