頼子百万里走単騎 "Riding Alone for Millions of Miles"

環境学者・地理学者 Jimmy Laai Jeun Ming(本名:一ノ瀬俊明)のエッセイ

日本の環境学がつまらないのは

2019-09-15 04:02:24 | 日記

日本の環境冠学、環境冠学会、環境冠学科がつまらなくなったのはなぜか。
2日間にわたり行われたとある環境冠学会の講演タイトルをフリーのテキストマイニングにかけてみた(小生の最近15年の日本語講演タイトルでもやってみた)。もっと経済、パネル分析、統計、、、など、自然科学としての環境学用語とは真逆のコンセプトが並ぶのかと思いきや、そこまでひどくはなかった。しかしここ10年ほどその傾向(同じ方向を向いた流行の研究ばかり)を感じることがある。研究対象としての環境要素に直接触るのではなく、例えば統計学などの手法で(オリジナルではない)データを分析する。若い人の研究にそんな内容が増えていて、結果はどんどん出るのかもしれないが、話を聞いていて心が全く躍らない。
小生は自然地理学から出発して、学術界に生き残るべく環境学の世界に身を投じた(環境便乗学者)。今でも本当にやりたいのは自然科学(そして地理学)なのだと感じている。そんな小生は、今後日本の環境冠学科の教員としては活躍しにくくなっていくのかもしれない。しかし将来環境学の世界から引退することはあっても、学者、地理学、地球科学の世界から引退することは決してないと思う。
SDGsの指標を18~19世紀(近代)に当てはめてみると、どんな結果が出るのだろうか。マルクス・エンゲルスの理想も、本質的には「誰一人取り残さない」であったのではないだろうか。現代が中世階級社会に回帰したとして、この指標はどう動くのだろう。

コメント   この記事についてブログを書く
« 朝日新聞いとうせいこう氏の... | トップ | 著名な国際学術雑誌と「同姓... »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿

日記」カテゴリの最新記事