頼子百万里走単騎 "Riding Alone for Millions of Miles"

環境学者・地理学者 Jimmy Laai Jeun Ming(本名:一ノ瀬俊明)のエッセイ

2014年10月ヴェネチア(ヒートアイランド対策国際会議)

2019-04-08 17:42:58 | 旅行

12日
 フランクフルト中央駅で、東欧系らしき旅行者から道を聞かれる。やっぱり小生は旅行者には見えないようだ。
 1830にヴェネチア空港に到着。蒸し暑い。イタリア語速習とラテン語入門の教科書は到着までに読み終わった。あとは単語を増やして実践するだけだ。本島ではなくて陸(メストレ・マルゲーラ)にホテルを予約。安い。本島の3分の1くらいか。ホテルのまわりは本当にさびしい。飯を食う場所も少ない。
 オーナーは古い華僑だという。朝飯は中華が半分だった。中国の団体バス旅行(ドイツから来ていた)客がうるさい。一人で海外出張できるような資質の人はまずいないだろう。

ここへ行くなら物価の高い島ではなくて、橋を渡った大陸側の「チャイナタウン」をお勧めします。

Choice of accomodation in Mestre is a clever way.

13日
 朝8時にバスに乗り、本島へ向かう。16年ぶりのヴェネチアだ。鉄道・バスのターミナルから2本乗り継いで会場のあるセルヴォロ島へ向かう。そこから先がなぜか90分もかかってしまった。偶然外洋へ出るコースを選んでしまったが、中央の運河を通っても、停車駅が多いので同じことのようだ。サンマルコ広場にはものすごい行列ができている。日本人がやたら目立つ。
 ハノーファーにも来ていた参加者もちらほら。ヒートアイランド対策国際会議なのだが、基調講演は一般的な気候変動に近い話だった。

International Conference on Countermeasures to Urban Heat Island.

 来る時の時間が予想以上にかかったので、15時に会場を離れた。中央運河のコースも非常に遅い。一旦ホテルに戻って1730ころ再び本島行きのバスに乗ろうとすると、急に雷鳴がとどろいて嵐になり、枯葉交じりの大雨がらせん状に真横からも吹き付けてきた。まるで風洞実験だ。人に会うのでおめかししてきたから、ここで濡れ鼠になるのは勘弁だ。
 バスに揺られて15分ほど走る間に、大雨のゾーンを抜け、少し濡れた服も乾いてきた。駅から集合地点(リアルト橋の近く)までは歩いて30分程度と見た。約束の時間までは約1時間あるので、島内の名所を見ながらくねくねと歩く。日本人、ドイツ人、韓国人、中国人が多い。1回1万円以上するゴンドラに2人だけで乗っているリッチな人も少なくない。
 約束のお相手は、小生の中国ブログ(新浪)の熱心な読者であるMさん(元東京都の小学校教師)。30代の人妻(ご主人はヴェネチア人)。家ではお子さんとイタリア語だけで話すという。こちらの生活や文化、社会構造など、多岐にわたり様々なお話を聞かせていただいた。
 小生が持参したのはオクトーバーフェスト仕様のソーセージ(ヴルスト)。Mさんは郷土料理の店にご招待してくれた。アンティパスト、サラダ、スパゲッティ、肉か魚、デザートとエスプレッソ、という流れになるはずだが、ブスマンテを飲みながらだと、量が多すぎるので、サラダ、スパゲッティをスキップ。陸で猛威を振るった嵐が追いかけてきたが、すでに建物の中。30分ほどで沖へと通り過ぎて行った。
 本島のほぼ中央、リアルト橋のあたりから駅まで一緒に歩いて送ってくださった。おかげで翌日以降のよい下見にもなった。

14日
 会議2日目。今日はちょっとラフな格好で参加。昨夜の彼女にも言われたが、「在欧のアジア系住民」に見えるだろう。夜は本島の真ん中のとあるタベルナで、見知らぬ店主から「プロフェッサー」と呼び止められ、それでもそんな風に見えるかなあ?

Mein grosser Brüder im Freiburg, Prof. Dr. M Sensei.

 アメリカとイタリア、ギリシャからの講演の多くに対し、「あんなものは科学(Wissenschaft)じゃない。ビジネス(Geschaft)だ。」と、二十年来のお付き合いのあるスイスの先生がこぼす。小生も同感である。この会議では、どの講演も判で押したように見えてしまうので、会場を移動してまで聞きたいものを聞く、というのはやめ、ドイツ疲れを癒しながらぼんやりと聞き、気になった時にはちゃんと質問する。
 バンケットは高いので参加せず、夜は本島で買い物。先ほどのお店で、野菜サラダとペペロンチーノ、ワイン。合計23ユーロ。日本より500円ほど高い感覚だ。「スパゲッティ」と言わないと、赤い小片の入った大瓶が出てきて終わり。サラダ(結構な量がある)しか食べないのか?と言われ、「ペペロンチーノ」は日本語なのだ、と気が付く。
 歩きながら気が付いたこと。日本人女性は日本にいる時よりも化粧が濃い。イタリア人女性はよくタバコを吸う。

15日
 会議最終日。朝、船のデッキで発表のイメトレ。優雅な時間だ。午前の発表もイタリア受けしそうなトークを交えて時間通り。事後に各国の研究者らから有益な情報をいただく。
 午後の閉会式では、「日本のこの分野に対する十数年間の多大な貢献」に対して、日本人全体が表彰され、小生もステージに上げられた。表彰状も存在するので、受賞歴に書けるかな。

