そう考えると、中国人の“情報周辺者”への対応というのは、実に悩ましい。

 オーストラリア当局としては、目下ASIOとオーストラリア通信局(ASD)、国防情報部の

主導による精鋭情報特別ワーキンググループを設立し、外国(中国)の浸透工作、諜報活動などの

国家安全上の脅威を疑似戦争状態と仮定して対応するための準備をしているという

(オーストラリアン紙12月2日付)。ASIOはオーストラリア連邦警察(AFP)と情報を共有して、

機密情報保護の機能を強化し、情報周辺者と目される怪しい人物を洗い出し、ひそやかに国外に

退去させるという。このために9000万豪ドルの初動資金が準備されたとも伝えられている。


 王立強がスパイでなくとも、中国が民間人を使ってオーストラリアの政治に干渉し、

メディアを操り、世論誘導しようとしていることは事実。それを防ぐ機能を、現行法の枠組み内で

整えるためには、オーストラリア社会の中国に対する警戒感を呼び覚ますことが必要だ。

その意味では、王立強事件は効果があったと言えよう。


中国の情報戦に脅威を感じ始めた西側社会

 オーストラリアの状況は、実は日本にとって対岸の火事ではない。東京には中国人の

“情報周辺者”が数えきれないほど存在すると言われている。かといって彼らを「スパイ」として

逮捕できる法的根拠はない。もしも逮捕しようとすれば、大学や財界からすれば優れた中国人留学生や

中国人投資家、企業家らを失うことにつながり、学問の自由や経済の活性化にマイナスとなるとの

反発も起こるかもしれない。


 だが、北海道大学教授が日本人スパイとして捕まったこと(のちに釈放)や、伊藤忠の社員が

スパイ容疑で懲役3年の判決を受けたことなどからもわかるように、中国では日本の学者や

ビジネスマンが大した根拠も示されないまま“スパイ”として逮捕され、日本の反応や交渉条件によって

解放されたり懲役刑を科されたりしている。


 日本はこうした理不尽で不当な逮捕への対抗手段を持たない上に、政権や国会では今なお

2020年春の習近平国家主席国賓訪問を成功させることを重視する意見が強い。これは、やはり

中国の“情報周辺者”の世論誘導、政治浸透の影響力の成せるわざと言えるだろう。


 香港問題に対する米国および西側社会の反発、新疆文書の相次ぐリーク、そして王立強事件など

最近の一連の出来事は、私は根っこがつながっていると思う。西側自由主義社会が中国の政治浸透、

世論誘導にはっきりと脅威を感じ始め、1つの問題が他の問題の暴露や覚醒を連鎖的に引き起こして

いるのだ。


 世界に起きている自由主義の価値観を守ろうという動きの中で、日本だけがぼんやりしていて

いいのか、ということをオーストラリアの変化を見ながら、今一度、政界や財界、学界の人たちに

考え直してほしいところだ。