行き先不明人の時刻表2

何も考えずに、でも何かを求めて、鉄道の旅を続けています。今夜もmoonligh-expressが発車の時間を迎えます。

東北の夏、名物の冷たい麺が美味しい季節

2020年08月30日 | 食(グルメ・地酒・名物)
暑い日が続く。いい加減にしてもらいたいほどの暑さだ。
そんな時に、どうしても食事の方も冷たい麺類に走りがち。先週、東北地方の出張の際に、気が付くと3日間のお昼には3食とも冷たい麺。今回は東北地方の名物麺をご紹介する。



トップバッターは山形の蕎麦(そば)。普通せいろやざるに盛り付けられているそばだが、山形では底の浅い大きな木箱にそばが盛り付けられる。これが「板そば」だ。
信州そばとの違いは、色が少し黒く、太い。モキモキした歯ごたえが楽しめるのが特徴。二番粉、三番粉も使うのかな?先日紹介した、山都そば(福島県)にも似ている(7月21日記事参照)。どちらがどちらに似ているかは別としても。
山形は生産量では北海道や長野に負けているものの、そば店の数は長野に次いで全国二位。消費量は、「そば・うどん」という括りのため香川県(さぬきうどんがあるからなー)にはかなわないもの、市単位での統計では第一位が山形市。
さすが、そば街道やそばの郷が17か所もある山形県だけあるが、今回のご紹介の写真は、置賜地方長井市の「はせ川屋」のもの。山形市やその近郊だけでなく、全県で美味しい蕎麦屋が多いんです。



仙台から秋田へは、東北自動車道を北上すること350キロ。途中通過の岩手県は、盛岡三大麺「わんこそば」や「じゃじゃ麺」を押しのけ、今回は「盛岡冷麺」をチョイス。途中、岩手山サービスエリアのレストランでいただきました。
盛岡冷麺の発祥は、戦後、朝鮮半島出身の方が盛岡で店を開業し、盛岡の人に好まれるように麵やスープを改良した進化系。麺は小麦粉にジャガイモのでんぷんを使用し、ビビン麺に牛肉の出汁スープを加えたという。
確かに、最初に食べたときにはゴムを食べているような食感もあったが、キムチ(盛岡ではカクテキ。写真上では、キムチたれに漬けられただいこんが別盛)を入れて食べると病みつきになる。(盛岡では、スイカがトッピングっされる割合が高いようだが、夏以外はどうするのか?)
「盛岡冷麺」として全国的に認知されたのは、昭和60年頃だというので、「名物」や「本場」と言われるまでは、時間を要した苦労麺なのである。



秋田の昼は、「稲庭うどん」。こちらは日本三大うどんの一つですとつです。(讃岐うどん、稲庭うどん、あと一つは「水沢うどん」だと思っていたら、「氷見うどん(富山)」、「五島うどん(長崎)」と諸説?というより、各産地の思惑が見え隠れする。)
秋田県の南部の湯沢市が発祥の地で、こちらは350年の歴史だとか。この日いただいた佐藤養助商店は、総本店(湯沢市)のほか横手地方を中心に店舗・工場を展開している老舗。「八代目」と店のロゴに付けてある。
代替わりするたびに呼び名やロゴを変えるのか?それだけうどんを干すという製法は秘伝であり、代々受け継がれてきたという自負を示すものでもあるようだ。今や東京、福岡、そして海外にも進出。海外では「稲庭養助」という店名で展開している。


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佐渡味紀行11、あの「いしはら寿司」も紹介!

