卆寿の旅

平成30年8月3日、満九十歳 卆寿になり、「八十路の旅」を「卆寿の旅」にタイトルを変更し、徒然なるままに記します。

無理

2019-08-12 16:43:25 | Weblog

 

<無理の無理> 

  この頃、「無理」について、考えることが多くなった。

  真夏、日中の畑仕事は、完全にムリのムリ。朝早くやればいいのだが、早起き出来ないわが輩にはムリのムリ。午後6時過ぎ、少し太陽の光が和らぐ。仕事着に着替えて、防虫帽を被り、除草作業をしようと、外に出るが、やっぱり、ムリのムリ。・・それでも、シルバーカーに座って一息入れ、畑に入る。・・10分~20分・・ムリを承知で汗を流す。・・でも、時として身の危険を漠然と感じる。後片付けはそのままにして、家に入り、ベッドで天を仰ぐ。

  そんなにしてまで、働かなくてもいいのではないか?トシがトシ。91才の誕生日を歩むご老人には、ムリのムリと皆おっしゃる。そう言われると、よけいにムリをしたくなる。でも、体力がついていかない。

  エアコンをつけて、涼しい部屋のベッドで、テレビ視聴が、いちばん身に合った仕事。まして、パソコン部屋で、指の運動をするのも、気分転換には最高。でも、1時間、椅子に座っていることは、ムリのムリ。せいぜい30分で切り上げる。

  でもなぁ。91才ひとり身で、身の回りの仕事が出来、午後10時、風呂をわかして、入浴が出来る。なんの文句がいえよう。立派に生きているアカシがある。

  ムリのムリは、畑仕事だけやないか?・・この暑い時期に、誰でも外仕事は無理というモノや。若い者でも熱中症になって、身を滅ぼす人も多い。


<無理の定義>

  「無理」をネットで調べると、次のように説明されていた。

(1)物事の筋道が立たず道理に合わないこと。また、そのさま。「無理を言われても困る」

(2)  実現することがむずかしいこと。行いにくいこと。また、そのさま。「無理な要求をする」

(3) しいて行うこと。押し切ってする。また、そのさま。「あまり無理するなよ」

  ご老体には、(1)(2)(3)どの無理に該当するかは、極めて微妙。・・しいていえば、(3)に該当するのかなぁ?


<91才、誕生記念>

  8月9日、丹波篠山市内、S内科の予約定期検診。時間は、午後4時15分。診察、薬局で薬をもらって、途中、ちょっと寄り道をして、帰宅は午後6時15分。S内科はいつもスムーズに終わる。10日から9連休が始まる。9日の診察は、時宜を得たと言えよう。先ず、安心だ。

  帰宅すると、孫娘が掃き掃除をしていた。タイミングがよかった。91才、誕生記念の写真を撮ってもらった。 

 

☆(左)わが庭先、ノウゼンカズラの横で、シャッター。8月9日、18:20写。

☆(右)玄関先で、シルバーカーに腰掛けて、シャッター。8月9日、18:25写。


<嬉しいこともある>

  8月12日、午前9時、予定通り、菩提寺の棚経も終わった。お盆の準備をした。

  8月12日、午後6時半~8時半、倅夫婦、長男、長女、わが輩の、一家5人が、丹波市の予約したスシローに行った。もちろん、ご老体のわが輩は、連れて行ってもらったことになる。(毎年6人で行っていたが、このトシになって、妻が亡くなり、5人となった。何とも言えず淋しい)

  皆は、私に気を使って、車の乗り降りから、スシローでの皿の注文など、至れり尽くせりの「おもてなし」。

  このときばかりは「無理」を忘れた。まんぷく。

   

☆(左)8月12日、丹波市のスシローに到着。孫(男)が、スシローの看板をバックに、シャッター。18:53写。

☆(右)8月12日、ものすごく混んでいたが、予約7時が優先。即刻、場所が確定。孫娘の隣がわが輩。前が倅、長男、義理娘。・・5人がテーブルを囲んだ。・・ながれまわる、「すし」など、殆ど、すべて、孫娘がやってくれた。ご老体のわが輩は食べ役専門。まんふく。感謝。・・食べるのにかまけて、ついつい写真を撮るのを忘れた。わが前には、ハマグリの赤だし、イカ寿司の一つが、皿の上に残っているところを、シャッター。19:20写。


