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千代の富士一代年寄辞退

2010-12-08 07:10:47 | 事件の真相

 

【概略】

数々の大記録を樹立し国民栄誉賞を授与された横綱千代の富士に対し日本相撲協会は、最大の名誉ともいえる「一代年寄」を贈ることを決めた。

それに対し、千代の富士は九重親方とともに会見を開き辞退の意向を表明した。


【一代年寄】

引退後に相撲協会に残るには、108しかない年寄名跡を取得する必要があるが、多大な功績を残した力士にのみ「一代年寄」という栄誉を与える。

これまでに大鵬、北の湖(のちに貴乃花)の二人しか授与しておらず、最大の名誉と言える。


しかし一方で、その名跡が一代限りで消えるため、部屋も一代で消滅することになる。

大鵬部屋も大鵬の定年を持って、大嶽部屋に名前が代わっている。


【状況】

53連勝、通算1000勝など数々の記録を作り、国民的人気の高い千代の富士と、横綱北勝海も擁し土俵に君臨していた九重は栄華を誇っていた。


千代の富士なくして角界は成り立たず、九重は新興部屋の出身でありながら、理事長を狙っているという噂も実しやかに囁かれていた。


【真相】

理事長を狙う九重にとって最大の敵は出羽海(元佐田の山)である。

出羽海部屋時代の兄弟子であり、本家本流の出羽海。

普通に戦っては到底勝ち目はない。


主流派の代表である出羽海に対して、その主流派の与える最高の権威を辞退する。

これほどの挑戦状はない。


世間に対するインパクトは強烈だが、反面危険な綱渡りでもあった。

それでも九重は理事長の椅子に着くために必要な賭けであり、乗りに乗っていた当時は自信もあっただろう。


千代の富士には九重部屋の継承を約束し、理事長就任時にはスピード出世も確約したのだろう。


果たしてもの師弟は、堂々と主流派に反旗を翻した。

苦々しい思いで、辞退を受けた相撲協会は、その後の暗闘の中でこの二人に見事逆襲。


九重は相撲協会を去り、千代の富士はその功績に比べて不遇な年寄人生を歩んでいる。



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