私学の高い学費を払い、あるいは非給付型奨学金という名の学資ローンの負債を抱えたまま、大都市にて決して高収入とはいえない労働(非正規なども含む)に従事。
→
そしてある段階で「田園回帰」を選択。(故郷のような)地縁がある場所ではないケースも。一般的には、以前より収入は厳しくなる。子育てや健康というメリットはあるが、次世代の進路についての問題には別途対策が必要となることもある。
コロナ以降インドなどでも田園回帰が進んでいるが、これはいわゆる農民工(単純労働の出稼ぎ)であって、日本で増えている上記の事例とは本質的に異なる。
発展途上国のみならず中国などでも、上記のようなライフコースは、「そこまでの経済的投資に見合わない人生を選ぶ」というふうに映ってしまうのだろう。
なぜそのような選択に至らないのかといえば、従前培ってきた自分の価値をフルに引き出すため(高い収入を得るためという意味とは違う)、生活のコストは相対的に高いけれど、「自分の戦場」とも呼ぶべき世界(そしてそこでの活動には必須となる居住地)にこだわり続けているからである。
したがって「自分の戦場」というこだわりを持てないほど、上記のような選択に至りやすいのかもしれない。国公立に進学→大都市の(待遇の悪くない)職場に就職、であれば、金銭的な投資はある程度回収できるであろうし、そこから先に相応の理由で「田園回帰」を選択する余裕もあるだろう。
この問題を解き明かすには、まだまだいろいろなフィールドワークの積み上げが必要だ。キーワードは、人生の持続可能性、ってとこか。