2020年08月29日 | 食(グルメ・地酒・名物)


先週の週末のことだが、急きょ思い立って佐渡に行ってきた。近シーズン3回目。
上の写真は佐渡・両津港の様子。8月の土日といえば佐渡もまだ観光シーズン真っただ中のはずなのに閑古鳥。本来であれば「アースセレブレーション2020」開催の日だったんですよね。
観光客がいないと、飲食店も休業したり、営業時間の時短、メニューの変更などを実施しているので、グルメを紹介するにもちょっと普段通りにはいきませんが、今回も紹介します。



「しまふうみ」はすでに紹介した焼き立てパンを中心としたカフェ(2017年7月1日記事、第1回目の「味紀行」参照)。佐渡随一の人気店になったのは、そのお味もそうだが、上の写真のような真野湾を一望できるロケーションにある。
テラス席なども持ち、カフェメニューも充実していることから、今回は食事を楽しもうと再度訪れたものの、ちょっとメニューを絞っている?変更した?ようで、オムレツやワンプレートのメニューがない。これもコロナの影響なのか?
それでもスパイスカレーを注文。お洒落な店の雰囲気とは違って本格的な辛さを持ったカレー。ご飯とカレーのバランスがいまいちでしたがー(カレーに比べ、ご飯が多い)。



両津の「いしはら寿司」は、地元の方や観光客で賑わう佐渡の人気店。店名は早くにチェックしていたものの、佐渡では回転ずしのクオリティも高く、なかなか行く機会がなかった。昼を大きく過ぎていたので、すぐに席に座れました。
写真は、昨年リニューアルしたお店正面と、お寿司は「佐渡でとれた魚10貫、おすすめにぎり(2,500円」。さすがに人気店の魚は鮮度抜群!土日もランチメニューもあって、気軽に本格的寿司を楽しむことができる。
佐渡でミシュランガイドで紹介された寿司屋があるとの情報に、「いしはら寿司か?」と思ったところ、違うお店だったようで、まあいずれそちらも紹介するとして、まずはいしはら寿司をクリアといったところ。



佐渡のお店は、午後2時になると多くのところがお昼休みに入る。昼夜通しで営業というところはチェーン店くらいで、2時を過ぎてから飲食店を探すのは苦労する。
今回も夕方便の船(ジェットフォイル)に間に合うように両津港に入ろうとすると、中途半端な時間の食事はターミナルのレストランか軽食コーナーを使うのが便利。今回の〆は佐渡汽船商事の売店「佐渡特産館」でラーメンで腹を落ち着かせる。
以前、新潟港のそばを紹介したことがあるので、今回は両津港で岩のりラーメン。佐渡らしいトッピングで磯の香り満載のラーメンは、お勧めですよ!そば、うどんもあります。


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ローカル地方鉄道の土木遺産橋梁

2020年08月24日 | 土木構造物・土木遺産


お盆の休みの暑い日、以前から気になっていた近場の土木遺産を見に行くことにする。近場といっても山形県だから、クルマを走らせると1時間半くらいかかる場所。
今回ご紹介するのが、山形県の母なる川で、最近は大雨による堤防越水被害などでも話題なった「最上川」かかる橋梁。「最上川橋梁」は3か所あるが、今回紹介する最上川橋梁は山形県置賜地方を走る三セク路線「山形鉄道フラワー長井線」の終点・荒砥駅に近い場所にあるもの。(写真上:県道11号の荒砥橋のすぐ上流側にかかる最上川橋梁(荒砥鉄橋)。)



山形鉄道フラワー長井線は、南陽市の赤湯駅から終着駅である白鷹町・荒砥駅(写真上)までの30キロほどの路線。一日に12往復列車が運行する。
国鉄分割民営化により、1988年再スタート。旧国鉄の長井線を引き継いだ路線で、いわゆる上下分離方式(鉄道事業運営と施設の所有を分割する方式)で、地元自治体によって支えられている。
そう、映画・スウィングガールズに登場し、スウィングガールズラッピング車(今も走っているだろうか?しばらくお目にかかってない。使用車両のYR−880形は新潟生まれ。)やキャラクターラッピング、奇抜なイベント列車(車内でプロレスを開催したこともあった)やツアー列車、グッズ販売などでも知られている。



