書籍之海 漂流記

看板に掲げているのは「書籍」だけですが、実際は人間の精神の営みすべての海を航海しています。

今週のコメントしない本

2006年06月24日 | 
 ちかごろ、大部でしかも精読しなければならない本が多いです。しかし困ったと言うつもりはありません。
 現在第二巻まで読了した三宅雪嶺の『同時代史』(→③)で、雪嶺の福沢諭吉に対する評価がかなり厳しいことを知りました。根拠となる福沢の行状や、ときには心事までがいろいろ記されているのですが、真偽を確かめようにも、おおむね出典が示されていません。これは困る。

①感想を書くには目下こちらの知識と能力が不足している本
  加地伸行 『中国人の論理学 諸子百家から毛沢東まで』 (中央公論社 1985年1月4版) (再読)

②読んですぐ感想をまとめようとすべきでないと思える本
  鶴見俊輔 『鶴見俊輔集』 4 「転向研究」 (筑摩書房 1991年11月)
  司馬遼太郎著者代表 『司馬遼太郎対話選集』 3 「日本文明のかたち」 (文藝春秋 2003年1月)
  嘉納昌吉/C・ダグラス・ラミス 『反戦平和の手帖 あなたしかできない新しいこと』 (集英社 2006年3月)

③面白すぎて冷静な感想をまとめられない本
  三宅雪嶺 『同時代史』 第二巻 「明治十一年より明治二十六年迄」 (岩波書店 1967年11月第3刷)

④参考文献なのでとくに感想はない本
  井波律子 『中国人の機智』 (中央公論社 1983年5月)
  中村元 『東洋のこころ』 (講談社学術文庫版 2005年12月)

  南博 『日本人論 明治から今日まで』 (岩波書店岩波現代文庫版 2006年4月)

  沢木耕太郎 『危機の宰相』 (魁星出版 2006年4月)

  岡留安則 『「噂の真相」25年戦記』 (集英社 2005年1月) (再読)
  岡留安則 『武器としてのスキャンダル』 (筑摩書房版 2004年5月) 

⑤ただただ楽しんで読んだ本
  谷沢永一 『執筆論 私はこうして本を書いてきた』 (東洋経済新報社 2006年5月)  

▲ある人から、以下のウェブサイトで2005年06月24日欄の「桑原三郎『福沢諭吉の教育観』」がリンクされていると、教えてもらいました。
  「『福沢諭吉の真実』について」
   →http://blechmusik.xrea.jp/labs/fukuzawa/f06.html  
 なるほど拙文の名が、本欄でもかつて取り上げた平山洋氏の『福沢諭吉の真実』(2004年12月14日)関連書評の一つとして、挙がっています(同サイト、「書評等」項)。
 以下は、それに関連して思ったこと。

 最近出版されたばかりの史学会編『2005年の歴史学界 回顧と展望』(吉川弘文館、2006年5月)を読むと、現行『福澤諭吉全集』の内容を検証した研究は全く名が挙がっていない(「日本 近現代 三 社会・文化 1」、中村崇高執筆、同書168頁)。昨年1年間を通じ、日本史学界でまったく発表されなかったということらしい。
 単なる取りこぼしかもしれない。しかし、昨年出た『2004年の歴史学界 回顧と展望』で、出版年度の関係から言って当然収録されるはずの平山氏のこの書籍がそもそも収録されていないところを見ると、どうもそうではないようでもある(→2005年7月4日、「史学会編『2004年の歴史学界 回顧と展望』」)。
 どこかの真面目な――真理を愛するという意味で――学者が、平山氏の問題提起を真摯に受け止めて、論文なり学術発表なり何らかの反応を示していたとしても、福沢を飯の種にしているだけの一群の教官方は、存在しないはずの書籍が巻き起こした風波などもちろん存在せずとして黙殺を決め込んでいるのではないか。

 以上です。
 それではまた来週。