卆寿の旅

平成30年8月3日、満九十歳 卆寿になり、「八十路の旅」を「卆寿の旅」にタイトルを変更し、徒然なるままに記します。

至福

2018-01-12 16:53:29 | Weblog

<「至福のひととき」が変わる>

  私は無類の風呂好きである。およそ365日、毎日風呂に入った。首まで湯につかり、無念無想をきめこむと、心の底から生きている喜びを感じた。ブログにも、たびたび「至福のひととき」と記している。カゼは引きかけたときに、風呂に入る。でも長風呂はダメ。さっとあがって、体をふく。・・・一日の仕事を終わり、寝る前、10時頃に、風呂に入った。

  風呂は井戸水からポンプで吸い上げ、瞬間湯沸かし器で沸かす。それは家を改築した昭和45年頃から続いている。もちろん、ポンプや湯沸かし器は、何度か新製品に取り換えた。

  井戸水を使っているのは風呂だけで、炊事洗濯など、すべては市の水道水である。離れの倅夫婦の家は、もちろんすべて市水道。まあ、井戸水を使っているのは、わが家の風呂と、前の畑(1号田)などの水やりである。

  さて、風呂に入り「至福のひととき」を味わい始めたのは、無農薬で自給自足の野菜作りを本気でやり始めたときである。古希を過ぎてからだろう。70才台は実によく働いた。手、足、膝、腰などフル回転。そして、風呂に入って、「至福のひとときを」を味わう。80才代は、肉体労働はかなり減少したが、それでも風呂で癒せた。

 ところが米寿を過ぎた頃より、時々長風呂は体に良くないことに気が付いた。夏場はそれほどでもないが、特に冬場は、体温の変化が激しいので、ちょっと体に異常を感じ始めた。

  つい、この間、70才になったばかりの青年(私から見れば)が、風呂から上がり、その場で倒れ、亡くなった。大変身近の話で、無神経な私の頭のシンにピクリときた。「風呂は危険だぞ!」

  それ以後、入浴の際は、家内ともども「ただいまから風呂に入ります」と、申し合わせて、入浴を楽しみ、私は「至福のひととき」を味わった。あまり長風呂になりそうだと、「あなた、生きとってですか?」と、扉を開けて家内が笑った。

  ああ、その笑いは今はない。私が全くの一人で、風呂を沸かし、風呂に入り、温まる間もなく、さっと上がって、さっと着替える。冬の季節の風呂は、脱衣場と風呂の温度が違うので危険との話。・・そうです。年末に、2回ほど、頭がクラクラしたことがあった。

  いまや、風呂で「至福のひととき」を楽しむことはできなくなった。風呂場にタオルを持ち込み、風呂場で体を拭き、脱衣場へでる。暖房はしているが、さっとパジャマに着替えて、そのまま、居間のベッドに横になる。飲み物を飲みながら、テレビをみる。・・いまは、その時が「至福のひととき」といえよう。

  どっこい、生きてるぞ、と感じる瞬間だ。・・寝る前に、もう一度、部屋の隅々、電源、スイッチの点検、水道栓、ガスなど、人差し指で、いちいち「これで良し」と確認して眠りにつく。(そやけど、ストンとは寝られないのだが)

  この人差し指の動作は、何故かプラットホームの駅長さんの姿を連想してならない。


<むちゃくちゃに働いたぞ>

  1月11日、朝から快晴。でも寒さは厳しい。午前8時ごろ、一面に霜がおりていた。

  「よし、今から、ダイコンの保存、ハクサイの収穫をするぞ」、独白。天気予報では、土曜日にかけて寒波襲来、雪害あり、と報道されていた。「天気よし、今のうちや」と思うのは人情。

  老齢、独り身、なんのその。完全武装して田んぼにでた。・・まずは2号田のダイコン20数本。畝の土にいけた。(近所の人に、ダイコン、ハクサイ、カブラなどを献上した。カブラは大好評。)

  午前10時ごろから昼までの、約2時間をダイコン保存。午後2時から午後4時ごろまで、約2時間でハクサイの収穫。納屋に持ち運んだ。

  午後4時ごろ、急に疲れがでたのか、疲労困憊。・・ともかくベッドで横になった。その時は「ムリをしたな」と自嘲。でも爆睡。午後6時ごろ、目を覚ますと、腰の痛みが消失。ともかく寝るこっちゃ、と思いながら、ムリは絶対ダメと自分を戒めるジロ爺さんである。 

