知音札記

現代日本の演劇、映画、音楽など芸能関係を中心にレビューを書き、語る。

映画「テコンドー魂―REBIRTH―」~無心を学ぶ

2014-02-24 16:50:53 | 演劇 映画 音楽
  2014年2月23日18:45~、池袋シネマ・ロサ。ストーリーをプログラムから写す。
  元テコンドー全日本チャンピオンの一色辰夫(長嶋一茂)を父にもつ一色利通(井上正大)は、全日本選手権出場の決定を機に父の道場を継ぐことが決まっていた。地元TV局でレポーターを務める妹・絵里(小池里奈)も利通を応援している。しかし、利通は本来であれば道場を継ぐはずだった兄・新平(馬場良馬)のことが気にかかっていた。大会を目前に控え、利通は後輩である石場(浜尾京介)、相田(橋本真一)、後藤(辻伊吹)と特訓を行うため合宿所に向かう。しかし、4人は途中突然起きた落石事故に巻き込まれてしまう・・・。森の中で意識を取り戻した利通たちに、何者かが次々と襲い掛かってくる。テコンドー技で応戦する利通たちだが、倒すと彼らは消えてしまう。そして、戸惑う彼らの前にあらわれた謎の男・マギー(石橋蓮司)が衝撃の事実を明かした・・・。この森を抜け出すためには勝ち続けるしかない!利通たちの際限のない戦いの行く末は? 一方、利通の兄・新平はテコンドーをやめて家を出てからは、やくざまがいの仕事をしていた。かつて共に道場を守っていこうと誓い合った兄弟は、それぞれ別の道を歩み始めた。離ればなれになった2人の魂は再び巡り合うことができるのだろうか?
  HP→ http://www.taekwondo-damashii.jp/



  プログラムに本作への監督の思いが書かれていて、それを自分なりに敷衍して見ると次のようになる。究極として求めるべきは評価ではなく、無心で取り組むことの意味を知る好作品であると思った。自分は死後、誰の魂と合体する状況になるのか、あるいは生きている間に先達たちの想いをどれだけ受け継ぎ、発展させることができるか? 人間、皆、年月を経て自分の歴史的立ち位置が少しずつ分かるようでなければならない。そして、過去からの学びとともに新しい出会いも大切にせねばと思う。
  映画の重要なシーンの1つ、この世と天国の中間世界での出来事やバトルは、日々の時間を大切しないことへの警告のようにも見える。いつ死ぬか分からないのに・・・、事故や葬儀のシーンに身が引き締まる思いがした。要は、先に亡くなった人々が安心して天国に行けるように、今を生きている人間が自分を磨くことが不可欠である。それは、未練を持って亡くなった人々をその怨みからの解放へ、その役割を自分が担うことにいつ気付くかということでもある。
  そういう意味では、僭越ながら宗教は人生の解釈であり、生きる知恵だとつくづく思う。もちろん、そのあり方はそれぞれであり、自由に選択されるべきものである。そして、生きて行く上でも戦いのためのシミュレーションやイマジネーションが大事であることは論を待たない。相手の攻撃に如何に適切に対処するか、つまり、様々な困難に立ち向かう方法を正しく見極めねばらない。人生の解釈を間違えると、自分はもとより家族や大切な人を不幸にすることを再認識させられた。 
  利通役の井上正大君VS.白川裕二郎君(正体不明の敵)のバトルシーンは圧巻だった。芸術的な美さえ感じさせる。井上君の試合のシーンはさすがに堂に入っている。浜尾京介君は、テコンドーの試合のシーンでは、身体(腰)のちょっと硬そうな動きが意外だったが、森の中のアクションではシャープな身体能力を遺憾なく発揮していた。また、女の子を積極的に追いかけるキャラは以前、あまりなかった印象だが、なかなか新鮮で良かった。浜尾君が消えて(蘇るために)井上君と別れるシーンで、キラキラ輝いていた二人の目がとても印象深い。これは浜尾君最後の映画出演作品なのだろうか? エンディングで撮影の合間の様子を流していた場面の1つで彼が感涙していた姿が映されていた。ついでながら、引退も人生における選択肢の1つ、つまり1つの解釈なのである。優れた若手俳優の引退は残念ではあるが、とにかく志がある姿がまぶしく目に映った。馬場良馬君、橋本真一君、辻伊吹君、小池里奈さんら、良い兄弟、妹と先輩後輩の姿を見せてくれている。皆、実に清々しい。
  ラストシーンでの「御帰り!」という一言が、本来あるべき姿に戻ったことへの祝福として脳裡に焼付いた。DVD化を強く希望する。

