開運ひと文字HAPPY
吉川壽一
SHO(1145)
たつや/福井のそば翁・中山重成さんの米壽・蕎麦壽翁あめでとうございます。
イケちゃん/どこにご縁があるのか、生まれてくるのか不思議、不可思議だ!!
花怜/コメントにお答えいたします。
花怜/北陸富山展開幕しました。
花怜/TOMATOの一品。味が涼しくておいしかったです。
☆/8月15日東京・有楽町にある東京フォーラムは学生さんのデッカイ文字で埋まる!!ホント!!
花怜/来年は、いよいよ日本・ブラジル移民100年の交流年。どんな企画が出てまいりますか?
光華/越前雲丹が我が家の食卓にやってきた。
Keiko/(イチ)の文字が精神の高揚を謳い迫力している
開運館(風水・開運・スピリチュアル・占い)比較/もぎとれたて天日干しの磯と潮風の香りいっぱいの新ワカメイッパイ!!いつもアリガトウ!!






 色々な行事や出来事が有機的に動いていると常々感じ、この運気の巡りに対しては常に感謝を自らの心の中で叫び続けている。

 どうしてもそう考えていかないと腑に落ちないところがたくさん出て来てしまうように感じている。

 そのような不可思議をここで綴ることはできないというよりも1日の中でも瞬間・瞬間でそう感じたり、感じ入ったりしていることなので記するまでに忘れてしまっていたりする。

 11月2日(金)午後6時半開宴となる「夢いっぱい・嬉び一杯RUNRUNの会」が福井駅前のユアーズホテルフクイにて開催されます。吉川壽一の美と心を支援する「昌昌会・百福会」が主催していただき、誠に久方ぶりに開かれようとしています。

 "RUNRUN"は"ルンルン"なのか"ランラン"なのかこの言葉を意味深にして楽しい会になりそうですね。

 2月には、UAE(アラブ首長国連邦)の首都ABU DHABI(アブダビ)に入り、凄い方々との出会いをいただき、こんな凄い場でSYOINGが本当にできると思ったところで7ツ星ホテルのエミレーツパレスの大ロビーが出現。20m×5mのSYOING。フランス・パリのエッフェル塔の下やルーブル美術館前でやったというよりもやれたことが本当なの!!と思えるくらいの不可思議がJUICHIを包み込んだが、エミレーツパレスの大ロビー同様コソコソ歩かれたら分かるがほとんど不可能と思える場所での「教育は国境を越える」を揮毫したというよりもさせていただいたという感謝の念があってこそ成就できたように思う。

 6月には、イタリア・シチリア・パレルモのPLANETA社に招かれて「シチリア1000kmの縦断の旅」を開催。2000人の方々が集まる中、「龍」字を墨とWINEを使って揮毫。イベントでの大拍手。そして東京・九段南のイタリア文化会館で「杲杲展」など、ルンルン・ランランしながら「秋実」を多くの参集の方々に伝えたい。

 又、12月8日~20日まで京都・嵐山・天龍寺塔頭の宝厳院(HOGOIN)で開催されるUAEのマンディ氏との2人展の真なる姿も伝えたい!!うーんこの会は、2時間で終りそうもない。少しランランしてもよいですか!!
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 今年は、福井が生んだ継体天皇即位1500年ということで、福井県の各地では随分と深い地縁のところがあり、現在もいくつかの市や町で継体天皇に関しての歴史性に関してのシンポジウムや継体天皇時代のお祭ごとやそれに関する衣装や冠などを現代のメッキの技術を用いて再現した展覧会等数多くあってとてもすべてを見ることはできない程です。

 そんな環境の中で、昨年は、平成の大合併があり、県はもとより各市町村の首長さんの御力添えをいただいて平成大合併記念展として第2回のすくすく学生書法展を開催してきました。福井県内や日本をかけめぐる大きな出来事にヒントを得ての企画で今年は「継体大王展」として募集。前年よりは倍近くの出品をいただきました。

 そして、何日にも亘る審査がようやく本日終り、県市町の首長賞32点と各企業事業所や社長さんのモットーなどをもとにした書題によるすくすく書法展も30点の最優秀賞が決定しました。11月3日文化の日には、クレアホール(福井市大手3-4-1 5階)にて表彰式と懇親会が10時より開催される予定になっています。

