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酔いどれ芙蓉

 夏休みが始まる頃、私の父が、車庫の横に少しばかり土を盛り上げて、何かの苗を植えていた。野菜なら、少し向こうに畑があるから、そちらに植えるはずだから、いったい何を植えているんだろうと思って聞いてみたら、「花の苗」だと答えた。なんでも、知り合いの家に毎年咲く花で、頼んで苗を分けてもらったのだそうだ。「何の花?」と問い返すと、「きれいな花が咲く奴だ。名前は、う~ん、今度聞いとく」と頼りないことを言う。「大きくなるの?」とさらに尋ねると、「大きくなるぞ、この車庫の屋根よりも高く伸びるだろうな」「それは楽しみだね」とは言ってみたが、名前も分からないような花では、きっと大したことはないな、邪魔にならなけりゃいいがと、内心小バカにしてしまった。
 ところが、夏の間中、せっせと水遣りを怠らず、毎日嬉しそうに眺めている父を見ているうちに、こんなに楽しみにしているんだから、余程きれいな花が咲くのかもしれない、と私もだんだんと思うようになってきた。思ったほど早く伸びる性質の草花ではないらしく、糸瓜のように目に見えてぐんぐん伸びることもなく、朝顔のように蔓を巻きつけるでもなく、ゆっくりとではあるが、葉を見事に茂らせながら、しっかりと成長してきた。9月になって、私に時間的余裕ができたせいもあるが、時々その花を観察するようにしていたのだが、いつの間にか蕾が付き始め、日に日に大きく膨らんできた。もうそろそろ花が咲くのかなと楽しみにし始めた矢先、昨日の朝、ふっと見ると写真のようにきれいな白い花が一輪だけ咲いていた。思わず携帯を取り出して、写真に収めたのだが、私の手のひらより一回り小さいくらいの、大輪と言ってもいいくらいの美しい花だった。押し茂った葉の緑ときれいなコントラストをなして、白い大きな花弁が微笑んでいるように見える。確かに父が言ったようにきれいな花だ。私としては予想外のできごとに喜ぶとともに、父を疑った不明さを恥じた。
 ところが、驚きはそれだけではすまなかった。今日の夕方、野良仕事から帰って来た父親の様子を、塾舎の2階から見下ろしたところ、びっくりした。車庫の横に咲いた例の花の色が違うではないか。昨日は純白と言ってもいいくらいだったのが、今は濃い桃色になっている。えっと驚いて、思わず父に声をかけた。「花の色が変わったよ」すると父は誇らしげに答えた。「そうさ、色が朝と夕方では変わるんだ。朝は白いが、夕方になると赤くなる。まるで酔っ払ったみたいにな。だから、名前は、う~ん、『酔いどれ芙蓉』だ」素晴らしい。花の変色もすごいことだが、その名がまた実にいい、『酔いどれ芙蓉』。早速、ネット検索で調べてみた。
  
  「酔芙蓉」 学名:Hibiscus mutabilis cv. Vercicolor
 フヨウ(芙蓉)の園芸品種で,朝に白い花を咲かせますが,午後になるとだんだんピンクにかわり,夕方から夜にかけてさらに赤くなり,翌朝にはしぼんでしまいます。このさまを,酒飲みの顔がだんだん赤くなってくることにたとえて,「酔う芙蓉」ということからつけられた名前です。(花期:晩夏~初秋)
 
 これほど花の様子を端的に表わした名前は他にあるだろうか。命名者のセンスの素晴らしさに脱帽してしまう。
 明日は日曜。『酔いどれ芙蓉』が赤くなり始めるよりも、私の顔の方が先に真っ赤になってしまうだろうな。


 
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