バルカンの古都ブラショフ便り

ルーマニアのブラショフ市へ国際親善・文化交流のために駐在することに。日本では馴染みの薄い東欧での見聞・体験を紹介します。

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旧共産党本部とルーマニア革命

2007年04月17日 22時53分46秒 | Weblog
  ブカレストの国民の館(2007年1月 日ブログ参照)と並んで、共産党時代の威厳を誇る建物が、この旧共産党本部。モスクワでも北京でもそうだが、共産党関係の建物は縦線を基調としたデザインになっている。見る人に威圧感を与えるためであろうか。
  1989年12月21日、チャウシェスク大統領は、この建物のベランダから大群衆に向かって演説していた時、突如聴衆から起こったブーイングに遮られた。 翌日デモ隊がこの建物に突入し、チャウシェスク夫妻は屋上からヘリコプターで逃走するが、3日後に捕らえられ即銃殺された。その間、この建物がある革命広 場では一般市民を巻き込んだ激しい銃撃戦が繰り広げられ、多くの犠牲者が出た。
  自然院が革命広場を訪れた時、早朝にも係わらず、慰霊碑の前に蝋燭を灯して犠牲者を悼む青年の姿があった。18年経ったが、未だ当時の怨念が消えていない場所である。
 

ルーマニア革命

  1989年暮れ、ベルリンの壁崩壊に象徴されるように東欧諸国の共産主義体制は次々と崩壊していったが、これら一連の動きはビロード革命とも呼ばれるよう にほとんどは無血に近い形で政権交代が進んでいった。最後に残ったルーマニアは、欧州最貧国と云われたように経済は破綻状態であったが、独裁により国民 の不満は抑えられており、その成り行きに世界の注目が集まっていた。
  12月16日ハンガリー国境に近いティミショアラでハンガリー牧師退去命令に反発して反政府デモが蜂起した。翌日鎮圧されたが、これが契機となって各地に 反政府デモが広がり、次第に首都ブカレストに近づいていった。国内では報道管制が敷かれているので反政府活動については一切報道されなかったが、国民は海 外放送(特にドイツからのRFE,アメリカからのVOA)をこっそり傍受したり口コミを通じて情報を収集し、反政府の機運は高まっていった。
  そして12月21日、いつもの大本営発表式の演説をしていた大統領に向かって、一人の男が大声を上げた。「大統領は嘘つきだ。」その勇気ある叫びに呼応し て一挙にブーイングが会場に巻き起こり、予想外の事態にチャウシェスクは唖然とした。中継していた国営放送は、大統領の絶句した表情を映し出したところ で、急遽映像を打ち切った。しかし、その映像は西側で傍受されて世界を駆け巡り、チャウシェスク政権終幕近しとの印象を与えるところとなった。
  翌日、デモ鎮圧のため出動した国軍の戦車部隊は逆にデモ隊に包囲され説得されるところとなり、兵隊とデモ隊とが抱き合ったり、大砲を共産党本部に向け変えて一 緒にデモする場面などが、反政府側の手に落ちた国営放送局を通じて海外に流れた。こうして首都近郊から集まった大群衆は、執拗に抵抗する大統領側近の治安 警察と戦い多くの犠牲者を出しながら、遂に独裁者を追放し民主政権を樹立し自由を勝ち取った。

  これが、日本に伝えられている大体の動きである。当時、自然院は特にルーマニアに関心があるわけでもなかったが、チャウシェスクの絶句した表情や戦車とデ モ隊が一緒に行進するシーンなどは覚えており、ある種の感動を覚えた記憶はある。一般には独裁に対抗した民意が打ち勝ち、目出たし目出たしといういう風に伝え られているが、果たしてそうだろうか? ひねくれ者の自然院としては、現地に来てみて2つの疑問を持つようになった。

疑問A:
 革命へと民衆を動かしたのは、反独裁という民意の純粋な結集によるものだったのだろうか?

 疑問B:
 独裁者を追放して民主政権を樹立した今、ルーマニア人は満足しているのだろうか?

 疑問Aについて
 当時密告制度があり、セクリターテと呼ばれる秘密警察官(密告を義務として指名された者)が7軒に一人の割合で配置されていたという。誰がセ クリターテなのか家族さえも知らされていない。家族・友人をも信じられない、そんな状況下でティミショアラからわずか一週間で厳しいセクリターテの追求の 目をかわしながら大規模な反政府活動のうねりが形成され得るものだろうか?国民の政府に対する純粋な反発心が潜在していたとしても、それを誘導する何か「プ ラスアルファの力」が加わらなければ具体的な行動力にまで結実しなかったのではないか。
  秘密警察を使って民衆の行動をあれほど用心深く見張っていたチャウシェスクすら、この反政府運動には多寡をくくっていた節があり、デモ発生後にも拘わらず イランへ出張しているのである。そして帰国した日に通常の官製デモ(「チャウシェスク万歳」終わるいつも翼賛行事)で処理をしようとしたら、思わぬ反発を 食らう結果になってしまった。つまり、チャウシェスクさえも予想していなかった事態になったということは、想定外の「プラスアルファの力」が存在したとい うことしか考えられない。
  結論的にいうなら、「プラスアルファの力」とは周到に準備された外国からのオルグであろう。(差し金は西側かゴルバチョフからか?)ルーマニア人に「どう して反政府運動に加わったのか」と聞いてみると、「いつの間にかリーダー的な人が音頭を取っていて、それに従っていたら、革命になっていた。」というよう な事を言う。本当に自分たちが革命実行の当事者を自認するなら誇って発言して良いはずだが、多くを語りたがらない。「何かに乗せられて、やってみたら革命になっていた。」というのが本当のところのようである。

