住んでよかったと思う町にしよう

観光旅行に行くのに自分の町を美しくすると考えません。よく考えると大半の時間を過ごす自分の町の美化が重要ですね。まちびと

お葬式

2018年11月30日 | Weblog
私が住んでいる町は老人割合が約半分という老人社会です。
かつては町内会がお葬式を担当していたことがありますが、今はお手伝いもしません。
 
かつては会員が亡くなると、全会員に連絡していましたが、かなり前から、亡くなった方の所属する班の人だけに連絡するようになりました。
この仕組みは現在も作動していますが、最近は亡くなったことを町内会に連絡しない遺族の方が増えています。
近所の人はわかることが多いのですが、その近所の人にも家族葬にするからよろしくと言う遺族の方が増えています。
亡くなるまで交流があった人々でお葬式をやる場合が増えているようです。
 
有名人でも昔は交流が広くても、亡くなる前は交流する人がなかったという場合は家族葬を行うことが増えています。
あとで昔交流した人が亡くなった人を懐かしんでお別れ会をやることがありますが、いずれにせよ、お葬式観は大きく変わってきたと思います。
お葬式を盛大にやるという考えがなくなってきました。
 
お葬式をとり行う遺族などがいない場合、どうするのかよくわかりません。
行政がやるのでしょうか。
近所や町内会が知らん顔という訳にはいかないでしょう。
私が住む町ではこのような場合はまだ一度もおこっていません。
 
私は自分の葬式について遺体の処理処分をどう行うか要領を書いて妻や子に読んでもらっています。
死ぬまで交流があった人だけで簡素にお葬式を行うことを指示しています。
宗教団体に相談せず、妻か子がお葬式を行うようにとお願いしています。
死体の焼却には棺と骨壺を用意するとか、焼却場に死体を運ぶとか、最低必要な作業については葬儀屋の協力を求めると便利です。
埋葬はお墓ではなく、散骨でいいと考えるのでその要領も指示しています。
 
父のお葬式は、当時兄や私が宗教団体と関係があったので、その宗教団体に動かされ、参加者が非常に多いお葬式になってしまいました。
今から思うと父とは関係ない人が非常に多く、父には申し訳ないお葬式でした。
 
母のお葬式は家族葬としました。
静かにお別れ会をやることができました。
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