<後片付けと熱中症対策>

  8月13日、お盆行事の準備。と言っても、わが輩はシキビの準備と迎え火のロウソクの竹づくり、それに掛け軸を床にかけることぐらい。

  台風10号が、お盆に、近畿圏内を縦断するとの予報。・・3号田の妨獣網(2mx6m)二枚の整理と、道具の後片付けの必要にかられた。

  8月13日、午後4時、太陽は西空にあり、陰ってこない。 でも、網の整理は今しかない。こう思ったのが間違いのもと。5分ほどで、ぐらついた。ムリが頭をかすめる。・・孫娘に声をかけた。網の整理を殆どやってくれた。おまけに、シャッターを切ってくれた。・・が、そこまで・・。

  顔がほてり、頭がふらつく。もう、ダメ。・・這々の体でベッドに横になる。ペットボトル500mℓの熱中症対策の水を飲んだ。・・3号田の道具の後片付けは、義理の娘が5分で、小屋にしまってくれた。

  しかし、体調はあまりよくない。エアコンをフル回転で、ベッドにずっと横たわる。午後7時ごろにやっとベッドから立ち上がった。夕食をいただき、午後8時ごろから、義理娘といっしょに、何とか、ご詠歌をあげることができた。

 

☆8月13日、午後4時ごろ、離れの裏庭で、妨獣網の整理中。ここまでは、大丈夫。5分もしないうちに、頭がぐらついた。途端に熱中症が頭をよぎった。午後4時20分、家に駆け込みベッドイン。

☆冷蔵庫の熱中症対策の塩水(ペットボトル500cc)を飲んだ。午後4時30分。

・・この塩水には、ちょっとしたハプニングがあった。9日の内科検診終了後、帰宅途中にBスーパーに立ち寄った。熱中症対策の塩水(ペットボトル500cc)を求めた。ところがいつもの塩水のコーナーに、求める水はなかった。・・女性の店員さんに尋ねた。「熱中症対策の水は当店ではおいていません。薬局でお求めください」・・(そんな馬鹿なことはない)と思いながら、レジにいくと、となりに熱中症対策の塩水(500cc)のコーナーがあった。「熱中症塩分補強」と喧伝。・・そこで、先ほどの女性の店員さんに、「何が、薬局やね。ほれ、ここに塩水があるわね」と、少し怒り気味に言った。・・あとで、やっぱり言わない方が良かったと反省。老人の特権のように聞こえたのではないか?
・・5本のペットボトルを購入した。「ライチ・ヨーグルト、発汗時の塩分補給」・・8月9日、16:00写。


<墓参り・仏壇の飾り。床の間の飾り物・大山スイカ>

  8月14日、午前10時、神戸六甲に住む娘夫婦が、菩提寺に墓参りにきた。倅夫婦と長男、長女の4人と娘夫婦の6人で、菩提寺に墓参。・・いや、わが輩はムリ。いや、行こうとすると、皆から止められた。残念!

  後刻、2・3日のうちに、必ずお墓参りをすることを、心に決めた。

 

☆(左)お盆の仏壇の準備と床の間の掛け軸。妻が亡くなって2年目のお盆の行事。準備など、すべてキイ婆さんと同じ要領。・・「キミヨさんから、みんな教えてもらいました」義理の娘の言葉に、頭が下がった。・・床の間の掛け軸は、わが輩がかけた。中央が西国33カ所霊場参りの掛け軸。(妻の長年の夢だった霊場参りを、2000年、1年かけて、二人でお参りした時の掛け軸。印鑑や筆のあとがにじまないように、寺ごとに、備え付きの扇風機をかけたり、ちり紙を押し当てて乾かした思い出がある。右は私の実父が古希に書いた般若心経。表装はわが輩の退職記念。左は西国33カ所の締めに、信州方面に一泊旅行した時、善光寺にお参りをした。その時、妻が求めた善光寺の掛け軸。「身はここに心は信濃の善光寺 導き給え弥陀の浄土へ」・・・霊場参りの時作った2枚のオイヅルを、妻は私より、私より先にかけて旅立っていった。・・残った一枚のオイヅルを、ジロ爺さん、いつかける?

