卆寿の旅

平成30年8月3日、満九十歳 卆寿になり、「八十路の旅」を「卆寿の旅」にタイトルを変更し、徒然なるままに記します。

感涙

2020-09-24 10:38:19 | Weblog

<わが妻よ>

  9月24日、真夜中、目を覚ました。ベッドに腰掛けて、トイレの一歩が踏み出せない。
  室内の温度は25度。暖かくもなく、寒くもない。一番過ごしやすい秋の夜である。

  23日、午後4時、右腕親指の腱鞘炎発症で、K外科で注射をしてもらった。激痛!  言葉で表せない。腱鞘炎で21日、22日、右手が完全に使用不能。原因はダイコンの追肥と活性液づくり。はっきりしている。あいにくの休日。2日辛抱して、23日の注射となったワケ。

  しかし、注射はよく効いた。全く痛みを感じなくなった。親指が簡単に動く。でも、ムリに使用しない。

  腱鞘炎はわが輩の持病である。80才代前半、しばしば、腱鞘炎を発症した。平成元年、定年退職してから、30年、しめ飾りを作ってきた。腱鞘炎はしめ飾りが原因。でも、耕運機、草刈り機の使用でも発症した。

  9月24日、真夜中、ベッドに腰掛けまだ立ち上がらない。右親指を撫でながら、ふと、タンスの上のわが妻の遺影に目をやった。さあ、大変だ。妻のかすかな微笑みが、私を見下ろしている。

  ありし日の妻との思い出が走馬灯のようにながれる。妻よ、何故われを残して一人で旅立ったのか? 

  万博時代、二人で家を建てた。長女、長男、二人の子供に恵まれた。育児専門の家業。平成元年に定年退職した。「退職金はすべて貴女のものです」と言うと、「いえ、いえ、二人のものです。納屋を建てなおしましょう」と言った。その時、その時の、わが妻の笑顔が、くっきりと、箪笥の上の妻の遺影の笑顔と重なって、私を見下ろす。
 
  この11月、妻が亡くなって3年になる。時は全てを解決するという。でも、わが妻の思い出は深く心に残る。

 真夜中に、ベッドに腰掛けて、心の底でオイオイと泣いた。目頭が熱くなって涙が出そうになる。感涙!
  「女々しいと笑わば笑え」・・92才を一人で生きる古老の姿がそこにある。

  「わが妻よ、永遠の笑顔でわが輩をつつみたまえ」

 

☆(左)タンスの上の妻の遺影、本箱、テレビなどなど。・・(ベッドから2mぐらいのところにある)
 昼も夜も、居間のベッドが生活の中心。わが妻も、生前はこの居間を愛用した。
 本箱には妻の日記帳などが遺品として収納。わが妻の遺品はこれだけ。すっきりしている。

☆(右)右手親指の腱鞘炎。注射のあと。バンドエイトを張っている。23日、午後4時注射。
 24日の真夜中には、殆ど痛みがなくなった。
    (昨年9月に痛めた親指の爪は、一年経って、完全に生え替わった) 

 

<暁に祈る>

  9月25日、朝ドラ・エール「暁に祈る」を観た。

  昭和15年、映画化された。私は小学校6年生時代。歌も唄った。映画も観た。やっぱり泣けるんだなぁ。

{・・ああ、あの顔であの声で 手柄頼むと妻や子が ちぎれるほどに 振った旗 遠い雲間にまた浮かぶ
   ああ、堂々の輸送船 さらば祖国よ 栄えあれ 遙かに拝む宮城の 空に誓ったこの決意・・}

  2番までは、すっきり覚えていた。

   昭和16年12月8日、真珠湾攻撃により、太平洋戦争が始まった。私は中学1年生。13才だった。

**昭和20年8月15日、敗戦。日本の主要都市は殆ど灰燼に帰した。長崎、広島にピカドンが落ちた。

**その時代を真剣に生きてきたことは真実だ。戦争を美化する気はない。
  マインドコントロールされた民族がソコにあった。

**当時、多くの若者が、日本の頭脳が、南の海に消えた。わが輩の先輩が、難関の海兵に優秀な成績で合格し、わが輩が中学校3年生、母校を3機(零戦闘機)で訪問し、数ヶ月後に、南の海に散った。

**戦争を美化する気は、さらさらない。みな、真剣に生きてきた真実がある。何故か涙にさそわれる。 

**今後、朝ドラ・エールはどのように展開されるのか、ちょっと楽しみだ。


<忍び寄る秋の気配>

  ついこの間まで、ステテコ一つで暮らしてきたが、彼岸(19日~25日)も過ぎて、寒くなった。

  いたるところに秋の気配を感じる。6月頃にはこの夏をどう乗り切るか、ブログにも記しているが、今度はこの冬をどう乗り切るかが、目下の課題だ。暑いのも困るが、寒いのも困る。

