頼子百万里走単騎 "Riding Alone for Millions of Miles"

環境学者・地理学者 Jimmy Laai Jeun Ming(本名:一ノ瀬俊明)のエッセイ

発展重視vs持続重視

2021-11-05 11:13:50 | 日記
高学歴なのに都会の競争を自ら下りて田園回帰する生き方が注目されているようですが、その行きつく先は(コスパだけの視点であれば、その選択はなしですが)。上昇志向の強い途上国の人々には、こういうロハスはまず理解されないかもしれません。
発展がなくても持続可能であればいい、ということであれば、この選択はありだと思います。その人が何を求めるか、です。中央でバリバリ活躍したい、という志を持った子供が、ちゃんとその夢を追えるような地域社会になっていてくれさえすれば問題ありません。
10年後、20年後の総選挙はどんなことになっているのかを予想する上で、こうしたポイントはキーになりそうです。野党連合が勝利できなかった背景を、権力・政権与党の策動・謀略とかいうレベルの(冷戦時代みたいな)説明をしている以上、事態はますます悪いほうへ向かっていくでしょう。立憲と代々木で組まなければならなかった背景。この2つが並立して票を食い合う関係は、確かに社会の非効率の1つに思えました。一方は政権を担うことを志し、もう一方は「確かな野党」で十分(二段階革命という遠い目標はさておき)な組織(日本にも中途半端な「二月革命」が2回ほどありましたけど)。55年体制のころからこれらが1つであれば、話は非常にシンプルだったし、違った今日があったと思います。
SDGs的な世界が実現するのであれば、代々木の存在が必要だとは思いません。もはやこの1つで十分じゃないでしょうか。そして政権与党でさえ、SDGs的な価値を前面に押し出さざるを得なくなっているのです。体制(政権)選択の対立軸は、冷戦時代とは異なったものになっているでしょうし、そうあるべきです。今でもそのノリで運動している人々が(どちらの側にも)多いのは困ったものです。
そこで、発展重視vs持続重視という形で整理してみるのはいかがでしょうか。分厚い中間層の形成に失敗し、さらなる両極化が進むとしたら、この構造はありえるかもしれません。
一般に外食は安いものではない。学食や社食以外で一食500円を追求した場合、栄養バランスの視点からは理想と程遠く、アメリカ西海岸の貧困層みたいな食生活に限りなく近づいてしまうだろう。もしなんらかの事情で貧困層に転落したとしても、ここをケチって健康上の問題を招来してしまってはいけない。となると、やはり田園回帰、ロハスみたいな選択をする人が多くなるのだろうか。
コメント (1)
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