ココロと機械

ココロの病を患う私の気ままなブログです

いくらだったか

2019-04-15 17:31:40 | 健康・病気

このベビースターラーメン見て「懐かしい」と思う方は同年代だろ
う。

実はこれはフェイクというか再現物で、ベビースターのでかい袋の
いろいろ入ったやつを買ったら入っていた。

わたしも「懐かしいな」と思ったがなんとなく違和感があるな、ち
ょっと違うような・・・・。

そんなこと考えていたらわたし(昭和45年生まれ)が物心ついた
頃に覚えているお菓子の値段なんかいくらくらいだったか考えてみ
た。

まずこの「ベビースターラーメン」はただの「ベビーラーメン」と
言っていたような気がする。
確か価格は一つ10円か20円、駄菓子屋(と言うかよろず屋)で
は結構高級品だった。

クッピーラムネは一つ5円、肉屋のコロッケも一つ5円だった。
チロルチョコは今のキーボードのキーみたいな形でなくって横長で
金色の包みに赤い線が入っていてチョコの中にヌガーが挟まってい
たけれど、あれも確か10円か20円だったような気がする。

お小遣いなんて物はなかったから、その頃はお駄賃だが、10円貰
えばお菓子一つだけと言うことはなかったから、飴ちゃんとかそう
いう物も5円とかだったのだろう。

あと塩せんべいは5円で数枚買えたはずだ。
オヤジの給料が3万円ぐらいだったと言っていたから諸物価も安か
ったはずだが今考えると昔からあまり値段の変わらない物もあれば
えらく高くなったというか、物価上昇とともに高くなった物もある。

たとえばカップヌードルなどは発売当初一個100円で当時として
は高価な物であったけれど、今でも一個120円ぐらいだから安い
といえよう。

「昭和45年 物価」と検索するとコーヒー120円ラーメン18
0円とかあるが、まあそんな物だろう。
松本零士の「大四畳半物語」の「おいどん」がいつもラーメン屋で
「ラーメンライス!」と言って小銭を三つ放っているのでおおむね
時代考証としての役には立つな。

バスの(大きながま口持った車掌さんが乗っていた)初乗りが20
円だったという覚えがあるがそれが大人料金だったか子供料金だっ
たのかわからない、と言うか子供料金なんてあったかどうかすら覚
えがないな。

その後オイルショックで大変だったらしいが、我が家は叔父さんが
ガソリンスタンド経営だったので灯油も困らなかったし、トイレッ
トペーパー・・・もとい、ちり紙や洗剤もお袋の主婦仲間に旦那さ
んが国鉄の人がいたので「**の女房です」と言えば手に入るから
そう言って買ってこいと言われてそうして困ることはなかったそう
な。

子供の頃、と言っても小学生低学年、昭和52~54年頃くらいま
ではよく大人は「駄賃」をくれたな。
1970年代終わりから80年代初頭くらいまでだが、オヤジの営
業について行くと、鉄工場の怖そうな爺さんが「ほれ、駄賃やる」
と言ってよく1000円くれたな。

なぜか500円札でなく1000円札だった。
それを何に使ったかまでは覚えていないけれど、コーラの1リット
ル「瓶」を買ったりしたと思うが、よく思い出せないな。
アイスクリームの「ホームランバー」は10円だった頃だな。

また時代は昭和47年ぐらいに戻るのだが、その頃住んでいた借家
は(今の会社のマンション建設中だった)当然ながらくみ取り式便
所で、役場かどこか、いや、よろず屋でもそういうの扱っていたか
な、どこで購入していたかまでは知らないが、チケット方式で、券
を買って来て貰ったときに券で払うという方式だった。

その便所のくみ取りに来る、オート3輪にタンクのついたトラック
がわたしにはとても格好良く見えて、颯爽とやってきてホースを伸
ばすとあっという間に便所をきれいにして行ってくれるというのが
格好良くって、普通ならみんな嫌がるのをついて回って見ていたり
するから、くみ取りのおじさんたちにいたく気に入られて(そりゃ
そうだわな)よくトラックに乗せて貰ったりそれこそ駄賃を貰った
りした。

便所汲みにに来て駄賃払っていたら何やっているかわからないけれ
ど、まあ10円とか50円、時には100円くれたりしたな。
最初の方に書いたような物価だから100円も貰ったら普段買えな
いような高級なお菓子とか買ったりできたはずだが、あまりそうい
う覚えはない。

そんな変な子供のいる家だったから、大雨とかでトイレのタンクが
水浸しになったりすると一番に飛んできてタダで汲んでくれたりし
たようだ。
あのおじさんたちはもうご存命かもわからないが、みんな嫌う自分
たちの仕事を興味津々でついて回る子供は可愛かったのだろう。

今は女房と買い物に行っても、キュウリが一本50円もするとかそ
ういうのは「うわ高ケ-」とか思うけれど、あまり女房の買い物し
ている品物の値段は知らないから、覚えていると言えば高校の時分
にコロッケ30円の店があって、よくそこで買っては食べたけれど
今コロッケ一個30円では買えないのと違うかな。

だって焼き鳥が一本80円なら安くて100円ぐらいするなんて考
えられないし、あんなものもうすでに高級料理ではないかと思って
しまうからなあ、わからん。

カメラやなんかはまだわかるけれど、その当時ニコンFが7万円ぐ
らいしたとか、82年発売のニコンF3が15万円ぐらいしたとか
昔買ったカメラに物品税が掛かっていたとか、そういうことから考
えるとデジタル家電になって順当に行けばD850が40万円でも
おかしくないというのは分かるし、車でもラジオやクーラーすらオ
プションからあった頃の車とナビや自動ドアまでついた今の車では
そりゃ価格が違うのは分かるのだけれど、食べ物に関してはなかな
か自分で払わないというのもあってわかりにくい。

そして物によって価格が大きく変わった物や変わらない物、年代と
いうか世帯収入や物価に合わせて変わってきた物など色々で難しい
な。

しかし10円あれば色々買えたあの時代が一番なんだかのんびりし
ていて良かったな、諸悪の根源は携帯電話だと思うのだけれど、あ
れができる前までは物価は関係ないかもしれないけれど、物も安か
ったしのんびりしていたしそれで生活が回っていたんだからな。

ベビースターラーメンの古いのの「もどき」見てなんだか色々しみ
じみ考えたのでした。


@ 何でも自由だった四十数年前に戻りたい


本日の種:ニコンW100マリン

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