最後の1pは必ずこんな調子。こだわっています。

表彰されました。団体特別功労賞みたいなもの。小生は90年代初頭からこの分野の研究をはじめ、2000年代の前半には日本政府の関連政策作りに直接参画(国の委員会の座長とか)していたので、この表現は確かにあってます。ありがとうございました。堂々と履歴書に書こう。

The Japanese Delegation (incl. Toshiaki Ichinose)

“The Award in Recognition of OVER TWO DECADES OF CONTINUOUS CONTRIBUTION TO THE SCIENCE AND APPLICATION OF UHI COUNTERMEASURES”

By
Third International Conference on Countermeasures to Urban Heat Island

 夕方、空港行のシャトルバスの終着点が、100kmほど離れたクロアチア国境付近(トリエステ)であることに気が付かず。空港があまりに小さいので降り忘れそうになった。トリエステまで連れて行かれたら? 当地の空港でチケットを購入して安宿に泊まり、翌朝フランクフルトに飛べばよかったのだろう。2万円くらいの出費で済んだはず。実際は反対方向行きの便が多く、すぐ拾ってもらいセーフ(30分ほど失った)。空港のカフェにて、プロシュート、プロセッコで晩酌。

Chao! Venezia.

 21時にフランクフルト到着。なんと、S-Bahn(DBとは経営が別)がストライキしている。ホテルまでは30分で行けるはずなのだが、ここからバスと路面電車(あるいは地下鉄)を乗り継いで行くしかない。事態の把握と路線の選択ミスもあり、1時間ほど失った。結果、あと1路線だけ路面電車に乗ればよい地点ですでに2300。ゴルゴ危うし。
 そしてOstend Strasseに到着。しかしここからが鬼門だった。駅名の付け方がめちゃくちゃだ。Ostend Strasseは、S-Bahnの同名駅(運休中)に接続しているというだけで、実際のOstend Strasseとは数百メートル離れた場所にある。昼間なら駅にある市街地地図で確認できたのだが、深夜で、しかも雨が降っている。重い荷物を引きずって道を聞きながら迷走すること15分以上。事前に形成したホテル周辺のメンタルマップと現実がなかなか一致しない。2400前くらいにホテル到着。よれよれ。

Entschuldigen Sie. Die Ostend Strasse gewesen gar nicht.

こんな駅名の付け方されたんじゃ、たまったもんじゃない。空港から30分で行けるはずが、突然の鉄道ストライキで、バス、路面電車を何本か乗り継ぎ、2時間かかって雨の深夜に到着。しかし、、、
これでドイツ語できなかったらゴルゴもお手上げか。

Voll scheisse! Ueber 00:00.

16日
 翌朝、この界隈が西成のような雰囲気の場所であることを知る。近くに動物園があるだけではない。クロアチア人街、トルコ人街、ホームレス、、、。路面電車の駅で屈強の男たちがハッシシのようなものを紙で巻いて吸っている。東欧系のマイナーな言語に、トルコ語が混じったようななんとも言えない言語をバルバルと話している。古のギリシャ人が彼らをバルバロイと呼んだことが思い起こされる。近所のスーパーで、クロアチアブランドの粉末スープを10種類以上購入。語学教室の調理実習で飲み比べ大会ができそうだ。

Found at a Croatian grocery store in Frankfurt.

日本では手に入りにくい旧ユーゴスラビア地域のスープ。フランクフルトの肉屋でゲット。

Croatian wedding soup:クロアチアの婚礼スープ

“Sarajevo” soup of Bosnia and Herzegovina:ボスニア・ヘルツェゴビナのサラエボスープ

Slovenian meatball soup:スロベニアの肉団子スープ

Serbian beef soup:セルビアの牛肉スープ

 偶然ヘンケルのショップを見つけて路面電車を降り、スイス軍のナイフを子供たちに購入。正しい使い方を教えたい。オーナーはフィリピン人。出血サービスをいただいた。S-Bahnのストライキは解決。今日はすんなり空港についた。
 入出国審査によどみのないドイツ語で受け答えすると、今ドイツのどこに住んでいるのか? と聞かれてしまうことに気が付いた。本人であることを疑われているのか。パスポートの写真より現在痩せているせいか? あるいは、日本人はそんなに語学的レベルが低いと見られているのか。
 2週間ぶりの成田は蒸し暑かった。30kg近い荷物が時差ボケの体にはつらい。ジムに行けなかったこの3週間。リバウンドはわずかに1kg(誤差?)だった。炭水化物、ビールを控え、野菜、良質の肉、蒸留酒を旨とし、エキスパンダー、長距離歩行、重い荷物も功を奏したのだろう。

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3 コメント

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Unknown (本人)
2019-04-08 17:52:30
The next winner (Regular award for the best performing country) in 2016 (at Singapore) was Italy.
その後この賞は常設の「団体功労賞」と化し、次のシンガポール(2016年)ではイタリアが受賞した。
Unknown (本人)
2020-10-16 00:13:12
空港に30分早く着く予定が、別の場所だと思い込んで空港で下りず。運よく幹線道路だったので、反対方向のバスもあり、拾ってもらって30分遅く到着。タイムロスは1時間。それでも余裕で晩酌するゴルゴ。ゆとりを持った計画が命拾いに。
Unknown (本人)
2021-10-15 02:22:24
大した業績もないのに、と日々思っていたこのころだが、日常はかくも優雅だった。その後、遅まきながら「借りを返す」(=人生においてやっておくべきことを済ませる)日々が始まった。(コロナ期の直前まで)

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