じゅくせんのつぶやき

日々の生活の中で感じた事をつぶやきます。

柳広司「矜持」

2021-02-23 19:39:13 | Weblog
★ 私は学生時代、三木清の著作を読んで感動した。中でも「人生論ノート」(新潮文庫)の附録として掲載された「個性について」という原稿は、当時「生きるとは何か」を考究していた私に大きな刺激を与えた。有島武郎の「惜しみなく愛は奪う」(新潮文庫)、倉田百三の「愛と認識との出発」(角川文庫)と並び、私の座右の書となっている。これらの書を通して、私は「生きるとは創造であり、創造とは自己実現である」という仮説を立てることができた。

★ 「個性を理解しようと欲する者は無限のこころを知らねばならぬ。無限のこころを知ろうと思う者は愛のこころを知らなければならない。愛とは創造であり、創造とは対象において自己を見出すことである。愛する者は自己において自己を否定して対象において自己を生かすのである」(前掲「人生論ノート」146頁)

★ 三木自身は後記で、大学卒業の直前に書いた「幼稚な小論」と自ら評価しているが、彼をして思い出として収録せざるをえなかった原点なのであろう。

★ ということで、三木清は私にとって特別な想いのある人物だ。その気持ちをもちながら、柳広司さんの「アンブレイカブル」(角川書店)から「矜持」を読んだ。

★ 特高警察を管轄する内務官僚クロサキ。彼は三木清と同郷の出身で、常に三木を意識しながらキャリアを積んできたという。一方は稀代の天才と評され、京都帝国大学で西田哲学の継承者と目されながら、同業の人々の嫉妬ゆえか大学を追われた者。一方は彼のうしろ姿を見ながら東京帝国大学を出て内務省のキャリア官僚となった者。

★ どこで道が分かれたか、取り締まる方と取り締まられる方。この二人が対面する終盤の取り調べ風景の迫力がすごい。

★ 歴史という大河の前で人間は無力なのか。しかし、その無力な人間が歴史を築いている。

★ いつになく感情的になったクロサキ、戦時体制や特高警察の在り方に危機感を持ち始めている。しかし、動き出した組織はもう止まらない。考えることを忘れた官僚機構は、無意味なノルマや組織防衛のために肥大化の一途をたどる。行き着くところまで。

★ 戦後、価値観は大きく転換したというが、官僚機構は過去から何を学んだのだろうか。隠蔽、忖度、密室、組織防衛、無責任。何も変わっていないんじゃないか。密告、嫉妬、集団的圧力、やっかみ。人や社会も過去の痛みを忘れつつあるようだ。
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