金生遺跡を世界遺産 世界標準時の天文台にしよう会

立春の日の出 観測会の案内

立春の日の出 観測会を計画しました。

 

2024.02.07  雪の翌日で快晴

茅が岳からの日の出

 

2/3日と2/7日の日の出位置からの2/4日立春の日の出位置の推定

 

2024.02.06  大雪

2024.02.05   日の出は見えませんでした。

朝焼けが見えて、その後一面灰色の空となってしまいました。

 

2024.02.04 立春 曇天 雪が降り積りました。

 

2024.02.03 節分の日の出

快晴でした、日の出 影が石棒の左側にはっきり見えています。明日あさっての天気はどうでしょうか。

 

 

縄文遺跡で立春の日の出観測会です

北杜市全域が太陽観測天文台であること、金生遺跡の配石は、
縄文時代の二十四節気の暦の太陽暦観測施設であることが分ってきました。
「4500年前の金生配石 立春に集まった縄文人のように日の出を迎えよう」祭り!! 
 日の出を見ることに集中することは、マインドフルネスにもなるでしょう。
縄文人達の息吹が感じられる金生遺跡ではそう思います。
縄文時代にどのように立春観測をしていたのか、現地で見てみましょう
朝活は  立春  2月 3日、 4日、 5日  の3日間
         6時45分頃から 7時30分まで
 遺跡現地です    2月3日節分 大晦日、 2月4日立春 新年正月
縄文時代の配石で日の出を石棒で観測して、立春の日にちを、縄文時代には太陽の回復
 春の始まりを祈りながら見ていたものでしょう。
まだ寒いので、防寒対策はしっかりして来てください。
主催  金生遺跡を世界遺産にしよう会


旧石器時代後期に、植物性食糧の一つとしてマメ類の採集を始めて、細かいマメ類の種
を漏らすこと無く集めるために、容器として編み籠から無文土器を開発した。マメ類の
種を採集するだけで無く、種を播いて収穫することを知り、豆粒文土器に記録した。栽
培は季節に合わせて行うためには太陽暦を開発した。マメ類の栽培から、ダイズ、アズ
キ、ヒエなどの大きな種を作る栽培種を成立させ農耕を確立した。この時期から土器の
模様は大きく変化して縄文模様の無いものに変化した。
縄文時代には太陽暦は二十四節気の暦を造り、太陰暦とシンクロさせ、
内陸と海辺の人々の交流が容易に出来るようになりました。
暦の正確さを維持する為、金生遺跡・大配石での太陽暦観測施設を造った。


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