 因みに、2000年に朝日新聞に連載されベストセラーになった高樹のぶ子の小説「100年の予言」 でも、本件をテーマとしている。小説では、「プラスアルファの力」は、ルーマニアの人気作曲家の謎の楽譜に込められた秘密にあったというストーリーになっ ている。フィクションとしては、大変に面白いので、一読をお奨めする。ブラショフの黒教会や、自然院がお付き合いしているブカレスト大学教授も登場する。

 疑問Bについて
 政治面でいえば、多くのルーマニア人は現在の指導者層に大きな不満を 抱いている。BS朝日で放映された「近くて遠い友好国ルーマニア」の録画を当センターの学生達に見せたところ、大統領や銀行総裁などトップクラスが登場す るたびに大ブーイングが起こった。「この人達は口先だけで行政能力がない。朝令暮改の連続。」「私腹を肥やしている。」というのが若者達の一致した評価で ある。先日、書道の授業で「正義」という字を書かせたところ「ルーマニアには正義はない。」と吐き捨てるように言う学生もいた。奴等はチャウシェスク時代 も甘い汁を吸っていたくせに、何かの拍子にトップの地位について今はチャウシェスクと同じように私腹を肥やすことに汲々としているというのである。
  さらに生活面で云えば、平均収入は3~4万円くらいと云われるが、都市生活者の場合はその半分はガス代で消える。残りの半分も電気代などで消える ので、理屈上は生活出来ないことになるが、実際はどっこいしたたかに生きている。ルーマニア人自身も不思議だと云っている。若い人の場合は何とか副業などでやりくりしてい るようだが、年金に頼る年寄りの場合は悲惨で物乞いする人も多い。年配者へのアンケート調査では、「チャウシェスク時代は仕事も住居も年金も確実にもらえ たので、今より良かった。」という回答が40%に上ったという。

 自由は手にしたが、競争時代にはいり、落ちこぼれる人が増えているのも現実である。 独裁は倒したものの、国民が自信を持って自分たちの国造りに励んでいるという実感が持てない状況にあることは確かである。
  経済およびビジネス上の混乱については、稿を改めて書きたい。
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4 コメント

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Unknown (をらん)
2007-04-18 01:36:46
久しぶりの更新興味深く読みました。
また寂しい一人暮らしに戻って可哀相に…と思って来てみたら、こんな難しいことを考えていたのですね~^^;

最近日本でも公開された旧東独時代の密告者をテーマにした映画がドイツで評判らしいです。
どこの旧共産主義国も市場経済に乗り遅れた人々が昔はよかったという懐古主義でいっぱいのところに、この映画が「誰が密告者かわからない世界が本当によかったのか?」という疑問を投げかけて、懐古主義は一気に冷めたとか~

しかし、それだけ熱い学生が沢山いるということはルーマニアの未来は明るいですね♪
省みるにわが祖国は・・・・・--;;

旧共産主義への懐古傾向 (自然院)
2007-04-19 00:53:18
東独における旧共産主義への懐古傾向への情報ありがとうございます。世の中急激に変化すると揺り戻しを経てだんだん落ち着くというのが常でしょう。日本でも戦後直後は思想闘争やレッドパージが吹き荒れて、右に左に激しく揺れた時代がありましたからね。
ところで若者が現体制に強い不満を持っていることが、この国に未来にとって救いになるかどうかは疑問です。優秀な若者はルーマニアに見切りを付ける傾向があるからです。いわゆる頭脳の海外流出。自然院の行っている交流事業も、時としてそのお先棒を担ぐという結果になることもあります。難しい問題。学生とも時々議論します。
いよいよ?? (ならん)
2007-04-19 23:35:57
自然院さんは、素晴らしい!!
お疲れの所なんでしょうが。。。
知りたいと思う事が・・・
感心しながら。。。
読ませていただきます。

こちらは、選挙で若者が多く立候補してます。
何で若者に??と思う気持ちがありますが、年寄りだからね(笑)
本当に若者が良く出てますよ。
どうなっていくのでしょうか?この世の中??・
どうぞお体に気をつけてお過ごし下さい。
Unknown (をらん)
2007-04-26 23:47:46
どこの国も優秀な人材は皆国外流出してますね~
日本の若者も・・・
海外で出会った日本の若者達は皆素晴らしかったです。
頭脳の国外流出と言う点ではいずこも同じではないかと・・・
現に自然院さんもルーマニアにいますしね~~^0^
ヨイショ!

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