書籍之海 漂流記

看板に掲げているのは「書籍」だけですが、実際は人間の精神の営みすべての海を航海しています。

太田辰夫/鳥居久靖訳 『西遊記』 上下

2006年06月02日 | 文学
 これで、中国四大奇書(もしくは四大名著)を完全読破。

★四大奇書
  出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
  (http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%9B%E5%A4%A7%E5%A5%87%E6%9B%B8)

 四大奇書(しだいきしょ)とは、中国で元代から明代にかけ、俗語体で書かれた四つの優れた長編小説のこと。「奇書」とは「あやしい書物」ではなく「世に稀なほど卓越した書物」の意味。明末の文学家馮夢龍によって定められた。 
 日本では一般に『三国志演義』、『水滸伝』、『西遊記』、『金瓶梅』の四つを指すが、中国では『四大奇書』のほか、『四大名著』といい、『金瓶梅』の代わりに『紅楼夢』を入れるのが一般的。

 どれもこれも、純然たる文学作品としてなら、とても最後まで読みとおせなかっただろうと思う。
 今回も、自分から進んで巻を手にしたわけではない。仕事上必要だから読まざるを得なかった。(これまでに唯一読破していた『三国志演義』も、資料として、読んだ。)仕事ならば、個人的や好悪や感性など関係はなくなる。人が塵芥のごとくやたらに殺されても、身分差別と権威主義と非人間的な大義名分と、その反動であるところの物欲色欲ばかりで、人間存在に対する「愛」というものがとんと見あたらなくても、作品として見た場合、全体の構成が弛緩しきっていても、文章が低俗で野卑で、物理的な脅威を感じるほどであっても、ぐっと呑みこむしかないのである。

(平凡社 1983年5月初版第15刷ほか)