 福井県や各市・各町にはそれぞれの特色ある賞状を特注されているところもありますが、それに書いてほしいとの要望があったりします。池田町などは木・ヒノキの産地ということで薄くはいで、裏打ちした賞状を送ってこられています。又、岩野平三郎製紙所の特注白麻紙の一枚漉きを使用して、私が一枚一枚直筆した賞状に首長の捺印いただいて格調の高い形で表彰したいという思いからかなりの枚数を直筆しました。

 一点一点の作品を見てみますと私の会の場合は、かなりリラックスして書かれたものを出品されているようで、同じ題で全く違った表現力を生かした形のものが多かったように思います。洗練はどのようにして可能なのかを少し自分につめていただきたいと思います。人より強く、大きく、深くそのような評価が一般的ですが、もっと人より変!!人よりもギョ!!人よりも楽しいなどの形の評価での審査も楽しいものですね!!
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 展覧会や雑誌の投稿やイベントがたくさんあって、顔写真やSYO歴の要請がたくさん来ているので、整理してみました。

吉 川 壽 一 略略歴をご披露!!

1943年1月   福井市石場上町に生まれる。(現在の福井市つくも町1丁目)
     奎星会の創始者の上田桑鳩に師事。
     奎星会の2代目会長の宇野雪村に師事。
     奎星会の3代目会長の稲村雲洞に小学校から師事。
     <それぞれの繊維の思い出と共にこのたのしき道一本へ導いていただいた方々、感謝々>

1955年   第3回福井県小中学校夏期学童競書大会にて福井県知事賞受賞。
1956年   第19回福井県書初競書大会にて福井県知事賞受賞。
1964年   21歳の時、福井市役所・市民ホールにて第1回個展「壽一墨象展」開催。
      <来場者3名が印象深く、今も頭から離れない!!>

1965年以後 奎星賞、第35回展において創立記念大賞受賞。
1966年以後 毎日書道展において秀作賞、毎日賞連続受賞。
1979年   毎日書道展・毎日グランプリを受賞し、審査員となる。
1984年   長さ1000m×幅2mの白布に般若心経278文字を連綿体にて謹書する。
      <1000mは偉大で長い!!>

1987年   福井市より福井市民文化賞受賞。
1990年   中国・北京天安門にて長さ45m×幅10mの金色サテン布に重さ65kgの世界一の大筆にて「福中来」の3文字を巨大揮毫。革命博物館       5000㎡を使い、「百福萬福書法展」開催。
      <凄い・スゴイを思い出す!!>

1992年   講談社より毎週110万部発行の「週刊モーニング」に「書・あっ 晴・吉川壽一」の連載が始まる。単行本発行。
      <山手・中央線などの内吊り広告を見てビックリ!!どこを見てもあっ晴だ>

1998年   フランス・パリ・マレ地区にあるラモワニオン館にて「壽一の書・ PARIS展」開催。
      <PARISはその時以来ホホエンデイル!!>

2000年   フランス・パリにてエルメス・スカーフ・チーフ600枚に一枚一枚SYOING制作。
2002年   東京・上野の森美術館にて「無二の書展」開催し、毎日書道顕彰受 賞。
2003年   NHK大河ドラマ「武蔵」の題字揮毫と毎回のタイトルを49回揮毫。
      <1年間全くご苦労さんでした>

2004年   ・NHK人気番組「ようこそ先輩・課外授業」に出演。
      ・フランス・パリエッフェル塔下やルーブル美術館前にてヨコ15m×タテ8mの白布に「愛・AMOUR」や「神通力」を揮毫。
      <大拍手が襲ってきたという感じだった。>
2006年   ・京都での「第8回世界宗教者平和会議」において世界各地の宗教者2000余名が集まる中、「道」一文字を大揮毫。
      ・アラブ首長国連邦のDUBAI(ドバイ)の赤沙砂漠にて展覧会とヘリコ プターをホバリングさせ、砂を巻き上げて「武蔵」や「魂」の赤沙作品制作を見事成功させる。
2007年   ・アラブ首長国連邦の首都アブダビにある7ツ星ホテルエミレーツパレスの大ロビーにて「教育は国境を越える」を大揮毫。
      ・東京・九段南のイタリア文化会館にて「シチリア1000km縦断の旅・杲杲展」を開催。

 自分の中でも凄いがたくさんあって、これからもまだ続きそうな気配が感じられ、SYOって何物!!という感じかな!!