☆(右)10キロの大山スイカ。丹波篠山のブランド商品。(家内と同級生だったUさんの大山スイカ)。 みごと。    

・・8月14日、六甲の長女夫婦の墓参の際、昼食後、皆で食べた。美味。
・・(8月13日に切って、冷蔵庫で保管。13日、18:00写)

***お盆については、わがブログに詳細に記しています。次を参照してください。

{・・参照:2010,8,29「激暑8月の総括」<お盆の行事>・・2011、8,20「お盆から処暑」・・2012,8,18「終戦記念日の前後」<嗚呼,8月15日>・・2013,8,7「立秋、でも酷暑」<今から68年前は?>・・2013,8,20「夏は甲子園」・・2014,8,15「戦後69年目の夏」<お盆の行事>・・2015,8,15「戦後70年です」・・2016,8,15「戦後71年目の夏」<疎開してきたM子ちゃん>・・2017,8,14「お盆」<お盆の行事>・・2018,8,13「初盆」<初盆となった><お墓参り>・・}


<左足首、甲に苦痛、なぜ?原因不明>

  8月15日、台風10号は日本海に抜けたが、10号の影響の円が、日本列島をすっぽりと包む。丹波篠山地方は、少々雨が降り、風も吹いたが、殆ど被害はなかった。

  8月16日、午前3時、トイレに行こうとして、ベッドから立ち上がったとき、左足首の甲のところに違和感。いや、鈍痛がはしる。トイレまでうまく足が運べない。やっぱり痛い。ベッドに戻って、足の甲を押すと、1cmほど、ぶよぶよしたところがある。ソコが痛い。

  8月16日、午前9時、篠山市内のK整形外科に車を走らせた。盆休みなしで開院されているとの情報。 実はK整形外科は初めてである。かなり混んでいたが、新しい診察券を発行してもらった。

  10分も待たないうちに、名を呼ばれて、診察室へいった。椅子に腰掛けたとき、先生が「お久しぶりです」と言われた。ビックリした。患者としては初対面である。しかし、私の心の中には、昭和43年(1968年)篠山城跡の西堀・中堀に建っていたS中学校・一年生の学級担任をしたときの、Kさんは教え子だった。51年前の話。・・多くを語らないK先生は、ニコニコしながら、「前からよく知っていますよ」と、私にうなずく。

  しかし、診察・治療は、実にスムーズに進行した。さすが、外科の先生。あっという間に、ハリを3、4本刺して、痛いと言うまもなく完了した。

  Bスーパーに寄り道をして、帰宅したのは午前11時。まあ、かすかに歩ける程度。・・午後、ひたすら高校野球実況放送を観た。午後4時ごろ、ベッドから下りたとき、痛さは殆ど消失。トントンとはいかないが、エゴエゴと普通に歩けるようになった。

  ひとときは、「もうあかんわ」と、マイナス思考だったが、急に元気になった。しかし、今回の足の甲の痛さの原因は、皆目見当がつかない。なんとしても原因究明をせねばならない。

 

☆両足首と左の足首の甲。8月16日、午前10時、K整形外科で、治療後帰宅して撮った写真。・・なぜ夜中に痛くなったのか、原因は不明。ネットで調べると、高齢で関節などが自然に痛くなるとの話。..膝のミズ抜きは、4,5回はあった。足の甲は始めてだ。寝ていた足の姿勢。昼間の後片付けなどのムリ。それに高齢。・・トシのセイにしたくないが、やっぱり、ネットに書き込まれたとおり、高齢現象なのだろう。 


<それでも、洗濯モノを干した>

  8月16日、午後4時ごろ、少し痛みがはしるが、かなりよくなった。高校野球のテレビ観戦に没頭。午後5時前だろうか、明石商業が、満塁でスクイズ成功。2対1で勝った。同じ兵庫県民である。「やったぁ!」と叫んで、ベッドから下りたとき、左足甲の痛みは、まったく消滅。・・スタスタと歩けた。

