そよ風の向こうに~

横浜市自死遺族の集い「そよ風」に参加していましたが、2013年4月にセルフヘルプグループを設立して月1回語り合っています

開催日(詳細はclickしてご覧下さい)

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更新お休みのお知らせ

2018-08-22 09:13:03 | おひとりさま

更新は月1ペースになっていましたが、もうそれも出来ないくらい体調が悪くなってしまいました。
会はいままで通り続けますが、ブログの更新はこれをもって一旦お休みします。

会の日程はカレンダーに今年度分は入力済みなので、自動的に出て来るので、それをご覧ください。

コメントはもう私には返信するだけの力が残っていないので受けつない設定に変更しまさたので、よろしくお願いします。

どんな病気でも支えてくれる人がいれば乗り越えて行けるけれど、ひとりで検査に行き、ひとりで結果を聞き、何もかもひとりでやることにもう疲れきり、ブログを書く気力はありません。


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今日で世界が終ればいいのに

2018-08-12 08:48:39 | 自死遺族
毎日、毎日、暑いですね。

7月末に耐えられない精神的ダメージを受けて、ズタボロになりながら、単位認定試験を受けて来ました。

試験受けられたのだから、口で言うほどのダメージではなかったのでは?と思われるかもしれませんが。

毎日、毎日、今日で世界が終ればいいのにという思いが纏わりつきます。

周囲の人がすべてストレンジャーで怖いと身構えて。

体に力が入っていたのでしょう。左肩、首、右足首に違和感が。詰まっている感じ。委縮している感じ。

きっと心が縮こまっているんだね。

体が伸びやかになれば、心も伸びやかになれるような、そんな気がする。

でも、逆か、心が伸びやかにならなければ、いくら体を解しても、またすぐに委縮するんだろうね。
無意識に常に緊張状態だから。

心も体もきつい。

10年経ってもこれか。

いや、10年経ったからこそかもしれない。

明日という響きが今は嫌い。

今日こそすべて。



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千差万別

2018-07-07 09:27:10 | 自死遺族
昨日、オウム真理教の死刑囚が7人、刑を執行された。

きっと夜のニュースはそればっかりだろうと思ったら、西日本の大雨特別警報でそれどころではなくたった。

サリン事件は風化してしまった。当時のことを知らない人が成人している時代。知らしめる機会だったのに、なんというタイミングなのだろう。

死刑囚とはいえ、7人も一度に執行され、生前の映像などを繰り返し見せられると複雑な気持ちになる。
同じように複雑な気持ちになると談話を発表された坂本弁護士のお母様の言葉は胸に響いた。それにひきかえ、被害者の会の代表の方は刑の執行の立会要望を提出していたと知り、遺族といえども千差万別なんだなと改めて思いました。

それは自死遺族にも言えることですよね。

自死遺族の活動グループは大きくわけてふたつにわかれるけれど、どこにも所属しないし、連携しないと決めています。
自死遺族はこうだ、こうあるべきと決めつけらるのが嫌なので。

言わないと隠しているとか。恥ずべきことでないから堂々と話せるはずとか。自分達の価値観こそが自死遺族としての正しい生き方感が半端ないんで。言わない自由はないのか!? と思う。私がそもそも支援グループを退会して、自ら始めたのもそう思ったから。 

災害で多くの方が亡くなったニュースを見ていると、人の命ってなんて儚いんだろうと思うと同時に、自殺した人に対して、生きたくても生きられなかった人もたくさんいるのにって、また言う人がいるんだろうなと思う。

そういうものと比べても何の意味もないし、問題解決にはならないことをいい加減わかってほしい。

世界では飢えで亡くなる子供達がたくさんいることを知っていても、私達の社会は毎日たくさんの残飯を生み出している。

同じようなことだ。

それにしても、災害が起きるたびに、数十年に一度っていうセリフを、何でこんなに頻繁に聞くのだろうか?

どんなに科学が発展して宇宙に行けても、自然の前では無力。



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家族

2018-06-10 10:57:10 | 自死遺族
またまた月1回の更新になってしまいました

明日は会です いつもの時間に、いつもの部屋でお待ちしています

最近、悲しい、残酷なニュースが多いですね

子供の虐待はもっと行政が強制的に介入出来るシステムが欲しいと、切に思います

家族のことは原則家族で という考えはあらゆることで日本社会の根底に根強く流れている

自殺の問題も地域社会で見守りましょうと言うと、余計なお世話だ 自分の家族のことは自分たちで と言う人もいる

介護も介護サービスの利用を勧めても、自分たちだけでと固辞する方も多い

虐待も確たる証拠がない限り、親から子供を引き離すことが出来ない

家族って何だろうな? と思う

性善説で家族を語るのは危険だと 家族がいない私が言ったら僻みかな


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他者

2018-05-13 19:04:03 | 自死遺族
ご無沙汰しております

最近、会の前になると思いだしたような更新

ということで、明日は会です

そんなブログなのに訪問してくださる方がいるのは感謝です

最近、読んだ本の中の一節


家族は他人でなく身内だが、同時にまた身内だが他者である

う~ん、まさにその通り

普段は大きな出来事もない日常生活の中に埋没して気がつかないか、気がついても些細なこととしてスルーするかでしょう

でも家族の自死という途轍もない大きな出来事は、この他者性を浮き彫りにする

さまざまな考えの違いは、遺族を苦しめる

「夫婦は一心同体。100%味方じゃなければ、一緒にいる意味がない」

そう言い放った人もいたが、それは他者であることに気づいていないのか?

他者性からくる断絶や絶望があったら、それは自ら修復に乗り出すしかないでしょう

一方的に自分の要求を押しつけるのではなく、相手の要求を全面的に受け入るのでもなく、さまざまな交渉過程を経て、新しいルールを作って共同生活をおくる

それは夫婦のみならず、血の繋がった親子も他者であることにかわりはない

新しい家族関係が作れるのも、相手がいればこそ

誰もいない私はやりたくても出来ません


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