年月に関守なし…… 

古稀を過ぎると年月の流れが速まり、人生の終焉にむかう。

隅田川<29>清澄庭園

2010-07-08 | フォトエッセイ&短歌
 清澄橋東詰の前方に清澄公園がある。公園を横切ったところが東京都指定名勝に指定されている都立「清澄庭園(きよすみていえん)」。広い池に三つの中島を配し、数寄屋造りの建物、水面に小島、木々の影を映す庭園となっている。
 言い伝えでは、江戸の豪商・紀伊國屋文左衛門の屋敷跡だったとか。1669年(寛文年間)、下総国(しもうさのくに)関宿藩(せきやどはん)藩主・大和守:久世広之(ひろゆき)の下屋敷となってから庭園が築かれたのではないか推定されている。
 明治維新の混乱期を経て、この荒廃していた屋敷地を買い取ったのが岩崎弥太郎である。
                
<清澄庭園は池を中心にした涼しげな回遊式築山林泉庭園である>

 岩崎弥太郎といえば、好調のNHK大河ドラマ『龍馬伝』のナレータ役を勤めている。香川照之演ずる岩崎弥太郎の視点から描かれているので「福山龍馬」に新たな魅力をもたらして人気をよんでいる。
 岩崎弥太郎の貧窮の貧で地を舐めるように生きる地下浪人の描き方に「香川弥太郎」ファンから、ひどすぎの声も上がっているとか。しばし、待たれよ。三菱財閥の礎を築く屈指の経済・実業家に成長するのも、後数ヶ月であろう。
 岩崎弥太郎が、荒廃していたこの邸地を買い取ったのが、明治11年。社員の慰安や貴賓を招待する場所として庭園の大改修を行って「深川親睦園」として竣工させたのが、明治13年だ。

<池の端に石を飛び飛びに置き、水辺を散策出来るような造作を磯渡りという>

 岩崎弥太郎には16才も歳の離れた弟・岩崎弥之助がいる。間引きする予定だったが、弥太郎の願いで世に生き延びたという伝承の人物だ。後に、ドラマでは土佐勤王党の武市半平太を弾圧している後藤象二郎の娘・早苗を妻にしている。
 明治18年、兄・弥太郎の死後、三菱の社長の座を継いだ弥之助は庭園の泉水に隅田川の水を引き込むなど大きく手を加え、明治24年に回遊式築山林泉庭園として完成させた。

<亀は万年とか、弥太郎の栄達を見ていたのか。のんびり甲羅干しをする大亀>