  PCの調子が悪くて、シフトキーを使い、右クリックで、なんとかその場をしのいでいるが、少々、年寄りにはムリな気を味わっている。でも、やれるだけブログを続けようと思っている。

  庭先一面に、彼岸花が咲いた。草花が朝露をうける。25日は一日中秋雨が降った。忍び寄る秋の気配を感じる。

  秋は、なんとなく侘しい。淋しい。  でも、命ある限り、生きていかねばなるまい。

  彼岸の間、かけていた掛け軸を収納した。腱鞘炎は殆ど治った。でも、畑仕事はしない。する気がない。食も細くなった。

  ドンドン夜が長くなってくる。居間のベッドの一人暮らしは、どんどん淋しくなってくる。 本当に、この秋から冬をどう乗り切るかは、緊急の課題。でも、妙案は浮かばない。じっと耐えている92才の古老の姿がそこにある。 


<掛け軸>

  秋のお彼岸中、かけていた掛け軸。

  一つは、私の実父(昭和38年、70才で没)が、古希に書いた般若心経。遺品を私が退職記念に表装した。

  いま一つは、家内と西国33ケ所巡礼した時、最後に家内のたっての願いで善光寺詣りをした。その時、家内の願いで買った掛け軸。思い入れは深い。

 

☆実父の遺品。般若心経。表装屋さんが「これだけ立派な字は、書けません」と言った。

☆「身はここに心は信濃の善光寺みちびきたまえ弥陀の浄土へ」ご詠歌は、この歌で最後を締めくくる。 

 

<朝露>

  9月27日、庭先の草花に朝露。午前10時頃まで葉の上でコロコロと白く光ったが、午前11時には、溶けた。

 

☆いつの間にか秋が来ていた。庭先の草花に、一面の朝露が付いた。午前10時ごろまで、溶けなかったが、昼前にはなくなった。


<彼岸花>

  9月29日、わが家の庭先、いたるところに彼岸花が咲いた。今年は少し遅いのかなぁ?   
  毎年同じところにひらく。曼珠沙華とも言う。

 

☆必ず,歌を唄う。{・・赤い花ならまんじゅさげ  オランダ屋敷に雨が降る ぬれて泣いてるじゃがたらお春 
           未練な出船の ララ、鐘がなる、ララ鐘がなる・・}

<朝食と洗濯干しもの>

  9月29日、朝から快晴。日差しはそう強くない。秋晴れというのかなぁ。

  朝ドラ・エールを観ながら朝食。最近、食が進まない。ブドウが好き。何とか2きれのパンを食べた。
  手前は豆乳入りのコーヒー。

  洗濯機の洗濯モノが出来上がった。午前9時半ごろ干した。

 

☆朝食。夏物のパジャマを洗濯して干した。

 

<卆寿の旅・第17号が来た>

  9月30日、午後2時、テルあり、「卆寿の旅・第17号」が宅配で到着。
  29日にメールで発送の通知あり、予想通り30日、午後2時に宅配された・

  「八十路の旅」が13号。「卒寿の旅」が4冊。
  平成20年(2008年)傘寿記念に、ブログ「八十路の旅」を書き始めて10年が経ち、90才になり「卒寿の旅」と題名を変更して、ブログを続けた。従って「卒寿の旅」は、第17号となった。よく続けてきたモノだと、自分ながら感心する。

  でも、もう限界かなと思うときがある。PCの調子がわるく、ダウンロードができないので、シフトキーと右クリックで、写真などは貼り付けている。わが家には、迷惑がかかるので、パソコンの話しは一切しない。自力でやるしかないが、やはり他力に頼ろうと思っている。

  本は、gooブログの書籍化から作成し、my books・jpで、印刷製本。
  ここまでの工程は大変な作業。92才のやるべき仕事ではない。
  でも、必死でキイをうつ。もうそろそろと何度も思う。

  本は別に印刷しなくてもいいのだが、ブログはなんとしてもキイをうちつづけたい。

 

☆「卆寿の旅 第17号」何とか表紙から読み取れるかどうか?

