世界メディア・ニュースとモバイル・マネー

世界のメディアから、「バーチャル・マトリックス・タイムマシン」に掲載するために集めた面白そうな情報を紹介します。

スペインの画家ホセ・デ・リベーラが生まれた。

2020-01-13 00:03:27 | 人物

 

ArtDailyは2020年01月12日に、スペイン明暗対比画法のバロック期のスペインの画家で版画制作者であったホセ・デ・リベーラ(José de Ribera/ジョゼップ・デ・リベラ/Josep de Ribera/1591 - 1652)は、画家であった父親のシモン・デ・リベラと(Simón de Ribera)と最初の妻で、ホセ・デ・リベーラの母親マルガリータ・クコ(Margarita Cucó)の間で、1591年01月12日にスペインのシャティバ(Játiva/サティバ/Xàtiva)で生まれ、1591年02月17日に、サンタテクラ(Santa Tecla)教会で洗礼を受けたと報告した。

 

https://time-az.com/main/detail/62846 

 

ホセ・デ・リベーラは、若い頃にイタリアに移転し、1613年に、ローマでサンルーカスのアカデミー( l'Acadèmia de Sant Lluc.)に入学した。ローマでは、1615年04月から1616年03月までサンタ・マリア・デ・ポポロ(Santa Maria de Pópolo)のマルガッタ通り(Via Margutta)に未知の画家と「フラメンコの家(casa del flamenc)」に住んでいたことが、教区に記録が残っている。しかし、彼が稼いだ以上に支出し、借金を負って、彼がナポリに去ることを余儀なくされた。そして、その後、生涯の大半をスペイン副王の支配下にあったナポリで過ごして、ついに母国に帰ることはなかった。

 

彼は、また、彼の同時代人の作家にローロスパニョレット(Lo Spagnoletto/小さなスペイン人)と呼ばれていた。

 

彼の円熟した作品すべてはイタリアで描かれたけれども、ホセ・デ・リベーラは、スペインの学校の主要な画家であった。

 

また、1652年09月02日に、イタリアのナポリで死んだ時は、ジュゼッペ・リベーラ(Giuseppe Ribera/Jusepe Ribera/ )として知られていた。

 

この当時、本をイタリアで出版する時は、スペイン王の許可が必要であった。

 

今回公開された絵は、ホセ・デ・リベーラによる1632年頃のあまり有名では無い作品でセント・ジェームズ(Saint James)である。

この記事についてブログを書く
« 2019年11月の香港区議会選挙... | トップ | 2019年の韓国輸入車、3年ぶり... »
最新の画像もっと見る

人物」カテゴリの最新記事