:〔続〕ウサギの日記

:以前「ウサギの日記」と言うブログを書いていました。事情あって閉鎖しましたが、強い要望に押されて再開します。よろしく。

★ ホイヴェルス神父来日100周年記念 第46回 「ホイヴェルス師を偲ぶ会」

2023-05-28 00:00:01 | ★ ホイヴェルス師

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ホイヴェルス神父来日「100周年」記念

第46回 「ホイヴェルス師を偲ぶ会」

に結集しましよう!

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私がお会いしたころのホイヴェルス神父様 

いつもの執務室で(筆者撮影)

 ホイヴェルス師は、一般的にはイエズス会所属のドイツ人宣教師哲学者教育者作家劇作家として紹介されますが、師はそれら以上に卓越した 宣教者、福音の伝道者 だったことを忘れてはなりません。

今年はその師の記念すべき来日100周年」に当たります!

 師は1923年8月25日に横浜に上陸。一週間後の9月1日にさっそく関東大震災の洗礼を受けました。

若き日のホイヴェルス神父様

 

 1947年に四谷の聖イグナチオ教会の初代主任司祭になり、1977年6月9日のミサ中に倒れ死去されるまで、30年間の長きにわたり同教会の主任司祭、名誉主任司祭として福音宣教と信徒の司牧に生涯を捧げられました。

 

在りし日の四谷の聖イグナチオ教会

聖イグナチオ教会の初代主任司祭として

 

 その間に3000人もの人々に洗礼を授けられたという実績は、世界広しといえども現代ではギネスブックものの偉大な業績として他に類例を見ないのではないでしょうか。1969年には日本の国から、外国人として受けることのできる最高位の勲2等瑞宝章に叙勲されました。長く日本に貢献した大国の要人ならともかく、一介のキリスト教の宣教師の叙勲は、カトリックの神父、プロテスタントの牧師の間でも全く異例の出来事ではなかったでしょうか。

 

勲二等瑞宝章をさりげなく身につけたホイヴェルス神父様

 

 日本のイエズス会が、そして、師がゼロから築き上げたイグナチオ教会が、師の来日100周年を公に祝う行事をまだ計画していないのであれば、私たち「ホイヴェルス師を偲ぶ会」が盛大に先鞭をつけましょう。そして、来日の日、8月25日には各方面でそれぞれに師の偉業を顕彰する催しを企画されることを願うものです。

 ホイヴェルス神父様は確かに哲学者であり神学者であり詩人であり劇作かであり、○○✕✕ でありました。しかし、師は決して研究者、大学の教授、という意味での哲学の「学者」ではありませんでした。師はプラトンのように自ら「哲学する人」、ご自身が「哲人」であったのです。そして弟子には「哲学することの悦び、その楽しみの秘訣を心から心へ、師弟の親密さの中で伝授しようとされました。直接師から「哲学する」楽しみの手ほどきを受けたものは、まことに幸いであったと言えるでしょう。

 皆さん! この偉大な「宣教者」「来日 100周年」 を盛大に祝いましょう。老いも若きも、その素晴らしい人柄と偉業を発見し、それを知り、学び、倣うために、師の生前のお姿を知る老人も、初めてその名を耳にする若い人も、カトリック、プロテスタントを問わず、キリスト者か、ノンクリスチャンかさえも問わず、新鮮な好奇心を持って第46回「ホイヴェルス師を偲ぶ会」と記念ミサに飛び入りで参加し祝いましょう!

 この「偲ぶ会」が満ち足りた心で家路につくことのできる楽しい癒しのひと時となりますように。

来日100周年記念

第46回「ホイヴェルス師を偲ぶ会」

日 時  2023年6月9日 午後3時より5時半頃まで(ミサと懇親会) 参加無料

場 所  JR四谷駅(麹町口)1分 主婦会館(プラザエフ)3階「ソレイユの間」

     (目印:双葉女学校の隣・イグナチオ教会の向かえ)

連絡先   080-1330-1212;john.taniguchi@nifty.com  谷口幸紀 神父

(注)去年と同じ広さの会場です。事前の出席通知をしていないかた、当日自由参加の皆様のためにも、まだ約20席あまりの余裕があります。たまたまメールをお持ちの方は、出来れば当日の朝までに出席の意向を上のアドレスにご一報ください。

 


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1 コメント

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ホイヴェルス神父様のこと (新米信徒)
2023-06-10 13:28:48
谷口神父様

いままで、よく調べませんでしたが、ホイヴェルス神父様は 1890 年 8 月生まれで、神父様は 1939 年 12 月生まれで、およそ、年の差が 50 才程でしょうか。そうすると、神父様がホイヴェルス神父様と出会われたとき、師は 70 才前ぐらいということになります。澤木禅師と共に写真に写っているときもほぼ同じ頃と推察されます。このブログの写真を見ると、師の若い頃は、写真からは、精悍に見え、それほど痩せているようには見えませんが、少なくとも 70 才頃以降は痩せていらっしゃるよう見えます。

「土居健朗・森田 明・編 ホイヴェルス神父ー信仰と思想 聖母の騎士社 (2003)」の、第三部 ホイヴェルス神父と日本人、の終わり近くに、「ホイヴェルス神父説教集」の末尾に付してある「説教について」からの引用文があります。長くなりますので、その最後を引用します。「・・・。たとえば「愛」「恵み」などの言葉を繰り返しますと、聞く人はその意味について深く感じません。「神の愛」という代わりに、「神の親切」というほうがよい場合があります。
 キリストの話し方は非常に具体的で、譬え話も多いのが特徴です。聖アウグスチヌスもゆっくりと落ち着いて、信徒と対話するような説教をしました。同時に、深いところもわかりやすく言っています。
 日本人は深みが大好きです。ことに現象学的な説明の仕方をしますと、心によくはいります。説教で百回も愛という言葉を叫んでも、なんにもなりません。むしろ一つの言葉を砕いて、その内容を見せること、あたかもくるみの殻を砕いて、その中の実を味わわせるようにするのがよいのではないでしょうか。31」。ここで、31 は、上に引用した本の 196 から 198 頁
が指し示されています。ここが偶然、目に留まりました。以前にも読みましたが、そのときは、自然や人をよく見ようとしていなかったので、あまり心に残りませんでした。

わたしの愚かさからですが、ごくたまに行く教会があり、小聖堂で「教会の祈り」を唱えたり、そこで祈っている人がいる場合は、聖堂の外にある椅子に座って、唱えていました。そこから数十メートル程先の敷地内に、おそらく社会活動の何かをしていると思われる場所が見えます。数年間、その場所に行かずに、「教会の祈り」を唱えていて、最近、ようやく質問をして、その場所は、教区の社会活動の場であることを知りました。先日、そこから葉書が届き、若い人たちが料理を作っているところと出来上がった料理の写真がありました。ほんの少し歩いて聞けば、すぐにわかったことを数年間もかかりました。・・・



わたしのようなものは、関りや出会いの中で、よくみて、無関心にならないように気をつけなければいけないと感じます。
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