さて、注目の橋梁は、ダブルワーレントラス橋という珍しい構造で、しかもフラワー長井線とJR左沢線で使用されているものが国内最古という貴重なもの。(橋梁自体は、200フィートのダブルワーレン3連とプレートガーダー10連。)
明治期に東海道本線の木曽川橋梁として使用されたものを移設して、大正期に最上川橋梁として架け替えられたもの。なので、100歳。木曽川時代からだと130歳。もちろん土木学会の選奨土木遺産。
地元でもこの近代文化遺産をまちおこしに活用したり、高校生による研究会ができたり、フラワー長井線とともに可愛がられているようです。

もう一つの左沢線「最上川橋梁」は?実は3か所のうち今回紹介したフラワー長井線とJR左沢線の2か所ともダブルワーレントラス橋で、左沢線まだ拝んでいません(乗車して通ったことはあるが、記憶にない。)。こちらもいずれご紹介します。お楽しみに!



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夕陽を見ながら黄昏て外泊2週間

2020年08月19日 | 日記・エッセイ・コラム


予期せぬホテル住まい。6日間。
お盆だというのに、家には5月まで二か月半入院し、治療中の小さい孫がいるので、仕事柄、全国あちこち飛び歩いている爺さんは、新型コロナウィルス感染予防のため外での宿泊を余儀なくされている。
ホテル暮らしは快適だし、まあ一人でいるほど気楽なものはない。外出は極力控えているものの、じっくり仕事もできるし不便なことはない。

ビジネスやシティホテルでもランドリーはあるものの洗濯はしない。まあ、この機会に安めの下着や靴下を買い込み使う。
まあ、問題はメシですかね。それでも、駅近くのホテルだと、お弁当をはじめテイクアウトの外食も多い。こちらも問題ない。
ただ、駐車場が時間制なので、ずっとホテルで仕事をしていたいのに、昼間、クルマを駐車場から出さなければならないという空白(?)の時間ができてしまう。これだけは面倒くさい。

助かったのは、この時期「GOTOキャンペーン」なるものがあって、新潟市内のホテルでも2千円台で泊まれること。駐車料金が高かった?まあ、結局駐車場に泣いたホテル住まいだった。



後半は、会社の厚生施設・保養所(マンション)へ移動。5日間。
海沿いの温泉地にあり、もちろん温泉付き。温泉もいただいたが、ここから仕事にクルマで30分ほど通うとなると、そうバカンス気分にはならない。(土日は、部屋でゆっくり飲みましたが…)

家電は一通り揃っているので、洗濯も体験した。ご飯は弁当等の出来合いかレトルト、あー久々出前も体験しました。
生活する上での品物は全て揃っているので、布団を敷きっぱなしで、授業のない学生気分も思い起こすことができたのだが、この場所、部屋にインターネット環境がない上、ポケットWi-Fiもつながりにくい。現代人だなー。

まあ、保養所だから。ここへ来て仕事をしようと思っているのは自分くらいか?
まあ、ホテルも保養所も、少し意地悪(不便)なところはあったものの、貴重な体験をさせていただいたと思う。物足りない、そんな中で工面する、そんなんでいいですよね!

本日、自宅に帰ります。
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今度は「みなとぴあ」で新潟の「潟」と「砂丘」の勉強

2020年08月17日 | 旅行記・まち歩き


最近、博物館めぐりにはまっている?
大河津分水をいろいろと調べていくうちに、信濃川・阿賀野川と越後平野の成り立ちが気になってしまい、今回は新潟市歴史博物館「みなとぴあ」へ行って、新潟の「潟」と「砂丘」が新潟をお作る要因になっていることを学ぶ。

以前、ブラタモリ(NHK)で、新潟の地形についての解説があった。海外線と並行して何層にも砂丘の帯が連なり、海抜ゼロメートル地帯を囲んで川が巡り、潟や沼があちこちにある新潟の特徴が、みなとぴあでは詳しく解説されている。
企画展も「潟のくらし展」も、農作業の苦労やそれを克服するため知恵などを紹介している。まあ、常設展示が興味深かったですがね。

越後平野、特に新潟市を中心とした信濃川下流部(中ノ口川を含む)は低湿地帯。
そんな厳しい環境の中から、大河津分水をはじめとした大規模な治水事業が施され、多くの先人が水害に立ち向かい、農業排水や農地改良などを繰り返して、いまの米どころ新潟がある。

まだまだ、川や水に関する話、掘り起こしていきますよ!

