ぢろーらものおもちゃ箱:引っ越し後

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社会に出て役立つこと:大学でも教えてくれる?

2013-03-02 00:39:18 | 受験・学校

ぢろーらもが大学を卒業したのは15年以上前。今はどうかわかりませんが、「この勉強、社会に出て直接役立つのかな?」というのは、今考えてみてもかなり微妙かな、と思います。もちろん、役立つこともありましたしね。

以前のブログ「WhatとHow」でも書いた通り、少なくとも学部生のうちは、「何を学んだか?」よりは「どうやって学んだか?」のほうが、社会に出て役に立つとは思います。もちろん、その意味でも大学に行く価値は大いにあったとは思っています。

具体的な技術うんぬんはさておき、「こういう考え方は社会に出たら当たり前だよね?あのときはそれを教えてくれてたんだ・・・」ということも今振り返るといくつか思い当るところはあります。今日はそんなところを記事にしてみます。

高校までであれば「出席すること」にかなり重きが置かれ、欠席ばっかりであればほぼ例外なく単位もとれない、という感じでしたが、大学ともなると、先生によって考え方もまちまちです。きちんと出席をとり「半期で4回遅刻したら単位はあげない」という先生もいれば、出席は全くとらず、期末の試験あるいはレポートのみでしか判断しない先生もいます。後者の先生に関して言えば、当然のことながら遅刻してはいっていったとしても、全く気にも留めません。

そんな中、ぢろーらもが習った先生のうち1人だけ、「遅刻した生徒に対して、授業中にその理由を問う」先生がいました。確か情報工学から見た上での確率論の授業だったかな・・・。厳しくとがめるわけではなく、割と落ち着いた感じで「君、今日なんで遅れたんですか?」で、理由を聞いた上で「次からは遅れないようにできますか?」と続けていました。

大半のケースでいえば、「寝坊しました」とかそんな理由で、もちろん「次からは遅れないようにできますか?」に対しても「はい」と答えます。不思議と「電車遅延」は一回もなかったなぁ・・・。あれ、2時間目かなんかの授業だったっけなぁ・・・。

その中でひとりだけツワモノがいました。答えた理由としては「昨日飲み会で飲み過ぎて、今朝寝坊しました」です。まあ、そこまでは仕方ないのかもしれませんが、問題はそのあと、「次からは遅れないようにできますか?」に対して

「人間なんでわかりません!」

とひとこと・・・。

もちろん先生は「それではいけない」と注意したわけですが、そのときのぢろーらもは

「まあ、そういうのも人間味があってユニークで面白い答えだな・・・」なんて、少々感心してました。

それ、今考えてみて・・・。

ってか、社会人としては論外な答えじゃないの??完全フレックスで実績のみが評価される会社であればまだしも、そうでないのであれば、そんなのがまかり通るようでは普通の会社としては話になりませんよね・・・。そのことを先生も言いたかったんですよね・・・。クビになっても知らんですよ・・・。

あと、情報理論とかを教えていた別の先生がよく言っていたのは

「参加することに意義があるんじゃないんだよ!」

でした。若かりしぢろーらもは

「まずは出席して学ぼうという姿勢が重要なんじゃないのか?」

と反発していました。また、実際に先生の中には出席さえしていれば悪いようにはしない、という方も少なからずいらっしゃいました。だから余計に「参加することに意義がある」でないことに違和感を覚えていました。

ま、これも社会人に当てはめてみたら当然のことです。会社に来ているだけで、実際に何も貢献できていないのであれば意味がありません。「毎日遅れず来てるから、仕事全くできないけどいさせてあげよう・・・」では、いずれ会社つぶれるんじゃないでしょうかね・・・。

あと、卒論に関して、1つ上の先輩たちの間でこんな論議があり、ぢろーらもも話に首をつっこんでました(特に意見したわけではなく、単に好奇心で聴いていただけですが)。

大学の卒論なので、もちろん学術的な研究を行なっている生徒もいたわけですが、「社会人とは違うのだから、何の役に立つかはこだわらず、学生がなんでも好きなテーマを選べばいい」と考えている先生もいらっしゃいました。そんなこともあり、けっこう多くの学生が、「研究」というよりは「アプリ開発」とか「ホームページ作成」みたいなテーマを選んでました。ちょうどそのころ、学校などでインターネットが普及し「ホームページ」という言葉が出始めたころでした。PerlとかJava、なんて言葉もそのときによく聞くようになりましたしね・・・。

割合でいうと、そのように考える先生と「何の役に立つかが明確でない研究など意味はない!」と考える先生とで半分半分くらいだったと記憶しています。

で、卒論の中間発表で「何をやってもいい」と言われていた生徒さんが、「何の役に立つか明確に」と考えていた先生の前で発表したとき、多くの生徒さんがけっこうボロカスに言われたそうです。

