頼子百万里走単騎 "Riding Alone for Millions of Miles"

環境学者・地理学者 Jimmy Laai Jeun Ming(本名:一ノ瀬俊明)のエッセイ

2005年3月台湾の記録を発見

2020-06-07 11:33:36 | 旅行

台北到着。思ったより寒い。夏の格好は大失敗。国光のバスに揺られ、ホテルに入ったのは午後8時。駅で翌日午後の自強号の切符を買うのに30分並ぶ羽目に。ここは大陸なのか?

双城街のバーに行ってみる。日本人はいない。林森北路とは大違い。ソファーで飲んでいると、ベトナムから出稼ぎにきたという小姐登場。座帯は400台湾元というので話を聞いてみることに。目鼻くっきり美人なので高山族かと思いきやベトナム。「Cam on」はありがとうですね。これは感恩と書くのだそうです。なんだ、漢字でかけるのか。頼はNhoとつづるらしい。私の名前はベトナム語で書くと、頼(Nho)俊(Tuan)明(Minh)。僕はホーさんってわけね。海鮮砂鍋を屋台で食べる。宿泊は天津街でスウィートルームが1600台湾元(格安)。

翌日、MRTの藍線に乗って昆陽で下車し、タクシーで中央科学院に向かう。午前中W先生と議論した後、13時発の自強号に乗って高雄へ出発。845台湾元。板橋は、台湾(福建)語でバンキョ。まんまじゃないですか。車内アナウンスは北京語、英語、福建語、客家語の順。

「カムシャ、レイダハッツォ」

なるほど、慣れるとたぶんわかりやすそうだ。台湾人はピンインで書いても読めません。XieはHsiehですね。これはいいけど、Hsiungがどうしてションと発音するのでしょうか?

隣に乗ってた女性が日本語の教材を台中まで勉強していた。長栄(エバー)航空の地上職員だった。

そして4時間半後、高雄に到着。ちょっと飽きた。景色は徐々に熱帯化していった。

六合夜市のそばに泊まる。780台湾元。さすがにもうNHKの電波は入らない。

喫茶店でお茶を飲んでいると、セクシーコスチュームのウェイトレスが寄ってきた。300台湾元で立ったまま話し相手数十分、500台湾元で立ったまま閉店まで、1000台湾元で座帯、という。面白そうだったので200台湾元に値切って世間話につき合わせたら、お店から彼女に軽食が支給された。なるほど、そういうシステムなのか。領収書には「賞」200と書いてあった。なるほど、鑑賞(めでる)か。笑える。そのあと六合夜市で、炒めた青蛙、貢丸湯などを賞味。からすみを買うのを忘れた。

翌日は一昨日とはうってかわって夏の日差し。気温26度。夏のいでたちへ。街の構造がかなり見えてきた。ブランチに、ロボ飯とあさりのスープ、空心菜炒め。

帰りの切符は16時のがやっと買えた。あとは満席。21時に空港行きバスターミナルそばのホテルにチェックイン。1200台湾元。TVはエロチャンネルのみ。NHKも見られない。

華西観光夜市へ行ってみた。藍線車内で「九州地震 強度7」という新聞記事が目に入り、思わず覗き込んだら、そのおばさん隠しちゃった。

下水湯、台南担子面、ちまき、四神湯などを楽しむ。一歩裏通りに入ったら、ポン引きはよってくるは、怪しいオバサンがよってくるはで大変。○○餐庁って、レストランではなくて置屋だったんですね。しかもおばさんばかり。ここではじめてビンロウを噛んでいる人を見かけた。ああ、カルチャーショック。

大陸へは20回以上、のべ半年以上は行っている私ですが、初めての台湾でした。感想は「言葉の通じる韓国」。味覚、考え方、街の様子、衛生状態、何から何まで大陸にくらべたら日本にずっと近い。中国語だけで過ごした3日間でしたが、こんなに楽な思いをしたのは初めてです。親切、人当たりが柔らかい。行動もタイムリーで、まさに自由自在。物価は韓国並みに高いけど。また、フィリピン系の原住民の血も混じってて、沖縄みたいに彫りの深い美人が多い。ちょっとだけ金城武気分を楽しんだ出張になりました。

台湾語(福建語)、慣れると理解できそうです。音読み(日本語)のまんまもかなりあります。
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写真は2016年。布袋劇と肉骨茶。

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