知音札記

現代日本の演劇、映画、音楽など芸能関係を中心にレビューを書き、語る。

ドリフェス「ALL FOR TOMORROW!!!!!!!」~アニメ、音楽、舞台コラボの歴史的快挙!!

2018-10-23 12:07:46 | 演劇 映画 音楽
  2018年10月20日、17:00~ 日本武道館、正式なタイトルはドリフェス! Presents FINAL STAGE at NIPPON BUDOKAN「ALL FOR TOMORROW!!!!!!!」

  これは男性アイドルBGの歴史的大事件、快挙といっても過言ではない。2次元+3次元=5次元という独自性を武器に、バックのスクリーンとコラボをステージで具現化し、武道館ライブを実現したからである。 
  超特急と同様、それぞれに決められた自分のカラーを持っているメンバーがソロ曲を披露したが、個々の歌唱力、ダンスのテクニックなどの力量は水準以上で、いわゆる古くからのアイドルグループと少なくとも同等、あるいは若干上といったところ。但し、明らかに発声の基礎は従来の老舗アイドルより上である。声優、俳優である強みが生かされて、歌詞がよく聞こえる。
  
  曲自体も従来の陳腐な半音階進行のベースラインではなく、Aメロ、Bメロ、サビ、転調、リフレインなどといったお決まりの構造から脱却しようとしている点が興味深い。楽曲にはアニメの劇中歌と独立したものの2タイプがあるようだ。その多くが歌うというより、語り的雰囲気が基調となっており、一部〈Reversible Valentine〉のようにメロディアスなものも聴かれたが、抒情的、叙事的といった単純な二分化ができないものが多いと感じた。
  
  会場を見渡すと男性客も少なくないことが分かる。老舗のアイドルボーイズグループの支持層に関して、ファン自らが支持グループを育成する楽しみが、その人気の核心的要素だと、お偉い社会学者が指摘しているとか? しかし、それをこうした2.5次元系、5次元アイドルグループにそのまま当てはめるとするなら、笑止千万である。彼らの人気の秘密はそれだけではない。上記のそれ以外の要素が老舗グループより断然優れており、特徴があるということに多くのボーイズグループファンはもうすでに気づいている。そして、老舗にはとっくの昔に飽き飽きして見捨てているのである。2.5次元、5次元を含む実力派アイドルグループたちは楽曲構造、音楽スタイル、発声、舞台経験、声優などどれをとっても老舗グループにはない上質の能力を備えていることに気づいていない、あるいは無視して報道しないアホな主要メディアにもそっぽを向いている。
  
  実力派アイドルグループの形成、潮流の確立に大きな役割を果たしたドリフェスに大きな拍手!!!
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映画「あの頃、君を追いかけた」~単なる青春映画としては楽しめるが…

2018-10-14 15:37:05 | 演劇 映画 音楽
  2018年10月10日、15:35~ 於池袋シネマ・ロサ

  双十節の日にこれを鑑賞した。青春映画としてまとまってはいるが、オリジナル台湾版にように社会全体へ目を向けるような作りになっていないことが惜しまれる。よくありがちなオリジナル作品と違いを批判の主要要素とするような、愚かな観方をする訳ではない。オリジナル作品の設定を忠実に日本に置き換えるに当たって、国情の細かな違いを考慮して工夫がなされていることはよく理解できる。
  確かに青春映画としての爽やかさと、歳月の移り変わりに対する世代を越えた共通の想いは自然に描かれている。主人公の放つセリフで、「自分の最も輝いていた時代の想いを書き残す」という一点は確かに共感できる。ところが、オリジナル作品を公開時に観た際感じたことが、日本版を観終わって何かが決定的に欠けていると思った。それは、恐らく日本版には社会や歴史に思いを馳せる要素、意識が希薄だということである。
  オリジナル版は、台湾が国民党の暗黒政治からようやく解放されて、民主化の端緒についた時代の雰囲気が色濃く反映されている。高校の教室で生徒全員が政治権力に立ち向かうシーンがそれを象徴している。ところが、日本版では校則云々止まりで、平和ボケの悪果のような作りになっているのは残念である。オリジナル版では確か、香港ポップスの流行も引き合いに出されていたと記憶するが、それ以降台湾音楽の地域性が脚光を浴びるという時代、つまり台湾アイデンティティーへの模索を暗示している。つまり、社会性、歴史性に思いを馳せる様々な示唆が、オリジナル版には含まれており、それが非常に重要な要素となっているのである。日本版タイトルの「君」、オリジナル版の「女の子」という語の持つ意味、示唆するものを考えさせる作り方になっている。いいかえれば、青春映画においてもテクストからコンテクストへの道筋が開かれていると言ってよいだろう。
  これが日本の商業映画の限界といえば、それまでだが、矛盾した社会に抗するような作り方はできないまま、社会性、歴史性を削ぎ落した青春映画となっていることは、大人の事情とは言え惜しまれる。
  