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豊後大分で見つけた「暁嵐公園」の魅力(その2・合掌大橋編)

2020年08月13日 | 旅行記・まち歩き
(前回の続きです。)
大分県佐伯市上浦は、豊後水道に面した海岸線の僅かばかりの平地に集落があり、海岸集落特有の密集地。その中の狭い道を山の方へ向かうのと暁嵐公園がある。
前回、魅力的な観光地のように書き込んだものの、夏の暑い日に訪れる人はちらほら。暁嵐の滝の下流で水遊びをする親子連れが一組と言った中、閑散とした中に滝が落ちる音とセミの声だけが響いていた。

川の下流は、樹木が生い茂っていて、暗く日陰になる部分に何かがある。橋だ。しかも木橋の歩道橋で、見たことのない形状・構造をしている。
「これはもしかすると」と思い、一人駆け出し広場の遊歩道を下流側に進むと、立派な橋に出くわす。自分の中では大発見!と叫んでいたが、ここをふるさととし、豊後土工の末裔で今もトンネル建設に関わっている案内してくれた人からは、特段説明がなかったから、そう有名と言う訳ではなさそうだ。



後日調べたら「合掌大橋」という木橋。まだ新しいので、例の「ふるさと創生」の時に整備され、掛けられた橋だろうか?
暁嵐公園の情報はあっても、この橋については、ネットでは何も情報がなく、橋の名前を調べるのにも苦労をした。このことからも、あまり注目されていないことが分かる。

勝手に調べ上げたところを重ね合わせると、キングポストトラス橋(弦材を三角に組み立て、束材(柱)で圧縮力を負担するトラス構造の橋)の一種ではないかと思われる。橋端部の歩道が階段状になり、中路方式に。もしかすると、底辺を梁とするクラウンポストトラス構造にもなっているかも?
この構造は、木製で短い支間の場所に掛けられるタイプ。これも予想だが、地元県産材(大分と言えば銘木も多い土地)を使うことを念頭に設計しようとしたとき、上部の弦材を頂点でクロスさせ、モニュメント的なデザインにしたのではないだろうか?

大分には、遺産的価値のある石積みの橋が多い。注目の木橋もあるんですが、今回はそれらを見る時間がなかったのは残念なものの、ここでこの橋に出会えるとは。
文化的な価値というとどうかは分からない。構造的にも自分で調べて情報の中で一人興奮しているだけで、専門家からすると笑われるのかもしれない。
「大事にしてやってください」と、一人お宝発見のように言っておくが、せっかくなので地元から情報発信してほしいなー。

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豊後大分で見つけた「暁嵐公園」の魅力(その1)

2020年08月12日 | 旅行記・まち歩き


コロナ感染拡大の時期に、九州出張。今回もいい出会いをいただいたが、いい場所も見学できた。
「暁嵐(ぎょうらん)公園」は、佐伯市の上浦地区にあるこじんまりとしているが整備された公園。「暁嵐の滝」を中心として、河童伝説などもあり、以前から地元の憩いの場所となっていたが、例の「ふるさと創生」資金を利用して本格整備が図られた。

上の写真にもある鎌倉時代に建立されたという瀧三柱神社と高さ15メートルの暁嵐の滝を中心に、遊歩道が整備されている。暁嵐の滝の上部には展望台などもあって、日豊海岸海岸を一望でき、景勝地である豊後二見が浦を望める。
特に、暁嵐の滝は海岸から僅か500mのところにある滝で、滝つぼやその下の河原は、家族で水遊びが楽しめる場所になっている。(ただ行くまでの道がめちゃくちゃ狭い。)