☆本のなかみの2ページ。ジャガイモの芽搔きと追肥をして、犬走りでいっぷくのわが輩。 


<黒豆の館と彼岸花>

  10月になった。午前11時ごろ、黒豆の館までドライブ。
  徒歩にもっとも適した距離だが、私は歩かない。愛車で1キロほどハンドルをにぎった。

  あまり大声で言えないが、歩くより安全である。もちろん疲れない。

  久しぶりに館内に入った。「田舎バイキング」は盛況。
  20年前頃かなぁ?
わが輩のアイディヤではじまったバイキング。もう、昔の夢物語。

  館の隣の空き地(西紀トンネルの北入り口)に、彼岸花が満開。写真におさめた。

 

☆黒豆の館、店内の売店。隣の土手の彼岸花。 駐車しているのは私の愛車。


<中秋の名月>

  10月1日は中秋の名月。秋は月である。澄み切った空に浮かぶ月をめでる。

  日めくりカレンダーは10月2日が満月となっている。

  昔は、私が小学生4年生頃、祖母の作ったお団子で、月見をしたのを覚えている。

  その時の中秋の名月は、全く変わることなく、わが里山に煌々とかがやく。

    私は冬のオーバーを着て、必死にシャッターチャンスを狙う。

{・・名月や池をめぐりて夜もすがら・・}・・・{・・名月やオーバー身につけシャッターきる・・}

 

☆(左)10月1日、午後7時40分、東空の樹の上に顔を出した。19:43写。

☆(右)なかなか焦点が合わない。やっと撮れた。19:45写。

 

  

☆(左)何とか大きい月が撮れた。17:47写。

☆(右)午後8時半頃、居間の窓から中秋の名月をめでた。20:34写。

 

**入力できない。消える。修理に出す必要あり。困っている。

何故かわからぬのが、つらい。シフトキーを押すと何とかうてる。

修理に出すしか、方法はないようだ。 

***パソコンの電源を抜きかえて、入れ直し、様子を見ると何とか入力出来るようになりました。

***おそるおそるブログを続けます。ダウンロードは不良。

 


 

 

 

 

 

 

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6 コメント

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文章が長くて・・・・ (縄文人)
2020-09-29 15:39:01

最後まで読み耽ると最初の方を忘れる。

エイ、エイヤー最初の方だけ話題にして、文を綴ることにいたします。
90歳を過ぎてかくしゃくたる文脈の響き、過去先生をなされたと・・・・か、覚えあり。
退職金を前に二人の笑顔、奥さんが”千の風”に乗ってポイ~と現れ、「痛くないかい・・、腱鞘炎を見舞う」・・・・・・・・・・!!

  千の風ソット隙間を通り抜け
        来たよ来ました元気してるか (縄)

千の風 (jiro)
2020-09-29 18:07:07
縄文人様
コメント有難うございます。励みになります。
貴方のブログはいつも開いています。写真がきれいです。勉強になります。
今後ともよろしくお願いいたします。
炎症 (福平)
2020-10-02 00:49:15
>腱鞘炎

体の表面近くの炎症は、すべて、発症後直ちに氷で冷やすと軽症にできます。打身などにも聞きます。。(体の奥には聞きません)

氷か保冷剤を冷蔵庫に常備しておいて、
タオルで包んで患部に押し付けます。

患部の感触が良くなるまで続けて下さい。
普通には10分程度かな。

腱鞘炎 (jiro)
2020-10-02 10:53:45
福平様
ご教示、ご高説、ありがとうございました。
確かに、炎症は氷で冷やすと、よく聞きます。
ありごとうございました。
書籍化の関係から、・・・ (縄文人)
2020-10-06 07:21:05
文の中でこんな文脈
≫<卆寿の旅・第17号が来た>

  9月30日、午後2時、テルあり、「卆寿の旅・第17号」が宅配で到着。

書籍化していたんですか。

日別に切らないで文が長くなると思いました。
製本の関係から、やたらと日別に変更しないで次から次へと文章を項目別に分けて、
継ぎ足したと言うわけですか…。

理由がヤットコ
納得しました。
項目 (jiro)
2020-10-07 09:04:28
縄文人様
1項目で、10日ほどかかります。
入力出来なくで、コメント遅くなりました。
とどくかどうか不明。

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