金生遺跡を世界遺産 世界標準時の天文台にしよう会

飯盛山と立秋の日の出

飯盛山からの日の出と現在の太陽暦との関係
縄文時代の暦計算では小数点以下切り捨てと考えれば、8/5日 2日ほど日数不足となる。
男根型石棒とノーモン台石

 

 

ノーモン台石にノーモンを立て

     左から3番目の影がノーモンの影

飯盛山からの日の出と男根型石棒との関係は
2022.08.05日には男根型石棒に日の出の影が差した 二至二分四立計算からの立秋の日
      観測者は総勢 4人 縄文時代の太陽暦が初めて見えるとして、呼びかけてみましたが、      都合良くこれだけの方に集まっていただくことができました。
      薄曇りでしたので観測には今一でしたが、石棒にノーモンの影が差すことが分りました。

影の状況


08.06日は雨で日の出は見えず
08.07日には
08.07日は、現代天文学の知恵の粋を集めて作られた現在の立秋日

所謂古来からの二至二分、四立八節の暦を計算すると
二十四節気の暦の立秋は立春正月を起点として計算すると 2022.08.05日となる
日の出と飯盛山の関係から極めて正確に配石と石棒が設置されていることが分った。
縄文時代には立春を起点として暦を計算していたものと考えれば適合する。

 

縄文時代が立春正月とすれば、夏正は縄文時代が起源としても良いのでは無いか。

この正確さは驚くべきことと考える。およそ4500年前からこれが存在して、現在まで何の損傷も受けていない、また太陽観測点としての周囲の地形も壊されること無く現在まで残されてきたのだから,これ以後それを折り返すくらいまでの期間、これが保存されて行くことを希望したい。
これで一応立春と立秋が石棒で示されていたのだろうということは間違いなさそうです。
来年の快晴時の観測を待って結論を出したい。


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