実はこの地域は、「豊後土工(ぶんごとっこ)」という、土木業の中でもトンネル堀の職人を多く輩出した土地で、公園内にもこれらの人たちの構成気をたたえる顕彰碑などもある。
神社の補修や公園整備になどにも、この豊後土工が各地で稼いだ資金が投入されている。地元民にとっては、豊後土工は誇りでもあるのだ。

一族でトンネル堀の仕事に携わり、その技術は専門業種として今でも継承されている。トンネル専門業者や技術者は、大分(豊後)など九州出身の方が多いんですよ。
一応建設会社に籍を置くということもあって、豊後土工に敬意を表しての今回の訪問となった。

さらにここで、興味深いものを見つけることになる。(次回に続く)

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新幹線・飛行機での従事者の方に、笑顔でお元気で!

2020年08月10日 | ニュース・うんちく・小ネタ


7月の末、さいたま出張。
新型コロナの感染が再び拡大する中、普段、県外出張だと社有車を利用するのだが、時間の都合上、新幹線での移動。振り返ると、新幹線に乗るのは2月以来5か月ぶり。

既に2月の時点でもガラガラの状態だったが、これまたひどい。列車内も新潟駅、大宮駅も、新幹線ホームは閑散としている。
普段なら夏休み期間に入っているのに、子どもたちどころか、旅行者と言った人さえ見かけない。みんな、仕方なく移動手段として乗車しているという感じだ。

JR東日本も、SNSなどで、新幹線の車内の換気は数分でできる!消毒の徹底をしている!等の情報発信をしているが、移動手段として使う車両というよりは、むしろ人と人との接触が問題。
まあ、この状態だと接触という接触は、同乗した我が社の社員同士でしか発生しない。改札を出てからの市中が問題なので、食事なしの日帰り出張とした。



それでも、出張先が大分となると飛行機を使わざるを得ない。しかも、九州は博多を中心に感染要注意地域。
出張自体迷ったものの、九州の中でも大分は最も感染者が少ないことあって、慎重な感染防止対策を施して旅立つことになる。航空機による移動は、昨年12月以来だから、8か月ぶり。

新潟・伊丹、伊丹・大分は、国内路線の中でもローカル路線と言えるかもしれない。だが、夏休み期間、三連休、帰省シーズン中というのに、往復4便の搭乗率というと20%までいっていないだろう。
乗り継ぎ地である、伊丹空港は国内有数のターミナル空港のはず。普段なら人をかき分け進まなければならない通路も、新設されたゲート内の飲食・売店なども、ガラガラ(写真上)。

やはり、航空会社も感染防止対策を心掛けて、機内やターミナルの消毒・換気はもちろん、機内サービスにも細心の注意を払っていることは見て取れる。
キャビンアテンダントのマスク・手袋は少々残念な気もするが、それは致し方ないか!

新幹線も飛行機も、乗って初めて分かるのだが、まず乗客が極端に少ない。つまり、図らずもソーシャルディスタンスが保たれている。
感染防止対策は、宿泊施設も含め、慎重に慎重を重ねて対応されている。感染の脅威どころか、心配をする余地もないという感がある。

先に記したように、問題は人との接触。少し世知辛いような場面も想像できるが、飲食を伴う接触(マスク外しますからねー)、家庭内・職場内というのが一番油断を生む場面になるのではないだろうか?
九州帰りの私は、孫との接触を避けるように言われている。しばらく寂しい日が続く。仕方ない。賢明な判断だが、我が家に限らず家庭内は気を付けて!