  主人公を演じた山田裕貴をはじめ男子高校生の若手俳優たちは、俳優としての可能性は十分で、今後ともいろいろなテーマの作品に出て経験を積んで行って欲しいものである。取りあえずは10年後が楽しみ。
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Lead NEW ライブ・レボリューション~スッポンポンで愛を!~まさにエンタメの新機軸

2018-10-13 21:21:04 | 演劇 映画 音楽
2018年10月12日、19:00~ 品川プリンスホテル クラブeX

  音楽、演劇、ダンス等の諸ジャンルが一つの演目の中で、有機的に結合され作られた、タイトルに相応しい素晴らしいパフォーマンスだった。

  購入したパンフレットからあらすじを書き写す。

  黒川晃は、商社に務めるサラリーマンだった。彼の会社が扱うものは、“会社”その会社の持つ技術や、特許、将来性などを数値化し売買する。全てが冷たい世界で生きていた。しかし、その会社から突然の解雇を言い渡され、自暴自棄になってしまう。
  フィアンセの加瀬を残し、自ら命を断とうとしていたその時、偶然その場に居合わせた赤堀と御子柴と出会う。こうして、彼らの運命は大きく動き出す。
  夢と欲望が渦巻く街に生きる二人赤堀と御子柴。彼らはバイトしながらも、それぞれに思いを秘め、ダンスを続けていた。ただ闇雲に練習に明け暮れていた毎日。しかし、そこに黒川が現れたことで、事態は大きく動き出す。赤堀の強引な誘いで、黒川は仲間に加えられ、ダンスを通じて何ができるかを模索する。赤堀の親友の最上が経営するバーへやってきた三人は、様々なアイディアを出し合う。そこに、堀部、斎藤と次々に仲間が加わり、いつしか「ショーを実現させたい」という夢ができる。しかし最上だけはそれに乗る気にはなれなかった。
  そんな中、一人の男が夢を諦めかけていた。歌と踊りで魅せるキャバレーのオーナー、阿久里だ。昔からの知り合いだった最上はそれを必死で止めるも、「時代がここを必要としていない…」と、店を潰して商業施設を作ろうとする桐生に店を手放そうとする阿久里。そこに、最上の弟分だった男、松岡が出所してきて…。
  それぞれの想いが交錯し、やがてたどり着く結末は…。そして、黒川たちの描いた夢は…。今を生きる若者たちが綴るエンターテインメントショーの幕が、今開く。

  Leadの3人、黒川役の鍵本輝、最上役の谷内伸也、赤堀役の古屋敬多は、この舞台で歌、ダンス、演技どれを問っても一流の「実力派BG」としての真骨頂を発揮した。中でも今回は彼らの演技に感心した。それぞれの個別の舞台・映像出演経験が生かされていた。スーツ姿の輝、鉄道駅員やコンビニのユニフォームの敬多、バーのマスター役の伸也、皆マイクを通さずとも十分通る声量があるからこそ、敢えてマイクを通すことでセリフの一言一言が美しく観衆に耳元に届けられたのだと思う。
  音楽はLeadの楽曲〈サクラ〉の生パフォーマンスをオープニングとエンディングに用いながら、劇中ではLeadのメンバーほか共演者たちもそれぞれに歌やダンスを披露した。一部を除いて新たに書き下ろされたものかと推測するが、従来のミュージカルのように大げさな表現ではなく、ストーリーの展開の中で、程よく叙事的、抒情的雰囲気を醸し出している。一般的に俳優による音楽劇ではその歌やダンスにはレベルの限界があり、ミュージシャンやダンサーは演技の点で同じ問題が発生するものだが、Leadそして共演者たちはそのいずれの問題も感じられないのが良い。この舞台の彼らの歌には既成のミュージカルのような歌詞の字幕は必要ないこと、そしてライブのような大音量ではないので、ラップも良く聞き取れるのは大きな強みである。
  演目全体としては、歌、ダンス、お芝居のバランスが絶妙で、従来のミュージカルはもちろん、2.5次元ミュージカルとも異なるし、音楽劇と称されるものとも違う。途中でコントが挿入されるのは一見珍しいが、それと似たような構成手法は現在のミュージカル形成される以前の、初期の時代には見られたようで、ただ現在ではあまり用いられない手法なので新鮮に感じるかも知れない。また、観客の拍手や自然な反応も演出の一要素としていたのは、従来の演劇やミュージカル、ライブハウスのライブやホールライブ、ダンスショーのそれとも異なるものだった。
  その他、会場の構造も面白かった。円形劇場的な空間+小劇場的雰囲気もあり、張り出しステージのあるクラブでもある。自分は2階席での観劇で、ステージとの距離感は大劇場よりは当然近いわけで、1階席ではどのような感じになるかまた観てみたいと思った。もう大劇場やスタジアムライブのようなスクリーンに頼る鑑賞は願い下げである。
そうした音楽、演劇、ミュージカル、ダンスなどの諸ジャンルの新しい在り方の模索、エンタメの新ジャンル形成への挑戦は、Leadならではの果敢な試みである。十代後半から芸能活動を開始している彼らの芸能活動の経歴を一般社会の基準で測ることはできないが、一つの節目としての30歳の青年たちの生き方には今後、期待が高まるばかりである。

