年月に関守なし…… 

古稀を過ぎると年月の流れが速まり、人生の終焉にむかう。

不忍池:時の鐘

2009-01-17 | フォトエッセイ&短歌
 江戸にどの位の「時の鐘」があったのかは不明であるが、公認されていた有名なものに日本橋、浅草寺、本所横川町、上野、芝切通、市谷八幡、目白不動、赤坂田町成満寺、四谷天竜寺の9ケ所があげられている。
 松尾芭蕉は1687(貞享4)年には深川の芭蕉庵で暮らしていたが、「時の鐘」の響きに触発されて「花の雲 鐘は上野か 浅草か」と詠った。花は桜を指すのだろうか、だとすれば満開の桜咲く昼下がり、眠りを誘うように鐘の音が響いてくる。この鐘は寛永寺か浅草寺かどちらの音であろうか……。

<上野寛永寺の鐘は寛文6年に設置、上野精養軒左側の小高いところにある>

 一刻(約2時間)毎に時刻を告げる時鐘は現在の23区をほぼ網羅したのではないかといわれている。江戸市民は日常生活で時間に迷うことはなかったのだ。
 遠くまで聞こえるように「時の鐘」は小高い丘に設置される。寛永寺の鐘も上野台地の突端にあり、眼下の不忍池(しのばずのいけ)を越え対岸の本郷台地にも響いていた。海岸線が後退してできた海跡湖の名残(なごり)でササ・カヤ・ススキが被い茂って「忍ぶことができなった」ので不忍池の地名が付いたとか。寛永年間に池の整備が進み、琵琶湖になぞられて弁天島が造られた。
 島が造られ弁財天が祀られると土地がら長寿・福徳の神として人気を集めた。

<冬枯れのアシにそよぐ弁天堂。弁財天は音曲の神様で舞踊関係者も多い>

 風情のある「時の鐘」で最も人気のあるのが、この寛永寺の鐘楼である。今でも朝夕の6時と正午には往時そのままの鐘の音を鳴り響かせる。 平成8年に環境庁の「残したい日本の音風景100選」に選ばれている。<アア、ツマンネ~>鳥たちは大欠伸。
 ♪夕焼け 小焼けで 日が暮れて お手てつないで みな帰ろう♪ 夕暮れの中で鐘を聴きながら、一日が終われるような子供たちの環境を整えられないものだろうか。
 
<トリたちは大アクビをしているが、山のお寺の 鐘がなるの世界である>


最新の画像もっと見る

コメントを投稿