これも、社会人に置き換えてみると、「プロセスも大事ではないとは言わないけど、何の役に立つか、もっというと、どれだけお金になるかが重要」であることはいうまでもありません。先生方もそういうことが言いたかったのだと思います。

ただ、このときは対抗する先生方も怒っていたようですが、生徒さん(先輩方)からも大きな反発があったようです。まあ、先生に直接、ではなく、学内のメーリスとかで「打倒、〇〇、△△、☆☆(先生の名前)」みたいなのを流して、学生同士で情報交換してた、という感じでした。

ぢろーらもが仲良くさせていただいた先輩方はその学年の中でも大変優秀な方々で、「何の役に立つか?」ということも明確に理解していますし、卒業後はN〇T、NE〇、ソ〇ー、富〇通など、誰でも知っている超大手企業に就職されていました。

実際につっこまれていた生徒さんに関しては落ち度はあったと思いますが、ぢろーらもが仲良くしていた先輩方は「あいつら(先生方)は、分散処理(クライアント-サーバ的なもの)がわかってないんだよ!インターネットがわかってないんだよ!」というように、どちらかというと「先生方が新しいものに対して、その将来性を全く把握していない。自分たちの専門分野以外は認めない。」ということのほうに腹を立てていたようでした。

まあ、学術的ではないにせよ、ひとの役に立つものの開発的なものであれば、仮にそれが娯楽的なものであっても認められるべきだとは思いますし、実際に先生方もあまりインターネットについては理解していなかったな・・・というのは感じています。今でこそ、企業であればWebサイトを持っていて当たり前、わからないことはgoogle先生が教えてくれる、というくらい便利になりましたが、当時はWebサイトを持っている企業もごく一部でしたし、あとは理系の学生が趣味でHTMLを書いてそれをUNIXサーバ上にあげてホームページとして使っていたくらいでしたからねぇ・・・。そのときにある先生が「(もっと発展していけば別だが)今の時点ではインターネットがさほど役に立つものだとは思えない」という意見も一理あるようにも思いました。

まあ、先輩方のような論理的な考え(?)というのは、多分社会に出ても役立つんだと思います。

ちなみに、我々の卒論のときですが、ぢろーらもは先輩方の話をよく聞いていたこともあり、「何の役に立つのか?」については発表の中でも明確に出来ていたので、先生方に大きくつっこまれることはありませんでした。

ぢろーらもと近い研究をしている同級生の中には、「適応信号処理で、ヘリコプターの音を予測する」という研究をしている人もいました。我々のグループではアプリ開発的な発表(Java、HTML、Perl(CGI)、Delphiなどを使ったプログラミングやホームページ作成)が多く、研究らしい研究をしていたのは少なかったので、「ほぉ、やるもんだねぇ・・・」なんて思ってました。

ただその人、先生の質問で「ところで、ヘリコプターの音を予測できて、何かいいことあるの?」という質問には全く答えられませんでした。うーん、じゃあ、先生に与えられたテーマを何も考えずにやっていただけかい?

当時、適応信号処理にも興味があったぢろーらもは、「”ヘリコプターの音を予測できる、ということは、その逆位相の信号を与えてあげれば、出力側でヘリコプターの音を消して、マスキングされていた他の音(人間の声など)を拾える、ということ。あと、別の応用例でいえば、医療現場とかで、母親の心音よりも微小なため埋もれてしまう胎児の心音の状態についても、母親の心音が予測できればその分を引くことによって胎児の心音を正確に拾える”って答えればいいのに・・・」と思っていました。まあ、深くつっこまれると厳しいのですが、多分あの場だったらそのくらい答えておけば十分でした。

あと、同じ研究室の生徒さんで、もっと難しそうな変換系の話をしている生徒さんがいたのですが、「この、[3-7]という式が重要なんですよー」みたいな感じで、明らかに書籍の内容をそのまま引用しただけ、というのがバレバレで、しかもその意味のついては全く理解していなかったようです。うーん、それだとつまらんね・・・。

彼らも割と大きな企業に就職してたし、きっと今も活躍してるんだろうな・・・。

・・・。

かくいうぢろーらもは研究、開発、プログラミングなどに適切がないことがわかり、何度もドロップアウトした上で、今の職についてます。ぢろーらもは大学の推薦も推薦枠があるところであれば、希望すればどこでもとれた状態でしたので、ちょっと頑張っていれば大企業にいけたチャンスはありました。でも、チャンス逃しちゃったな・・・。

でも、今の人生、そんなに捨てたもんじゃんないです。いろんな意味で・・・もちろん、今まで学んだけど、そのときは意味がよくわからなかったな、と思うことを、年を経て自分なりに理解できるようになった、というのも、1つの喜びではあります。


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