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映画「幕末奇譚SHINSEN5 風雲伊賀越え」~恐怖政治を打倒する強固な意志を感じた

2014-02-13 09:32:23 | 演劇 映画 音楽
 2014年2月某日。於仕事先の某映画館。作品全体を通して感じられたのは「未来を信じるか?」という厳粛な重い問いかけであった。この世を陰で操る黒幕の存在とそれに立ち向かう若者の雄姿を前作より鮮明に描き出している。そして、本作品を鑑賞したことによって、現代にも生きている陰陽師、すなわち政治・経済はもとより社会を支配する黒幕の存在に対する意識を新たにした。映画での陰陽師のように誰かを担ぎ出して権力の座に付け、そしてそれを操るという手法、これは現実に起きていることだと思う。国のトップの座にいる人物が得体の知れない輩に操られて国民を縛り上げ、従わぬにものは地獄に突き落とす恐怖政治の到来を感じている人は急増しているはずである。それなら、国民は皆、声を挙げねばならぬ。新撰組5人のように。
  それから、本作は過去の歴史を変えようとすることを「大罪」としているが、実はそれは現在のことなのである。すなわち、歴史から勝手に存在を抹殺されることへの怒りであり、例え捏造してでも数字や何某かの結果を残したものたちだけが歴史として記述される欺瞞性への抗議なのである。
また、映画のセリフに有った「戦の無い国へ」は、人はより良い未来を背負って、命ある限り悪と戦い続ける決意をすべきこと、裏を返せば、理由なくして人を斬るための武術(武器)は無意味であること、つまり、理由を捏造して戦争を起こす行為が絶えないという現実への覚醒であり、強制ではない真の団結が生まれたとき、それに対抗できることを示唆していると思う。
  映像作品としては、服装、仕草、ヘアスタイル、言葉使い(沖田総司が「僕」と言っても違和感がない)など時代物の新しいイメージを形成したと思う。アクションもシャープで美しく、特に陰陽師二人の対決シーンは迫力があった。新撰組の5人対陰陽師の対決場面でのスローやストップモーションの映像も良かった。 
個々では、真田幸村の亡霊役の井上正大君がセリフ、声、表情、仕草すべてに凄みがあった。土方歳三役の馬場徹君は口調とたたずまいに凛々しさがあふれていて、あの若さで威厳すら感じられる。その他、沖田総司役の神永圭佑君が成長して落ち着いた雰囲気を醸し出しているのが印象的だった。
  映画の中でいうところの「隠された任務」とは、つまり、人は自分自身に課せられたものにいつ気づくか? 本当の使命=誠で象徴されているように思う。全体を通して、歴史の積み重ねから学ぶことの大切さ、それは受けた「傷」(失敗、挫折など)も何等かの意味があることを示している。例えば、服部半蔵の頬の傷がそれである。
  BGMもいろいろな楽器や声が使われていて面白かった。ギター、イランの古典声楽、筝のトレモロ、(インドの?)サーランギなど多彩である。とにかく、前作よりも確実にレベルアップしており、こんなすぐれた作品を見逃すのは大損というしかない。
  次回作が待望される。HP→ http://shinsen5.com/vol2/
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