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 猛暑が長く続き、台風もあらぬ方向にいったり、日本に余り来なかったようだし、又、北京に10月上旬に行かれた方々はメチャ暑かったと話されていたが、異常気象がまだまだ続いているのだと思っています。皆さんの地は如何ですか。

 どこからともなく、キンモクセイの香りというよりも匂いが漂ってくる。先日も今月の21日に1万人が参集されるサンドーム福井に行った折も強烈な匂いが車のドアーを開けた途端に入ってきて、うーん秋だなあと感じた。"きんもくせい"は何と言っても中国の桂林である。

 この町には、汽車ポッポのボォーボォーと汽笛する中で駅舎に着いた。もう猛烈な香り・匂いが襲ってきたという感じだった。夜は、有名する桂花珍酒をいただき、明日の桂林観光の船旅を娯しみにしながら夜遅くまで汽笛や汽車の動きでも感じられる牧歌的風情があったことを思い出している。

 先日も"桂花珍酒"の年代ものをいただいた。家族のものはまず香りで飲みたくないらしい。そして甘口なので、その辺が日本に入ってくるのに少し無理があるのだろうか。しかし、桂林で桂花珍酒をいただくと全く違和感がなく、素直にオイシンとなるのも不思議である。

 まあ、でも、でも秋ですね。そして、秋も深くなってきました。いくら猛暑であっても自然の力というか、四季を謳う時間には全くくるいがないように思われますが、近くの山々では全く紅葉が見られず、1400mくらいの山々で紅葉ということであれば、少しエルニーニョやラニーニャ現象の影響が出ているようにも感じられますよねェ!!

 それでもコスモスが一億本も咲きに咲いたり又、堤防等やあぜ道脇のすすきは穂をなびかせて、私達に深い秋がすぐそこに来ていることを知らせてくれています。一面の白なる蕎麦畑から新そばがたくさん採れそうなので、楽しみですね。早くちゅるちゅるしたいですね!!そばにある熱燗もたらふくしながら!!
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 今日は、大正・昭和・平成と生き、蕎麦翁と言われる中山重成さんの88歳・米壽の祝賀会が開催された。参会者170余名という中で、私とのお付き合いは、最も長く、濃密と言えるのではないだろうか。

 小学校の時のスパルタ教育・稲村雲洞氏は午後6時から12時までの6時間余を父母が墨磨りした超濃墨で手漉和紙の白雪などを使い、500枚余を1人が使用し、夜中の12時を過ぎる頃まで書き、手も顔も真っ黒となる中で、お待ちかねの"中華そば"が運ばれてくる。

 その時の運び人が今日の主役の中山重成先生だった。当時は、ピリ軒という中華そば屋をご夫婦でされていて、それからピリ軒チェーンを福井や石川県でされ、昭和60年ごろには"そば"に対しての自分の思いを一気に噴出させた"越前そば道場"を建設。その時にケヤキの一枚板を持ってこられて"越前そば道場"と揮毫してほしいと頼まれた。無論、黒龍酒造のお酒にてねちネチに磨った超濃墨を使用して書き込んだ。その揮毫板は今も玄関で生々している。

 そして、ピリ軒チェーンから"越前おろしそば"のつるつるめん房チェーンを福井や石川にも作り、繁盛している。そして"そば"に対しての特に"越前おろしそば"に対してはまず"打つ"ことということで"全日本素人そば打ち名人大会"を平成8年からはじめられた。

 半世紀に亘る長い長い御縁というものか、名人位だけの賞状を書き、第1回から全日本素人そば打ち名人大会の審査員をさせていただいている。今日もこれまでの名人11名が福島・北海道・東京・福井など各地からおいでになり、祝福されておられた。

 "そば"に関しての毎日食することの健康性は無論のこと、どこでも寒冷地でも育つことで現在は福井では200haの耕地となって福井県産のそば使用店の認証制度や全国のそば打ちの人々の段位制なども創設されて、そのIDEAと行動力と先見の明はとても88歳とは思えないほどの頭脳明晰さである。これからもドンドン頑張っていただきたいです。まずは米寿オメデトウゴザイマス!!
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