OUR HOME ISLAND - いおうとう(硫黄島)

戦前に在住していた島民が、戦後の小笠原返還後も故郷に帰ることが許されていない硫黄島についての情報発信をいたします。

2012年、小笠原村、硫黄島への慰霊、墓参の旅(53) 天山慰霊碑の入り口あたり

2013年04月19日 | 硫黄島・小笠原村
この写真は、硫黄島の天山慰霊碑への入り口のところにある池に咲いていた花です。 天山慰霊碑は丘の上にあります。そこに上る坂の道が整備されていて、坂の始まる部分の両側には水が引かれて池になっています。池の上に咲いていた花の写真を撮りました。硫黄島をきれいに整備しておいていただけることは、嬉しいことです。
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2012年、小笠原村、硫黄島への慰霊、墓参の旅(52) 北観音 の 平和祈念の碑

2013年04月18日 | 硫黄島・小笠原村
硫黄島には、北観音と南観音があります。北観音には、マリア観音愛馬の碑など、があります。この写真の「平和祈念の碑」も、北観音にあります。この碑を、私が写真に撮ってこのブログで紹介をするのは初めてです。兵士として硫黄島に派遣されて犠牲になられた戦没者の遺族の皆様を中心とする硫黄島教会が平成五年に建立した碑です。硫黄島協会は、島内にたくさんの戦跡碑を建てて下さっています。
この碑の全文をご確認いただける写真は、「硫黄島写真館」http://sk-photo.main.jp/ioujima/main.html の「北観音」の所に掲載していただいております。
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2012年、小笠原村、硫黄島への慰霊、墓参の旅(51) 北観音

2013年04月17日 | 硫黄島・小笠原村
ここは硫黄島の北観音です。このように開けた場所にいくつかの観音様と碑があります。
この写真にも写っているように、自衛隊の方が、それぞれの場所に着くと解説をして下さいます。バスで移動して、見学する場所に着いて、集まると説明を開始してくださいます。
これまでにもいろいろな方の説明を聞かせていただいています。皆さん、熱心で、分かりやすく説明をして下さいます。何年か交代で担当して下さいます。2012年に説明をして下さった方は、説明が上手で分かりやすくて、これまでのどの方も上手で素晴らしかったですが、とりわけ良かったです。その方は、本当は前年の2011年が初めての説明担当という予定で準備を始めてくださっていたところ、9月への延期になり水不足で上陸できなくなったことで説明の出番がなくなり、一年後の2012年に初めての説明だということで、気合十分、念入りに準備して説明をして下さったというお話でした。
それぞれの場所の説明は、前任の先輩説明者から引き継がれた内容が中心で、そこに、本門した私どもの一行の中に含まれる戦前在住した大先輩の話なども入れたりしながら、エピソードを含めて説明をしてくれます。本当にためになります。  
これからは時間の経過で、戦前の島の様子を知る人が減っていくのは、どうしようもないことなので、「語り継ぎ」が、ますます、大事になってくると思っております。
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2012年、小笠原村、硫黄島への慰霊、墓参の旅(50) 栗林壕の中の写真です。

2013年04月16日 | 硫黄島・小笠原村
玉砕の直前まで司令官の栗林中将がいたと言われている、壕の中の部屋の写真です。この壕は、兵団司令部壕で、栗林壕と呼ばれることもあります。それほど大きな部屋ではありませんが、壕の中としてはかなり広い部分で、他の部分とは違ってかなりの高さがあります。
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2012年、小笠原村、硫黄島への慰霊、墓参の旅(49) 壕の中の写真です。

2013年04月15日 | 硫黄島・小笠原村
壕の中の写真です。この写真の地点は、まだ壕に入ったばかりの場所です。中には分岐がいくつもあったり、下っていたり別の出入り口につながったりなどしています。少し入ると地熱もあって暑い壕が多いです。
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2012年、小笠原村、硫黄島への慰霊、墓参の旅(48) 壕の入り口付近の写真です。

2013年04月14日 | 硫黄島・小笠原村
壕の入り口付近には、ここにあったヘルメットなどが、並べてあります。壕は上下の構造も含めて非常に複雑な構造になっているものが多くあります。私たちが入って見ることができるのは、ごくごく入り口に近い部分だけです。
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2012年、小笠原村、硫黄島への慰霊、墓参の旅(47) 壕の入り口の写真です。

2013年04月13日 | 硫黄島・小笠原村
昨日は、当ブログへのアクセスの和が、いきなり急増しました。阿部首相たち一行の訪島のニュースがあったために、「硫黄島」などでキーワード検索が増えたためだと思われます。

引続き昨年に行った時の写真の紹介を続けます。


硫黄島には、数多くの壕があってぞれぞれが地下でつながったりしています。訪れた私たちが見学できるように出入り口付近を整備したり、発電機からケーブルを引いてランプで明るくしてくれていたりする壕もあります。ほとんど、毎年、医務課壕と栗林壕の中に入って見学をしています。2012年には、他に、二つの壕に入って中を見ることができました。壕の出入り口も島内のいたるところにあります。
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2012年、小笠原村、硫黄島への慰霊、墓参の旅(46) 上陸地点から撮影した停泊中の小笠原丸です。(2)

2013年04月12日 | 硫黄島・小笠原村
これも、硫黄島二日目の上陸後に、上陸地点から撮影した小笠原丸と摺鉢山の写真です。前回の写真とほとんど同じですが、ズームして尾が沢丸をアップにしてみました。毎年、同じような写真を撮影して、このブログでも紹介していますが、この角度、摺鉢山と小笠原丸が入っている写真は、大好きです。
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2012年、小笠原村、硫黄島への慰霊、墓参の旅(45) 上陸地点から撮影した停泊中の小笠原丸です。(1)

2013年04月11日 | 硫黄島・小笠原村
この写真は、2012年の硫黄島訪問の二日目に、再び、硫黄島に上陸した直後に、上陸地点から撮影した停泊している小笠原丸です。前日に、祈念館に宿泊できずに小笠原丸に戻って船内で一泊しましたが、天候、海の具合が回復して、二日目も上陸できることに決定したとのアナウンスが早朝に流れて、急いで準備をして、上陸をさせてもらった直後です。かなり左右方向に揺れていましたが、無事に上陸することができました。
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2012年、小笠原村、硫黄島への慰霊、墓参の旅(44) 釜岩付近の上陸地点の写真です。

2013年04月10日 | 硫黄島・小笠原村
これも、小笠原丸から撮影した写真で、ズームして釜岩近くの上陸地点を撮りました。この地点のこの写真で見て左側が、前回載せた写真の課釜岩で、右側が沈船群のある海岸線になります。
上陸地点側にもフローティングがあり、この写真にも見える艀が、そこまで載せていってくれて、横付けしてくれます。小笠原丸側のフローティングのようには上下動がないので、上陸側に飛び移る方が楽です。この写真にもありますように、上陸側も聖地、整備をして準備をしてくれています。上陸地点からは自衛隊のマイクロバスで移動します。


前回の記事に、コメントをいただきました。縁があって震災後にたびたび行っている宮城の亘理郡亘理町の高校生の方からのコメントです。若い世代の方が、硫黄島にご興味を持っていただけて、当ブログをご覧いただけて、本当に嬉しく思います。ありがとうございます。
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