頼子百万里走単騎 "Riding Alone for Millions of Miles"

環境学者・地理学者 Jimmy Laai Jeun Ming(本名:一ノ瀬俊明)のエッセイ

労働力の再生産とは

2021-11-07 20:11:23 | 日記
マルクス主義における労働対価の理想的金額は、労働で失われた「労働力」の補填分である。よって、不労所得のようなものは本来必要ない、与えられるべきではない部類ということになる。小生は典型的知能労働者であるとするならば、知能労働者としてのポテンシャルを維持するための消費を、労働対価の使い道に位置づけるべきである。かみさんには「無駄遣いすんな」の一言で切り捨てられそうだが、実際こうした消費のうち、領収書を取って確定申告時に(執筆に必要な)調査取材活動とか位置づけるべきものも少なくないので、最近5年間は堂々と(勝手に)使わせてもらっている。年間でどのくらいか計算してみると、ざっと年収の5%くらいではないだろうか。年によっては、副収入(節税のためにはちゃんと使うほうがよい)と同じくらいになる。
たとえば外食時にラーメン1杯(700円)みたいな、あきらかに栄養学的な問題のある注文をさけるとかは重要と思う。また、行きつけのお店でほかのお客の注文を見ていると、酒だけでも小生の2倍以上は飲んでいるし、来店頻度も多い。しかし彼らの推定収入が、小生より高いというわけではないらしい。
その意味では、年収の5%というのは決して無駄遣いをしているわけではない気がする。実際は、それ以上の知的労働の成果に貢献しているのではないだろうか。これを奪われる(貯金しろとか)としたら、小生の知的生産のポテンシャルは地に落ちてしまうだろう。
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自公vs維国れvs立共となるのか

2021-11-07 18:46:43 | 日記
予言。
自公vs維国れvs立共
という枠組みへ。
自vs公民vs社共
という時代もかつてあった(80年代)。
労働組合というものに一年半だけ入ったことがある。当時は民の傘下だったと思う。実際は社の傘下にあったほうに入りたいと思っていたが、「歌って踊って、若い女性、、、」みたいなところで、不覚にも節度を曲げてしまった。が、水面下で社の傘下とも交流をキープし、第一希望の転勤先をゲットできたようだ(影響力が大きい)。以来、今の業界に来てからは組合というものに入ってこなかった。当時の理想像とかけ離れてしまっていたからだ。
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