☆ダイコン保存用の穴掘り。1月11日、午前10時写。・・上下防水用の作業衣を着用、膝にサッポッターをして、完全武装。スコップと鍬を使用。

 

☆(左)25本のダイコンを穴に寝かせる。葉っぱは5cmぐらい残して切る。(10cmという説もあるが、あまり大差はない)1号田の漬けもの用のダイコンも、一緒に保存。5,6本は近所の人に分ける。11:30写。

☆(右)土をかぶせ、もみ殻を上からかぶせて保存終了。3月までもつ予定。(凍てとスが入るとダメ)もう少しもみ殻をかぶせる必要あり。11:40写。・・午後2時ごろから、隣の寒冷紗のハクサイも、全部収穫した。そしてダウン。

 

☆(左)1月11日、午前9時、霜がおりた庭先のサツキの葉。ちょうど陽が射し、きらめいていたが、撮影に失敗。結晶がうまく取れなかった。深呼吸は十二分に実施。

☆(右)1月11日、午後2時から4時ごろまで、1号田、2号田のハクサイを全部収穫した。40個近くあったと思う。今年のハクサイは、少し小ぶりだが、まあ、こんなものだ。10個ほどは近所に配る。・・そして、体に異常を感じて、這う這うの体で、コタツに入り睡眠。・・・目を覚まして時計を見ると6時過ぎだった。

 

<食生活が生きる基本だ>

  倅夫婦がともに働いているので、毎日は一人暮らしだ。だいぶん慣れてきたが、時としてそっと寂しい風が吹く。仕方がない。

  それにしても、倅の嫁は大変だと思う。朝ごはんの世話をし、掃除洗濯(離れ)を済ませて働きに出る。仕事を済ませて帰宅するのは7時ごろになる。わが家の炊事場で夕食の準備をして、3人で夕食をする。それが月から金までのパターン。兼業主婦というのだろうか。昔から主婦業は大仕事。育児・食事だけでも大変であるが、男性並みの仕事をしながらの主婦の仕事をこなすのは、言葉では表現できないほどの多忙。

  しかし、ここ10年程前から、昼食は「調理済み惣菜」が宅配されるようになって、少しは嫁の負担も減少しただろうか。いまは、私一人が宅配昼食をいただいている。したがって、ご飯ごしらえは、殆どしなくていい。でも、洗濯、食器洗いなど、後かたずけは、私がきっちり実行。

  今から思うと、嫁と姑は犬猿の仲だというが、ウチの場合、二人が言い争った姿を見たことがなかった。何でも、二人で仲良くやっていたようだ。どちらも「えらかった(賢い)」と思う。

  一人になって、やっぱり生きる基本は食生活にあるとしみじみ思う昨今である。

 

☆(左)1月11日、昼食・「宅配惣菜」(豚肉炒めとサラダ)。大根おろしとタクワン漬けは私の料理。ご飯は7分。完食。

☆(右)1月12日、昼食・「宅配惣菜」(八宝菜と春巻き)。大根おろしと左はカブラ漬け(べんりで酢使用)は私の料理。ご飯は7分。勿論、完食。 

  まあ、昼ご飯は、大体こんな調子だ。一人で箸をうごかすのは寂いいぞ。でも、しゃない。(仕方がない)

 

<やっぱり雪が降った>

  1月14日、朝起きると雪が積もっていた。2cm程度。このぐらいの積雪は、田畑にあまり影響はない。雪は午前中に溶けた。朝の内は陽が射したが、午後は曇りで、雪模様。

  1月14日、倅の嫁が作ってくれた朝ごはん(パン、豆乳、リンゴ)を、いただいた。朝食は、退職後、20数年、大体、このような状況。・・・11月14日、朝までは、ほとんど毎日、家内の手作りだった。・・(でも、時々、味噌汁とご飯の場合もあったことを付言)

  午前9時ごろに、新聞を取りに行く。それから、洗濯機を回す。乾燥までは午前中を要する。手間はまったく不要。全自動の おかげ。朝食の後片付け・皿洗いなどを実行。(時々、ヒーターに灯油を入れる)・・パソコンを開いて文書の整理。すぐ、昼になる。結構忙しい。

