最近、山手線のドア口のモニターでシェーバーの宣伝を何種類か見かけます。でも、どれもモデルがジャニーズとかのスッキリ系イケメンなので、そんなもともと髭の薄そうな人がいくら剃り味をアピールしたって、僕のように本当に髭剃りに四苦八苦している人には何の参考にもなりません。ああいうのは、「この人が推すなら大丈夫だろう」と思えるような逞しいあごと髭をもつ役者さんがやった方が宣伝効果は高いように思います。
さて、今回は「諏訪」についてみてみます。特殊な字面ですが、地名や神社として全国いたるところで目にするので、これを「すわ」と読むのは難しくないでしょう。しかし、「諏訪」の起源を探るとなると、これはかなり大変です。何しろ諏訪の歴史は神代の時代にまで遡るからです。
長野県諏訪市(および下諏訪町&茅野市)の諏訪大社は、その起源がよくわからないほど古いものです。古事記によれば、その祭神は建御名方神(タケミナカタ)とされています。建御名方神は出雲の大国主命の長男とされ、建御雷神(タケミカヅチ)との力比べに敗れて諏訪地方へ逃れてきたと伝えられています。建御名方神は、建御雷神に諏訪から出ないことを条件に命を助けられたとされ、その代わりに建御名方神が諏訪に独自の王国を築いたのが諏訪大社のおこりとされています。
しかし、実際には建御名方神以前すでに諏訪には地元の信仰が別に存在していたといわれ、有名な御柱祭などはそうした古代土着信仰に基づくものであるといわれています。そうなると、「スワ」という地名もヤマト神話以前の古代言語に由来するとみるべきとなり、その意味を推測することは非常に困難となります。
一般的に、建御名方神は、敗れたとはいえ力自慢の神であったことから戦や勝負事の神とされています。それは、戦国時代に武田氏が諏訪大社にたびたび必勝祈願をしていたことなどにも起因するのでしょう。しかし、建御名方神は、古代信仰においては風神や水神、あるいは鍛冶の神であったとするさまざまな説があります。個人的には、諏訪から蓼科へ向かう大門街道沿いで鉄鉱石を産出していたと聞いたことがあるので、産鉄民族の信仰対象であったというのが説得力があるようには思います。
このように、諏訪地方は日本列島の中でもとかく古い歴史をもっているため、言語体系や地名についてもかなり独特であるといわれています。難読地名といえば、同じく古代王朝時代に歴史を遡る京都・奈良が有名ですが、実は諏訪も負けていません。そもそも、一般には「諏訪」の読みは「ス」にアクセントを置いて「スワ」と尻下がりに発音しますが、本場の諏訪地方では「ワ」にアクセントを置いて「スワ」と尻上がりに発音します。「諏訪湖」の場合も、地元の発音ではやはり「ワ」を強く「スワコ」と読みます。以下、諏訪地方の難読地名をいくつか列挙します。答えは、そのあとでアクセントの位置と一緒にご紹介します。さて、いくつ読めるでしょう?
1、「神宮寺」
2、「小和田」
3、「大和」
4、「古田」
・
・・
・・・
・・・・
・・・・・
・・・・・・
<こたえ>
1、「じぐじ」
2、「こわた」
3、「おわ」
4、「ふった」
です。読めましたか?漢字は地名や名字でよく見かけるものだけに、「何でわざわざそう読むんだ」とイラッとくるものが多いかと思います。また、アクセントが中間か頭にあるため、後ろにアクセントのくる関西弁が柔らかく聞こえるのに対し、諏訪方言は非常に威圧的に響きます。初めて諏訪を訪れた人が聞くと、何でいきなり怒ってるんだろうと感じるかもしれません。
さて、今回は「諏訪」についてみてみます。特殊な字面ですが、地名や神社として全国いたるところで目にするので、これを「すわ」と読むのは難しくないでしょう。しかし、「諏訪」の起源を探るとなると、これはかなり大変です。何しろ諏訪の歴史は神代の時代にまで遡るからです。
長野県諏訪市(および下諏訪町&茅野市)の諏訪大社は、その起源がよくわからないほど古いものです。古事記によれば、その祭神は建御名方神(タケミナカタ)とされています。建御名方神は出雲の大国主命の長男とされ、建御雷神(タケミカヅチ)との力比べに敗れて諏訪地方へ逃れてきたと伝えられています。建御名方神は、建御雷神に諏訪から出ないことを条件に命を助けられたとされ、その代わりに建御名方神が諏訪に独自の王国を築いたのが諏訪大社のおこりとされています。
しかし、実際には建御名方神以前すでに諏訪には地元の信仰が別に存在していたといわれ、有名な御柱祭などはそうした古代土着信仰に基づくものであるといわれています。そうなると、「スワ」という地名もヤマト神話以前の古代言語に由来するとみるべきとなり、その意味を推測することは非常に困難となります。
一般的に、建御名方神は、敗れたとはいえ力自慢の神であったことから戦や勝負事の神とされています。それは、戦国時代に武田氏が諏訪大社にたびたび必勝祈願をしていたことなどにも起因するのでしょう。しかし、建御名方神は、古代信仰においては風神や水神、あるいは鍛冶の神であったとするさまざまな説があります。個人的には、諏訪から蓼科へ向かう大門街道沿いで鉄鉱石を産出していたと聞いたことがあるので、産鉄民族の信仰対象であったというのが説得力があるようには思います。
このように、諏訪地方は日本列島の中でもとかく古い歴史をもっているため、言語体系や地名についてもかなり独特であるといわれています。難読地名といえば、同じく古代王朝時代に歴史を遡る京都・奈良が有名ですが、実は諏訪も負けていません。そもそも、一般には「諏訪」の読みは「ス」にアクセントを置いて「スワ」と尻下がりに発音しますが、本場の諏訪地方では「ワ」にアクセントを置いて「スワ」と尻上がりに発音します。「諏訪湖」の場合も、地元の発音ではやはり「ワ」を強く「スワコ」と読みます。以下、諏訪地方の難読地名をいくつか列挙します。答えは、そのあとでアクセントの位置と一緒にご紹介します。さて、いくつ読めるでしょう?
1、「神宮寺」
2、「小和田」
3、「大和」
4、「古田」
・
・・
・・・
・・・・
・・・・・
・・・・・・
<こたえ>
1、「じぐじ」
2、「こわた」
3、「おわ」
4、「ふった」
です。読めましたか?漢字は地名や名字でよく見かけるものだけに、「何でわざわざそう読むんだ」とイラッとくるものが多いかと思います。また、アクセントが中間か頭にあるため、後ろにアクセントのくる関西弁が柔らかく聞こえるのに対し、諏訪方言は非常に威圧的に響きます。初めて諏訪を訪れた人が聞くと、何でいきなり怒ってるんだろうと感じるかもしれません。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます