出雲市(旧平田市)坂浦町の佐香コミュニティセンターの、1kmくらい手前から昇っていく道があります(『立石神社』という表示板があります)。
地元の人は『たていわさん』という愛称で呼んでいるそうで、約30件ある氏子の姓の半分が『立石(たていし)』さんだそうです。
入口
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出雲の国風土記に「神名樋山、郡家の東北・・(略)・・頂の西に石神あり。高さ一丈、周り一丈なり。・・(略)・・いわゆる石神は、即ち是多伎都比古命(たぎつひこのみこと)の御託なり。旱(ひでり)に当たりて雨を乞う時は、必ず雨降らしたまう」とあります。
多伎都比古命が産湯を使ったという長ナメラの滝があり、そこは大旱(かん)ばつにも、涸(か)れたことがないとの言い伝えもあるそうです。
昔、金築人麿呂、金折佐一郎たちで雨乞いの祈祷をした。その時の御幣を持って雲見峠まで雨を迎えに行くと、必ず雨が降ってきた。
(以上 「郷土史さか」より抜粋)
石神とは立石神社のことで、神社の名は「たていわ」、地区名は「たていし」です。
縄文時代の人々は岩石・巨石を神そのもの、または神が宿るものとして信仰し、後に「石神」とか「立石(たていわ)さん」などと呼んでいたそうです。この地もこの名残りなのかもしれません。
ここ、『立石神社』も、本殿どころか鳥居もなく、山の中に7~8mの巨岩が2個対になって並んでいて、木と木の間に縄が渡してあり、お祈りの場所に数本の1m位の竹(御幣)が立っているだけです。
出雲国風土記には399の神社が記載されており、これは大和・伊勢に次ぐ数の多さですが、その大半は岩にしめ縄を飾っただけのものでした。
その後地元住民の手により、ほとんどの神社に社が作られましたが、この立石神社は風土記の時代そのままの姿で今に至っている数少ない神社です。
多伎津比古命は大国主命の孫で、この地で生まれ幼い頃を過ごしたと云われ、近くに産湯をつかった滝壺等があるとされていますが、今ではそれが何処か地元の人にもわからないそうです。
古のままの『石神』の形態を残した『立石神社』。ここのエネルギー場も良かったですよ。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/07/48/dc76ae158cc091d22eb18d5e44688b00.jpg)
小伊津へ下りる途中
三津方面
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出雲の国風土記に「神名樋山、郡家の東北・・(略)・・頂の西に石神あり。高さ一丈、周り一丈なり。・・(略)・・いわゆる石神は、即ち是多伎都比古命(たぎつひこのみこと)の御託なり。旱(ひでり)に当たりて雨を乞う時は、必ず雨降らしたまう」とあります。
多伎都比古命が産湯を使ったという長ナメラの滝があり、そこは大旱(かん)ばつにも、涸(か)れたことがないとの言い伝えもあるそうです。
昔、金築人麿呂、金折佐一郎たちで雨乞いの祈祷をした。その時の御幣を持って雲見峠まで雨を迎えに行くと、必ず雨が降ってきた。
(以上 「郷土史さか」より抜粋)
石神とは立石神社のことで、神社の名は「たていわ」、地区名は「たていし」です。
縄文時代の人々は岩石・巨石を神そのもの、または神が宿るものとして信仰し、後に「石神」とか「立石(たていわ)さん」などと呼んでいたそうです。この地もこの名残りなのかもしれません。
ここ、『立石神社』も、本殿どころか鳥居もなく、山の中に7~8mの巨岩が2個対になって並んでいて、木と木の間に縄が渡してあり、お祈りの場所に数本の1m位の竹(御幣)が立っているだけです。
出雲国風土記には399の神社が記載されており、これは大和・伊勢に次ぐ数の多さですが、その大半は岩にしめ縄を飾っただけのものでした。
その後地元住民の手により、ほとんどの神社に社が作られましたが、この立石神社は風土記の時代そのままの姿で今に至っている数少ない神社です。
多伎津比古命は大国主命の孫で、この地で生まれ幼い頃を過ごしたと云われ、近くに産湯をつかった滝壺等があるとされていますが、今ではそれが何処か地元の人にもわからないそうです。
古のままの『石神』の形態を残した『立石神社』。ここのエネルギー場も良かったですよ。
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