書籍之海 漂流記

看板に掲げているのは「書籍」だけですが、実際は人間の精神の営みすべての海を航海しています。

山崎正和 「人間にとって藝術とは何か 近代の藝術論の発見したもの」

2017年02月20日 | 芸術
 『世界の名著』続15「近代の芸術論」(中央公論社 1974年8月)所収、同書5-56頁。

 もちろん、人間のあらゆる営みは理性と感性の両方にまたがっているが、藝術の場合、その両極にたいする関わり方はたんにまたがっているというようなものではない。藝術のなかに理性と感性が混在しているというのも不正確であって、藝術はある意味でたんなる理性以上にものの本質に深入りし、その反面、たんなる感性以上にものの表面に拘泥する性格を持っている。いわば理性以上に理性らしく、管制上に感性らしい性格を兼ねそなえた藝術は、どう見ても人間精神の素朴な二元論にはなじまない存在であるように見えるのである。 (「人間にとっての藝術とは何か」同書25頁)

 ここでの“藝術”をもっと広く“文系学問”もしくは“文学部”と置き換えれば、現在の問題としてそのまま考えることができるのではないか。

 「百万人の餓えた子供にとって、いったい文学には何の意味があるか」 (論文冒頭に引かれるサルトルの問題提起。同書7頁)
 「いったい百万人の餓えた子供は、私の文学にとって何の意味があるか」 (上のサルトルの言葉に続いて紹介される、ある“若いフランスの作家”による、「木で鼻をくくったような」返答。同頁)