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世界のメディアから、「バーチャル・マトリックス・タイムマシン」に掲載するために集めた面白そうな情報を紹介します。

墜落機F35で、防衛相と国防長官代行が会談し、米国が深海捜索船を派遣。

2019-04-21 17:43:55 | 調査


毎日新聞は2019年04月20日に、岩屋毅(Takeshi Iwaya)防衛相は2019年04月19日午後に、パトリック・シャナハン(Patrick Michael Shanahan)米国国防長官代行とワシントン郊外の国防総省で会談したと報告した。

https://time-az.com/main/detail/68228

航空自衛隊の最新鋭ステルス戦闘機F35Aの墜落事故を受け、機体捜索と原因究明に向けた協力で一致し、岩屋毅防衛相は会談後、米国側が墜落現場である青森県沖の太平洋に深海捜索船を派遣することを記者団に明らかにした。

岩屋毅防衛相は会談で、自衛隊と連携し、機体の捜索活動を展開した米軍に謝意を表明した。「日米の絆を一層、強固にする」と述べた。

記者から中国による機体回収の可能性を問われ「しっかり監視しながら捜索活動を続けている。その可能性はない。」と語った。

もし、その領域に、ロシアか中国の潜水艦やサルベージ船を察知したら、攻撃するのだろうか?



樺太の新聞『ソビエツキー・サハリン』の取材でサハリン州公文書館から公開された資料によると、ソ連は樺太に続き北海道北部を占領するため狙撃部隊2個師団による留萌への上陸作戦計画を立てていた。

この作戦の前哨としてL-19潜水艦(コノネンコ艦長)、L-12潜水艦(シェルガンツェフ艦長)の2隻は上陸予定地である留萌付近海上で偵察と護衛の任務に就いていた。

作戦後、L-12潜水艦はウラジオストク軍港に帰還したが、L-19潜水艦は礼文島沖での通信を最後に行方不明となった。

旧ソ連軍の公式記録では「L-19潜水艦は1945年8月23日、宗谷海峡にて機雷により沈没、乗員は全員戦死」となっている。樺太南方沖の二丈岩付近で沈没したと思われるが、沈没の原因については第二号新興丸と交戦した時の損害とも言われ、判然としない。

1945-08-22---終戦後、樺太からの引揚げ船3隻がソ連の潜水艦の雷撃で沈没。
1944-08-22---沖縄からの学童疎開船「対馬丸」を米国潜水艦が撃沈!約1500人死亡。

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