  午後は必ずチャンバラ劇を観る。午後3時ごろ、余力があれば畑仕事。まあ、今のところ余力はない。ぶらぶら、うろうろしながら、ブログのキイをたたき、晩御飯をいただき、午後7、8時ごろからはテレビを観て、午後10時に、風呂の準備をして、風呂に入り、まあ、午後11時ごろには眠りにつく。・・そんな日がいつまで続くのか?
  できるだけ、ぶらぶら、うろうろすることだけは心がけようと思っている。
   ジロ爺さん!今朝の新聞の見出しに、「一流の老人」という本が出ていますよ。いやあ、ワシや「三流の老人」やがな。・・・近く、山崎武也著「一流の老人」を求めに、本屋に行きますよ。

☆1月14日、午前8時、サッシ窓から積雪の裏庭を撮った。これで3度目かなぁ?  いつもの景色である。

 

☆1月14日の朝ごはん。本日は豆乳・ブドウ入りの食パン・夜間瀬のリンゴ。 黒いのは黒ニンニク(農作業を手伝ってくれるKさん作)。一日、1個~3個いただく。健康食だ。

1月14日、朝9時ごろに作動させた全自動の洗濯機。まったく、スイッチ2回の操作で、洗い、乾燥までしてくれる。勿論、取り入れや、洗濯機のつまりものの掃除などは、ジロ爺さんの仕事。

<一流の老人>

  1月14日、午後3時ごろ、篠山市内の最大店舗:T書店に軽自動車を走らせる。新聞で山崎武也著「一流の老人」を求めにいった。予想の通り、本はきていなかった。店員さんが「お取り寄せになれば、17日にきます」との言葉。ちょっと迷ったが、申し込んだ。(1188円税込み。アマゾンで頼むと、送料、手数料などなど、、1500円~1600円ぐらいになる)

  1月17日、午後12時10分、T書店より本の入荷の知らせ。・・たまたま、17日、午後3時よりO歯科の定期健診(3カ月に一回)があり、午後2時30分頃立ち寄って、手に入れた。

  歯科での待ち合わせ時間、パラパラめくり読みした。まあ、品行方正、学力優等生の書かれた本であることは間違いなかった。一流の老人の文章であった。本当にその通りと思いながら、なぜか心に響いてこなかった。なぜだかわからない。多分、わが輩が「三流の老人」だからだと思う。

  

☆「一流の老人」・・表紙も模範生のような本。{‥部屋は物置ではない。老人は死して写真を残さず。・・タメ口は禁句。・・}など、ちょっとついていけない。{・・老人こそ密かなおしゃれを・・。・・老人の自慢は聞くに耐えない。・・}と、うなづける部分もあった。  まあ、もう一度、再読して、詳細の感想文はあとで詳述。

☆O歯科の階段。手前が電動式昇降機。 昨年、11月10日、家内がこれに座って、下りたことを思い出した。今や、家内の姿はどこにもない。やっぱり死んだら「無」「空」なのかなぁ?


<あの時の1月17日>

  勿論、平成7年(1995年)阪神淡路大震災の日。神戸が燃えた。長女夫婦、子供3人が六甲鶴甲に住んでいた。公衆電話から、やっと無事との知らせを受けた。しかし、テレビに映し出される神戸の街筋を眺めながら、戦後築き上げてきたものが、一瞬のうちに灰と化してしまう現実に直面。私は長い間忘れていた、戦争で焼け野原と化した、昭和20年の神戸の街を思い出した。そう、そう、1995年は世紀末の時代、何が起きるか解らない不安定な時代だった。
  地球がゆれたとき、当時神戸に住んでいた人々は一瞬、「この世の終わりがやってきた」と、みな思ったそうだ。しかし、そこに繰り広げられた、人々のボランティアの活動が、すべての不安を吹き飛ばした。
  私も自家用車に水や食料をいっぱい詰め込んで、神戸の街に車を走らせた。裏六甲の山あいに浮かんだ、月の青い光が、今も鮮明に網膜に残っている。

<西紀温水プール>

  O歯科からの帰路、久しぶりに西紀運動公園(スイミングスクール)に立ち寄った。公園の中に温水プールがある。この建物も2000年篠山市誕生の落とし子である。
  私の70才時代は、よくこのプールを活用した。一つは、孫たちがプールの教室に通っていたから、送迎ついでに参加したというのが実情。・・今一つは高齢者は何かと特典があったからだ。プールで歩くだけで、健康に良いと評判だったが、私は今一つ水になじめなかったのが真実

 