  気をよくして、2日間の洗濯モノを干した。午後5時ごろ、太陽は西に傾いていたが、1時間で乾いた。

☆8月16日、午後5時ごろ、庭の物干し竿に、洗濯モノを干した。台風10号の影響で、洗濯モノがたまっていた。・・ともかく洗濯干しが、足の甲の痛みを感じることなく、出来た嬉しさは抜群。「しっかり生きとるやないかい」。自己を叱咤激励した。8月16日、17:05写。

<デカンショ踊りのあとを偲ぶ>

  8月17日、午前10時、篠山市内K整形外科に車を走らせた。16日、足の甲手術の結果報告。「もう風呂に入ってもいいですよ」・・初診の際の残っていた事務手続きを終了。K外科をあとにしたのは午前10時30分。

  帰路、篠山城跡の北広場を通った。デカンショ祭りが15日、16日と予定されていたが、台風10号により15日は中止。16日、一日となったが、それだけに盛会だったと聞いた。

  丁度、やぐらなどの後片付けに大童の様子。何となく、16日の晩のデカンショ踊りの盛会が偲ばれた。

 

☆2枚の写真を撮って、城跡北広場をあとにした。帰路、みどり館、Bスーパーに立ち寄って、予定していた日用品を購入。帰宅は午前11時30分。・・足の痛さは全くなくなった。このまま、すっきり治まるだろうかと、ちょっと不安がよぎったが、なるようにしかならないと、高をくくって、昼食後はもっぱら昼寝三昧。高校野球をテレビ観戦 。


<生きること、死ぬこと>

  盆の行事も終わった。この頃、何をするのも億劫だ。人生に疲れたという感じがする。寝ても覚めても、生きること、死ぬことの難しさを感じる。・・そんな気持ちを箇条書きにする。

(1)死んだらシマイとつくづく思う。四苦八苦はなくなる。楽チンだ。

(2)現世は、所詮、生きている人の世の中である。死んだ人が、ぶらぶら舞い戻ってくることはない。

(3)生きている人の世の中が、トシをとればとるほど、遠くに感じる。

(4)長く生きていれば、それだけ、この世のチリやホコリをおおくかぶる。よいことはあまりない。

(5)「適当に死ぬ時期がある」と、曽野綾子さんはおっしゃる。「人間にはちょうどいい死に時がある」と、帯津良一先生はおっしゃる。

(6)わが妻は81才7ヶ月でオサラバした。死ぬまで自分のエネルギーをいっぱいためこんで、いっきに、わが腕の中で息絶えた。死ぬ時期を心得ていたのだと思う。

(7)長生きは決して幸福とは言えない。自分のことは自分できるうちはよいが、寝込んだらどうするのや? ましてボケが高じて、夜中に徘徊したらどうなるのか。

(8)死ぬ時期は難しいが、長生きに負けない生き方をしたい。

(9)足腰や頭には限界がある。人には差があるが、帯津先生は80才頃がいいのではないかとおっしゃる。いちばん遅めでも、90才半ばぐらいだろう。その時が死ぬ時期として、ちょうどよいと。帯津先生は昭和11年生まれだから、わが妻と同じ年。・・83才か?

(10)足腰や頭に、限界がくるまでにパッと散るのが最高だよね。頑張れ。ジロ爺さん!


 

   

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4 コメント

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Unknown (ハルリン)
2019-08-12 17:54:40
jiroおじいちゃま、こんにちは、毎日暑い
暑いと言う挨拶で始まります。
夏バテはされない様ですね。私は夏になると、点滴したり、昼抜いたり、jiroおじいちゃまより駄目ですね。

私より元気そうです、心の持ちようでしょか~?
Unknown (ちえこ)
2019-08-12 19:53:36
91歳で立派に生活できているだけで、御立派です。畑の草なんか、放っておきなはれ。草だらけになっても死にはしませんよ。熱中症になったら命があぶないです。お気をつけてお過ごしください。
暑い (jiro)
2019-08-13 09:58:33
ハルリン様
本当に毎日暑いです。朝のうちはまだしも、昼はエアコンなしでは暮らせません。
ムリはしません。
畑の草 (jiro)
2019-08-13 10:07:28
ちえこ様
本当に畑の草は、ほっとけばいいのですが、ほっとけない性分です。でも、適当にやっていますよ。
熱中症はコワイです。

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