上の写真は、空港のカウンターで預けた荷物に付けられていたタグだ。往路分を取らないでいたら、復路の分と二枚添えられることに。
手作り感満載。それぞれ、新潟空港と大分空港の航空会社のスタッフからのメッセージ。コロナとの記載はないものの、「不安な日が続きますがお客様に笑顔で過ごせるように」、「難しい時期ですが、お元気で」とある。

CAに聞くと、航空便は今なお欠航・減便、小型機への機種変更が行われていて、航空会社社員は勤務を調整し、自宅待機なども続けられているという。そんな時間を使って、手作りされたものだろうか。
「お元気で!笑顔で!」、逆に辛い思いをしている交通関係の仕事をされている人たちにも、送りたい言葉である。
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大河津分水を見てからのグルメ

2020年08月06日 | 食(グルメ・地酒・名物)
三週連続で大河津分水へお邪魔し、たくさん勉強をした後はやっぱりグルメ!



初めに紹介するのは「坂田屋本店」。実は、先に紹介した信濃川大河津資料館の入り口にドンとした店構え。お菓子処・新潟さかたやの本拠地であるこの地に坂田屋本店がある。大河津だから燕市地内。
もち米を使った餅菓子強い人気があり、店のショーケースには、豆大福、串団子、おこわなどがずらりと並べられている。きんぴら大福はこちらの店の主力商品。この日は買えなかったー!残念。
「さかたや」という屋号のお店はあちこちにあって、同じようなお菓子を扱っているところも多い。新潟市内のアピタに2店舗、上越地域に2店舗、イオン県央店に系列店1店舗あります。



大河津に近いと言ったら「寺泊魚の市場通り(魚のアメ横)」。休日は駐車場に入るのさえ時間がかかるのだが、今回はコロナの影響で、ひところよりもぐっと少ない人出。
この日はカニは少しお高いようだったので、各魚屋が店先で焼きながら販売する浜焼きを買い求める。夕食のおかずと買ったものだが、やっぱりここで食べないとね!私は娘とホタテを一個ずつ食べた。
まあ、休日の家族と一緒に出かけたときは、私以外は、大河津分水よりも「寺泊」という方向に気持ちが向いていたような気もする。



旧巻町は、今の新潟市西蒲区。新潟4大ラーメン(場合によって5大ラーメンとも言うが)の一つ、濃厚みそラーメンの発祥の店として人気があるのが「こまどり」。この日も並んでいました!かなり密の様子だが、私たちはすぐに入店できた。(店を出るときには午後2時を大きく回っていたのに、まだ行列でした!)
私は看板メニューである味噌ラーメンを注文。赤味噌ベースでじっくり煮込んだスープは実に濃厚!割り出し用のスープが付く。味噌ベースの各種ラーメンがあるのだが、味噌の調合や出汁をそれぞれに替えているというこだわりがある。
といって、味噌ラーメンだけではなく、しょうゆも塩もあるし、焼きそば、から揚げ、炒め物、サラダなど、サイドメニューも豊富。これは人気店になるさー。



最後は長岡の朝日(旧越路町)の「あさひ山蛍庵」。県内随一を誇る清酒「朝日山」の蔵元である朝日酒造の工場の真ん前にある直営店(朝日商事)。和食の店で、酒粕などを使った料理なども提供する。
広々として明るい店は、その料理の味も見た目も抜群のため、これまた一躍人気店になったが、私がここを訪れたは平日だったため、ガラガラでした。まあある意味ラッキー!ちょっと贅沢に「蔵里御膳」なるセットををいただきました。
大河津分水とは少し離れている?確かにそうですが、同じく資料収集のために訪れた県立歴史博物館(長岡市丘陵公園)に近かったため。まあ酒蔵が新潟で発展したのも、米と信濃川の水ですからねー。勉強させていただきました!



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第二床固がみえ~る「にとこみえ~る館」がフルオープン

2020年08月05日 | 旅行記・まち歩き


実は、三週連続して大河津分水に通っている。信濃川のことを掘り下げていくと、またまた新しい発見に出会い、面白い。
今回は、掘り下げるのではなく、通水100年を迎えようとする大河津分水が、その水流によって掘り下がらないようにするための工事、「第二床固(とこがため)」工事を紹介する施設が「にとこみえ~る館」だ。国土交通省信濃川河川事務所が設置・管理する。

