共 結 来 縁 ~ あるヴァイオリン&ヴィオラ講師の戯言 ~

山川異域、風月同天、寄諸仏子、共結来縁…山川の域異れど、風月は同天にあり、諸仏の縁に寄りたる者、来たれる縁を共に結ばむ

何とか無事に

2018年07月08日 23時20分21秒 | 音楽
今日は墨田区民交響楽団の定期演奏会本番でした。

前回の公演後、紆余曲折あって活動を休止してから一年半の年月を越えて、全体の8割以上が新メンバーの体制で迎えた本番でした。ここに至るまでには旧メンバー、特に女性メンバーの力が強く働いたようで、そのことについては打ち上げの席でもその紆余曲折の一旦が公開されていました。

今回のプログラムであるモーツァルトの歌劇《劇場支配人》序曲、ハイドンの交響曲第104番《ロンドン》、モーツァルトの交響曲第41番《ジュピター》という3曲は、前回公演後に次回の演目として発表されていたものをそのまま踏襲したものでした。しかし、さすがにハイドンとモーツァルトという古典派の両巨匠の晩年の作品ということで、かなり大変だったことは事実です。

特に《ジュピター》は終楽章の複雑に絡み合うフガートが大変で、ちょっとでも

『…あれ?』

なんて考えようものなら、あっという間に見失ってしまう一瞬たりとも気の抜けない曲なので、演奏後にはグッタリしてしまいます。ましてや今回は、第一ヴァイオリンと第二ヴァイオリンとが指揮者をはさんで睨み合う『対向配置」という古典派コンサートならではの舞台配置を初めて試みたということもあって、

『さて、どうなるかな?』

と思っていたのですが、いざ始めてみるとこれがなかなかいい感じに進んで、非常に心地よく音楽が進んでいくのが分かりました。やはり、楽器の配置にもそれなりの意味があるのだ…ということを、改めて実感させられたことでした。

あと、今回特に感じたことは

『命令系統はひとつでいい』

ということです。

以前は練習中にも割りと闊達な意見交換があったのですが、闊達過ぎて、いわゆる

『船頭多くして舟山に登る』

状態だったのです。特にコンサートマスターだった人物が、その立場をいいことに指揮者を遮ってまで大きな声で悪口雑言の言いたい放題を言い放つという、ある種の恐怖政治を布いていた最悪の状態だったのですが、新体制になってからはそうした歪んだ構造は無くなって指揮者の指摘がスムーズにオケに伝わるようになりました。これは、このオーケストラにとって一番大きな変化ではないかと思います。

様々な紆余曲折を経て再スタートを切ったばかりなので、暫くは以前のように年二回公演とはいかないようです。一年半のブランクを挟んだことを考慮すれば、それももっともなことです。ただ、折角再始動したわけですから、私も微力ながらお役に立つように関わっていけたらと思ったのでありました。
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