☆温水プールの建物と内部。ガラス張りである。1月17日、午後4時30分、子供たちの教室も終わり、プールは閑散としていた。・・椅子に腰かけ、しばらく、漠然と物思いにふけった。空模様が怪しくなり、すべてが灰色になった。

<念願の防獣(山猿)電気柵機材が来た)

  村の役員をしている倅からの報告。3年前から篠山市に依頼注文していた電柵機材が到着。20日に説明を受けて、いよいよ防獣網で囲っている畑が、電柵に代わります。

  そもそも、この話は3年も前から、私が一人で走り回って、申請条件、一集落で3軒以上の同意を取り付け、農会役員から申請していただいたもの。・・やっと、申請条件が通り、電柵資材(一割負担)が、来たわけだ。

  さあ、大変だ!今囲っている防獣網を、撤収しなければならない。勿論、わが家の3人ではできない。しかも業者に依頼してはいけないそうだ。隣近所、親類の人に応援してもらっての設置はOKだそうだ。結局、申請した集落単位でやってくださいというわけだ。

  18日、午前、午後2時間ほど、撤収作業をしたが、ご老体では絶対ムリ。結局、19日、朝からコメを作っていただいている親類のKさん夫婦に来ていただいた。まず、やり始めていた2号田(一番広い畑)と、1号田の猿除け網撤収をしていただいた。吾輩は、もっぱら、竹や杭などの廃材燃やしを担当。・・それでも午後5時ごろには、ダウン寸前。

  おかげで、2号田、1号田の撤収作業は完了した。あとは3号田だけとなった。

 

☆(左)1月19日までの2号田の状況。猿除け網できっちり囲んでいました。

☆(右)1月19日、午後1時30分の2号田。猿除け網を見事に撤収。大変だぁ。

   

☆(左)1月19日までの1号田の状況、見事に猿除け網で囲っていました。それでも山猿は侵入した。

☆(右)1月19日、午後4時30分の1号田。9分9厘、撤収完了です。

 

  

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6 コメント

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かっこいい!! (Matsnao)
2018-01-13 09:41:11
こんにちは!
毎日寒いですね。
Jiroさん復活!!!
かっこよくて頼もしいです。
お身体をいたわりながらお気張りやす。
naomi
ミソギ (jiro)
2018-01-13 14:41:02
Matsnao様
頑張っていますよ。
貴方のようにミソギとはいきませんが
朝日を浴びて、深呼吸をしながら、祈りを捧げます。
至福のひとときです。
少しずつ、前を向いて進行中です。
同居は宜しいなー (白髪のモコ)
2018-01-15 23:10:48
棟はちごても、同居はよろしいなー
ご馳走もして貰えるし
先生の食事の事を思うとモコのは
まあお粗末すぎで写真にはとても写せません
洗濯器干す世話無いのが羨ましいです
両手離して干すのが怖いのですよ
年下でもさっぱりです
感謝 (jiro)
2018-01-16 10:05:04
モコ様
一人暮らしのモコさんは、えらいと思います。
でも、子供や孫がいらっしゃるので、盆、正月などはにぎやかでしょうね。
何とか一人暮らしに慣れてきました。
でも、ムリをすると体にこたえます。適当にムリをするのが難しいです。
でも、冬はコタツのお守りが一番です。
こころで合掌の毎日です。
あたたくなれば、また、お邪魔します。

初めまして! (けい)
2018-01-18 15:12:57
1930生のおbabaでございます
歳の近さに親近感を持ち立ち寄らせて頂きました
お一人で明るく頑張るお姿を応援をこめて。。。
私はまだ現役主婦90歳になる夫(大食漢で元気)
に仕えて日々食事作りに掃除洗濯と文句を言いながら
生きています。ストレスがたまると一人旅にでかけて
英気を養っています。
兵庫、大阪に姉二人姪、甥がいますので阪神震災も
見ています。 ただ生きるだけでも歳をとると
大変です 命尽きるまで明るく頑張りましょう
ごきげんよう! URL入れますと投稿ができません
ので無しで投稿します
親近感 (jiro)
2018-01-19 09:52:32
けい様
始めてのコメント、楽しく読みました。
何といっても同年代、それにご主人様が大食漢だそうで、よけいに、親近感を覚えました。
年の割に、若く見せて頑張っています。いつまで持続するかは、極めて不明。
今後とも、よろしくお願いいたします。

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