大河津分水については前二回で紹介してきたが、この分水路に最初の通水が行われたのが1922年。それ以後も大きな洪水に見舞われるなどして、何回となく大手術を経験しているが、海岸部にほど近い第二床固は、昨年の台風19号などの影響もあって、大規模な改修工事が行われている。(第一床固は、分水路の可動堰のすぐ下流にある。)
水を流しながら、川底にコンクリートを打設するなどの難工事だが、「ニューマチックケーソン工法」という水中に鋼製のケーソンという箱を設置し、基礎部分の工事を行うというもの。レインボーブリッジや明石海峡大橋などにもこのケーソン工法が使われており、信濃川にかかる「万代橋」は、初めて日本人のみの手でケーソン工法により建設されたもの。

ただ、上記の床固工事だけでなく、川幅を広げるための山の切り崩し、魚道の設置、野積橋の架け替えなど、大きな工事が集中する「令和の大改修」とも言っていい事業。
既に平成27年度から工事に着手しているが、完成は令和14年の見込み。実に17年もの歳月を費やし工事が行われているのである。総工費は1200億円。



工事が進めている中で「にとこみえ~る館」は、7月22日にフルオープン(以前からソフトオープンはしていたそうですがー)。今回、目の前で施工される大河津分水路改修工事を紹介するためだけに設置された。
施設の屋上から工事現場を見渡せたり、裏山の高台に見学スペースを設けて、「にとこ」が更に見えるように展望台スペースに上がることもできる(チャレンジコースとして、要受付)。

こんなマニアックな施設に誰が来るんだろうと思いきや、結構ひっきりなしに人が入っていました。私と同じもの好きもいるんですねー(失礼!)。今度は、工事を実施している平日にお邪魔します!
何だか心憎いことしてくれますね、国土交通省。












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横田切れの現場確認を怠ったもので、再出動!

2020年08月02日 | 旅行記・まち歩き


結局、大河津分水へも忘れ物をとりに行くことになる。
仕事で「川のお話し」の信濃川版の資料を作成するため調べていくと、やはり面白い物語が潜んでいることに気づく。思い立って、水曜日に訪れた「信濃川大河津資料館」に、次の日曜日に再び向かう。

前回紹介したように、世紀の大事業であり、越後平野の発展のため多くの技術者が関り、近代土木遺産である大河津分水は、高速を使えばクルマで1時間少々。近いところに、すごい施設があったものだ!
この事業を紹介するために、国土交通省の信濃川河川事務所が設置管理する施設だ。なんと、入館無料。大河津分水を中心に、信濃川の歴史が見て取れるようになっている。



忘れ物は、前回紹介した「旧可動堰」のアップ写真を「とり(撮り)に行く」ことと、「横田切れ」の現場を確認すること。
「横田切れ」は、1896年7月22日、新潟特有の低地に襲い掛かった大水害。7月22日?最初に資料館を訪れたのは7月22日で、「今日がその日かー」と気付いたところまでは良かったが、可動堰や洗堰に凍路を奪われ、旧横田村の堤防決壊現場を確認することを怠っていたのだ。(写真下:横田切れを紹介する資料館のパネル(大河津資料館)と、腰まで浸かる越後平野の湿地帯での農作業の様子を紹介するビデオから(県立歴史博物館)。)



旧横田村は、現・燕市横田。現場はのどかな田園地帯で、越後の山々や弥彦山を望める場所。堤防の上は道路になっていて交通量も結構ある。分水から燕市街に向かう裏道になっているような場所に記念碑とポケットパーク(横田切れ公園)がある。(写真下)
といっても堤防の内側にも水田が広がり、ここは外側の堤防上で、300~400メートル先に信濃川堤防が見える。ここが死者75名、被害面積は180平方キロメートル。信濃川、中ノ口川流域は浸水し、新潟市の関屋まで水が上がったという。

大河津分水工事には、地域の賛否両論があって、賛成派反対派の騒動にもなることがあったというが、横田切れの大惨事により、分水路工事は一気に加速することになる。




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