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名古屋駅にて

 この間の日曜、私が妻を名古屋駅間で送って行ったのには、単に奥さん孝行をしようと思っただけではなく、横浜まで同行する娘に名古屋駅で会うためでもあった。日曜の朝、目が覚めてふと思ったのが、7月に亡くなった従兄弟が無類の饅頭好きであったから、京都の豆餅を仏前に供えたら少しでもお盆の供養になるのではないかということだった。娘が妻と名古屋で落ち合って同じ新幹線で横浜に向かうのは知っていたので、娘にふたば(京都出町の豆餅屋)で買ってきてもらい、それを私が妻を見送りがてら名古屋駅で受け取ればいい、と思い立ったのだ。自分ではいい考えだと思って、妻に話したところ、まずは娘にお電話してみろという返事だった。早速電話してみたら、いきなり、
「なに?」と機嫌の悪そうな寝ぼけ声が聞こえた。
「まだ寝てたのか、もう10時過ぎだぞ」
「なに?よく聞こえない」
「今日、新幹線に乗ってくるだろう?」
「ええっ?なんなの?もう切るよ、うるさいなあ、もう」
「わかった、じゃあ、1時間したらかけ直す・・・」
まったく、何時まで寝てるんだ、馬鹿じゃないか、などと私がぶつぶつ言っていたら、妻が「アメリカに留学中の同級生が帰国中なので、昨夜はきっと遅くまで遊んでいただろうから仕方ない」、などと娘の肩を持つことを言う。その日は、母娘というよりSMAP仲間の関係だから、連帯感がより強いのかもしれない。まあ、そういう事情なら我慢しようか、と私も思わず甘い考えになってしまう。
 それから1時間もしないうちに娘のほうから電話をかけてきた。内容を話して何とか買ってきてくれるよう頼んでみた。すると、「重いなあ」とか、「面倒くさいなあ」とかぶつぶつ言っていたのだが、何とか頼み込んで10個だけ買ってきてくれることになった。昔はもう少し御しやすかったのに、今はもう別人だ。
 
 昼過ぎに私たちは家を出たのだが、途中で昼食を食べている間に娘から妻の携帯に、「豆餅は買った。14号車の乗降口にいるから」とメールが入った。新幹線の切符は、妻の携帯からエクスプレスカードを使って買えるのだそうだ。「すごく便利、簡単に予約もできるし、変更も可能。切符をまだ受け取っていないよというメールも入るし、料金も割引される」などとJRの広報のように盛んに利便性を強調する。「なんで、ビジネスマンでもないお前がそんなもの持ってるんだ」と私が突っ込んでも、「色々必要でしょ、私には」などとまったく悪びれる様子はない。確かに、一年に何度新幹線を利用するのだろう、数えたことなどないが、ちょっとしたビジネスマンより多いかもしれない・・・

 娘の乗った新幹線の到着時刻よりも15分ほど前に着いた私は入場券を買って、ホームで妻と二人で立って待っていた。妻は売店でビールを買い込み、「これを飲んでちょっと寝るんだ」などと、旅なれた風情を見せる。まったくこいつにはかなわないな、と思っていると、のぞみが定刻どおりに到着した。停車時間はわずか2分。乗降口を間違えたら、豆餅を受け取ることは難しい。ちょっと緊張しながら待っていたら、娘が一番最後に悠然と降りてきた。なんだよ、もっとさっさと動けよと思いながらも、笑顔で、「ありがとう」と娘の差し出した荷物を受け取った。「お金はお母さんに渡しといたから」などと私が話し掛けるのをまったく無視して、娘はくるっと踵を返してすぐに新幹線に戻ってしまった。「さようなら」、ともなんとも言わずに・・「えっ?」と思わず傍らにいた妻のほうを向くと、さすがに妻も驚いたのか、憐れみとも慰めともつかない笑みを返してきた。
 「何だよ、あの馬鹿娘は!!!」出発した新幹線と逆方向に歩きながら私は何度も唸った。「馬鹿!!」
 しばらくはむかむかして仕方がなかったが、車に戻って娘が渡してくれた袋の中を見た。すると、頼んでおいた豆餅の他に、おはぎの包みが入っているではないか!
 おお、そうか、これは私へのお土産なんだな。
 もうそれだけで、すっかり気持ちは晴れて、帰り道はすいすい運転して来れた。なんて、馬鹿オヤジ!

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