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白川前総裁による日銀批判の波紋

2018年10月23日 | 経済

 

物価目標では課題を解決しない

2018年10月23日

 黒田日銀総裁の前任者だった白川氏(青山学院教授)が1冊5000円もする分厚い日銀論の本を出版しました。金融・経済の専門書というより、継続している異次元緩和によるデフレ対策への批判論が展開され、波紋を投げかけています。総裁経験者による異例の著書は、古巣への異例の警告でもあります。


 白川氏はエコノミスト・タイプの人物で、総裁就任の直前は京大教授でした。ねじれ国会が原因で、有力視されていた財務次官出身者がはずされ、白川氏が呼び戻されるという波乱の人事でした。さらに民主党政権が総選挙で敗北し、自民党政権が復活すると、安倍首相に金融政策の大転換に迫られました。そのことの是非も論じており、ドラマに満ちた回顧録でもあります。


 消費者物価2%目標と大規模金融緩和は、白川氏の在任末期に、安倍首相の主導のもとで、路線が敷かれました。「退任した今頃になって、金融緩和を批判する資格なんかない」と、白川氏を批判、黙殺する人もおりましょう。だれにでも簡単にできる批判です。


 金融政策を大転換させた政治と、金融政策の節度を守ろうと抵抗した日銀の攻防は、すでに詳細な検証がなされ、出版物もでています。それらによると、自民党が大勝し、安倍政権の圧力にじわじわと、白川体制を土俵際に追い詰められ、安倍首相と二人三脚の黒田氏が後任に座り、「物価2%アップ、期間2年、通貨供給量2倍」という単純な看板が掲げられました。


最後まで抵抗した白川氏


  本の表題は「中央銀行ーセントラルバンカーの経験した39年」です。白川氏からすると、最後まで抵抗したものの、自分が政治に押し切られたという悔しさが自然とにじみ出ている。緻密な金融政策論が書き込まれ、「退任してから文句をいうのか」では、片づけられない重みを持っていると思います。


 「私の中央銀行観」として、「経済は時として、持続可能な軌道から大きく外れる。社会は時として、時代の空気が支配する。だからアジェンダ(検討課題)の設定が極めて重要だ」と、主張しています。金融政策の目的、限界を超えた日銀への要求が「時代の空気」となったことの悔しさでしょう。


 総裁在任時に受けた批判として、「日本経済の根源的な要因は物価の継続的な下落、すなわちデフレにある。デフレは貨幣的現象だ。行き過ぎた円高も日銀の消極的な金融緩和策によって引き起こされている」、「日銀は大胆な金融緩和策を実行しなければならない」、「デフレをなくせるのは日銀しかない」などを列挙しています。


 白川氏の持論は、「デフレの原因は、人口減少と生産性上昇率の低下から、潜在成長率が下がる傾向に歯止めがかからないことだ」です。さらにインフレ目標については、「物価だけをみて、経済の大きな不均衡を見逃してしまいかねない欠点がある」とし、黒田体制が「物価上昇2%」を最大の目標としていることを痛烈に批判しています。


 黒田氏が総裁に就任して5年を超えたのに、物価上昇率は半分の1%にも届きません。黒田氏は、この目標の設定は誤りだったと、本音では後悔しているはずです。私は白川氏のほうが正しかったと思います。つまり、今、何をすべきかについて、「アジェンダ(検討課題)の設定」が間違っているとの白川氏の持論は正解なのでしょう。


取り組むべき課題は社会的厚生


 1年半ほど前に、白川氏の経済観を伺ったことがあります。日本経済にとってのアジェンダは、「社会的厚生の成長」と規定していました。具体的には「1人当たりの所得水準、平均寿命、余暇時間、所得分配の平等」を重要な要素に挙げていました。これこそ日本として取り組むべきテーマだというのです。


 実際はどうかというと、「長寿化の進展、消費性向の上昇、労働時間の短縮が進み、国際的には、日本の社会的厚生の成長率は国際的に高かった」。「日本の失われた10年」と指摘される点について、2000年から2010年の成長率をみると、「実質経済成長率は0・9%程度で先進国で最下位」に対し、「1人当たりの実質成長経済率は中位」、さらに「生産年齢人口1人当たりの成長率は1位」です。


 決して日本の経済パーフォーマンスは、劣っていない。それなのに、「日本はデフレ」、「その原因は日銀の消極的な金融緩和政策」、「大胆な緩和政策が必要」、「2%の物価上昇率目標設定」が支配的な空気となり、アジェンダ(検討課題)の設定の間違いを続けてきたというのが白川氏の思いでしょう。「2%の物価目標で多くのことが解決できる」は、見当違いとなります。


 劣っていることの一つは、「所得分配の格差は拡大」です。マネー市場の肥大化によって、富める者は富み、低所得者は置いていかれる。世界的な傾向です。日本経済にとっても、重要なテーマです。


 著書では、映画監督の是枝和人の仕事観を紹介しています。「分かりにくいことを分かりやすくすることではない」、「分かりやすいと思われていることの背景に潜む分かりにくさを、描くことの先に知は芽生える」と。


 日本経済の停滞という分かりにくいことを、黒田体制は「デフレ、日銀の異次元緩和、2年で2%の物価上昇、それで解決」という分かりやすい話に転換させてみせました。むしろ「背景に潜む分かりにくさ」に踏み込むべきだと、白川氏はいいたいのでしょう。


 


 



 


 



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