  以上記したように、劇の内容や演出には芸能界の現実や問題点、そしてLeadの芸能活動に対する様々な思いがそのまま描かれていると思った。数字だけですべてを評価する愚かさに未だに気づかないのは日本社会全体の慢性疾患だが、芸能の世界でも観る側の価値観の革命が必要であることをこの日のパフォーマンスから感じ取った。
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+Plus LIVE CIRCUIT 2018 生声の魅力と真摯なパフォーマンスに感動!

2018-10-07 23:17:32 | 演劇 映画 音楽
2018年10月7日12:00~ Yokohama O-SITE



  生声の魅力を十分に発揮した充実のライブだった。まず、コンパクトな会場でステージを間近に感じる2列目という好位置を確保できたのが幸運だった。彼らの歌声と歌詞が極めてクリアーに伝わって来たのは、伴奏がギターとカラオケというシンプルな編成だったこともあろうが、何よりも彼ら自身の歌唱力のレベルアップによるところが大きいと思う。
 セットリストは彼らのTwitterを参照していただくとして、特に印象的だった曲と演奏について書いておこう。
  オープニングの〈Clap! Clap!〉に続く〈YOU〉で、これまでと違った響きが感じられて、今日はどんな構成のライブになるか一気に期待が高まった。観客数は大会場のような盛り上がりを実現するには不足していたが、聴く側からすれば、自分を含めて一人一人の聴衆にパフォーマーである+Plusが語り掛けていることが如実に感じられたという点で、非常に贅沢で有難いライブだったと言える。
  〈ナミダ〉ではTOMO君の歌唱力レベルアップが感じられ、〈笑顔の君に〉ではMOTO君の表現力の高さを証明したし、ソロパフォーマンスで披露した〈Ordinary Days〉は曲構成も他曲と違う感じで新鮮だった。そして、〈キャンバス〉〈Pure〉ではデュオとしての実力の高さを実証する素晴らしいパフォーマンスだった。そして、その場の状況、雰囲気に応じた盛り上げも適切で、恒例の〈ハピバ!!〉では10月生まれの女性が一人居て、みんなで楽しくお祝いした。
  音楽的に最も圧巻だったのはアンコールの〈Answer〉で、カラオケのみの伴奏で、MOTO君があらかじめ録音した声とマイクを通した二人の生声がクッキリと浮かび上がり、会場全体に響き渡った(この曲のみ撮影許可)。心に染み入る歌声のナイスパフォーマンスで、デュオによるアレンジが完全に定着したことはもちろん、二人による新しい音楽スタイルの展開が着実に始まったことを確信した。
  個人的には初めて訪れたこの会場も、パイプ椅子だが、座席が用意されたのは有難かった。11月の東京ライブはすでにチケット入手済だが、西川口にも行こう。今日のライブでMOTO君が言っていたとおり、セットリストに毎回新しい工夫があるので、いろいろ楽しみたいし、+Plusの音楽は録音よりも、やはりライブが一番だと思うから。
  今日は、物販で何かを買うでもなく会場を後にしたが、彼らを心から応援する気持ちは他のファンと同じである。次回は記念にラバーバンドでも購入しようか。
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